映画美学校アクターズ・コース ブログ

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『革命日記』の観察日記 その1

この日が、最後である。翌日から、稽古開始は13時。朝から晩まで彼らはみっちり『革命日記』に向き合うことになる。そうなる前の、最後の1日に、えいやと押しかけてみた。
 
 稽古開始は19時。 三々五々集まってきた出演陣が話していたのは「ごはん問題」だ。劇中、「革命」を志す登場人物たちが、食卓を囲んで、緊迫した会話やそうでもない会話を交 わす、その卓上に置かれる食事について。「パスタとかでいいんじゃないの」「早いうちから準備しておけるものがいいよね」「冷凍ピザは?」「あれってひと 目で「冷凍!」ってわかっちゃうんじゃない?」などなど。
 
 のどかだ。こちらの目尻も下がっちゃうくらい、のどか。そういえばさっきからストレッチに精を出す者もいる。俳優はまず、心身をほぐすのが最初の仕事なのだと知る。
 
  「じゃあ、はじめますか」。演出の松井周が言い、一拍あって、芝居が始まる。急に空気が硬くなる。あれ、と思う。さっきまで、空気はあんなに、ほぐれてい たのに。もちろん、物語的にも緊迫したシーンではある。でも、そこじゃなくて、もっと違う何かが、空気を固めてしまっている。何かが滞って、ぎこちない。
 
 例えば、この組織のリーダー格「佐々木」。お前はなんだ、教師か何かか、と思わせるほどに、一同に上から持論を語る男だ。その長いセリフについて、この日の演出は集中した。
 
「フラットになっちゃってるよ」「このせりふの次に置く間が弱い」「もっと、動いてもいいんだよ?」「言いながら、みんなの静かさと、自分の言葉に、もっとノッちゃっていい」
 
 松井が繰り返しているのは、語り手の言葉ごとに、場全体の空気の色合いをいかに変えるか、についてだ。今この瞬間、佐々木はどういう気持ちで、どういうつもりなのかを、一語ごとに検証していく。「もっと、周りを連れていってほしいんだよ」と。
 
  佐々木を演じる田山幹雄は、おそらく、相当優しい男だ。誰よりも自分が正しいのだと、強気で相手を押し曲げ、追い込み、追い詰めることなど、彼の辞書には ないのかもしれない。でも、だからこそ、と松井は言う。現代口語演劇がこれほどまでに普及して、自分自身の実感に沿った、半径1m以内で収まる芝居に終始する俳優が増殖している今だからこそ、「幅」のある俳優に育ってほしいのだと。
 
「僕自身、『海よりも長い夜』という芝居に出た時に実感したことなんです。それまでは僕も、周りなんか見ないで、ほんと、このへんだけで芝居をしてたんですけど」
 
 松井は、自分の胸の前50cmあたりで手をぐるぐるさせながら続ける。
 
「で も、無理にでも顔を上げてせりふを言う、っていうことをしたら、周りの情報がすごく入ってきたんですね。今回みんなに実感してほしいのも、それなんです。 自分以外の何かによって、なんていうのかな、動物的反応を喚起させてほしい。いろんなことを五感で受け取って、それへの反応で芝居をしてほしいというか」
 
 松井周は「つい」を起こそうとしている。つい、動いてしまった。つい、離れてしまった。つい、声が大きくなってしまった。その体感こそが俳優の成長であり快感なのだと、彼は身を持って知っている。
 
 田山の格闘はさらに続く。革命志士たちの恋愛問題を引き合いに出すの出さないので同志ともめる中、熱っぽさと冷静さをしたたかに使い分ける佐々木の人間像に、彼はなかなか、近寄りきれない。
 
 こういった場合。極端な言い方をするなら「このせりふまではこれくらい大きな手振りで話して、このせりふからは、手振り無しでこっちを向いて」と告げるのが平田オリザ演出であろう。しかし松井はそれをしようとしない。そうじゃない何かを模索することで、俳優自身の手で何かを獲得させようとしている。俳優が、自力で獲得したものこそが、一番の糧になるのだと、これはたぶん彼自身の実感だろう。
 
「ある種、コスプレでいいんだよ」と松井が言う。人生経験にないことを演じるということ。俳優にとっては仕事のほとんどがそれだと言っていい。うーーん、と考えた田山が言う。「……立っても、いいすか」「全っ然いいよ! 寝っ転がってもいいくらいだ!」
 
 どうすれば、舞台上で伸びやかでいられるか。周囲で起きた何らかのことに、逐一反応することができるか。そしてどうすれば、他人が書いたせりふを、自分の言葉として発することができるか。つまり、どうすればその劇世界の中で、自由でいられるか。
 
「覚えなきゃいけないことはいろいろあるけど、そのいろいろを半分忘れて、飛び込んで、つかんでいくのが俳優なんだよ」
 
 松井がさりげなく、すごいことを言う。その矜持に、初等科生はまだ対面したばかりだ。すべては、これから。ほんとうに、これから。本番まで、あと14日。
 
【2013/03/09】
 
小川志津子/インタビューおよび現場居座り系フリーライター。演劇・映画誌などで記事やレポートを執筆。完全自腹型密着インタビューサイト 『あいにいく』を人知れず運営。日本全国、あたたかい人大募集。http://ai-ni-iku.com