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【メンバー募集】私たちと一緒に革命を起こしませんか?―『革命日記』PENETRAクロスレビュー5

大学に入学したてのころ、文字どおり「右」も「左」もわからなかった私は、とある勉強会に出入りしていた。いまになって振り返れば、あれは学生運動の組織だったのだとわかる。当時は自衛隊イラク派遣や格差社会がことごとく非難されていた。そういった主張の是非をことさらに問おうとは思わない。戦争だって貧困だって、なければないに越したことはない。ただ、不思議でしょうがなかったのは、組織のメンバーがどうしてそこまで活動にコミットできるのか、ということ。滅私奉公? 彼らはほんとうに熱心だった。もうひとつ気になったのがファッションセンスで、スキニ―ジーンズにブーツの人間がひとりでもいたら、印象はまた変わっていただろう。じっさいは全員が綿パンにスニーカーで、ほとんど決められたユニフォームのよう。茶髪もパーマもなし。私は次第に距離を置くようになる。彼らは「正しいこと」しか言わなかった。それに対して疑問を投げかけたり、茶化したりすることはまったく歓迎されず、結局、私も「正しいこと」をお題目のように唱えるしかなくなった。だが、口から出る言葉が正くなればなるほど、その論理が美しくなればなるほど、自分の矮小さとの乖離はいやでも大きくなる。そうした居心地の悪さや欺瞞を、誰ひとり感じていないようだった。映画美学校アクターズ・コースの修了公演『革命日記』は、私がすっかりしまい込んだあの頃の記憶を、ずるずると引きずり出す。佐々木茂雄(田山幹雄)の傲岸不遜。整合の取れすぎた論理と性急な語り口は、内省という回路をどこまでも摩耗させた人間に特徴的なふるまいだ。増田典子(坂倉奈津子)が立花由希子(坂野アンナ)を詰問するとき、典子は押し隠したはずの自分の一面を、必死にたたきのめそうとしている。あれはひとえにモノローグなのだ。そして由希子がいきり立つのは、生活や日常をないがしろにする人間ほど組織で幅を利かせることに、殉教者ぶったヒロイズムに、いいかげん我慢がならなかったためだろう。松井周の演出は、観客へそうしたディティールを伝えることに、見事成功している。その結果、作品トータルの世界観に奇妙な説得力が生まれることになった。登場人物の誰ひとりとして「革命」など望んでいないという事実が、はっきりと浮かび上がっているのだ。組織は秘密と束縛ゆえに心地の良い空間であり、彼らはそこで自分を鼓舞したり、承認を求めたりしている。そうした心理的な機微がリアルに描かれるからこそ、「革命」という目的の必然性は後退してゆく。彼らは部外者に対して、自分たちは学生時代のジャズバンド仲間であると偽っていた。だが、実のところ、彼らのやっていることはバンド活動と何ら変わらないのではないか。私自身の体感もそうだった。今日の学生運動とは、栄光の時代をなぞって楽しむコスチューム・プレイにほかならない。それは一種の演技である。終わってみれば『革命日記』には、コスプレする人間を、さらに役者が演技するという、二重に空疎な空間が成立していた。それに気づいたのは、逆説的なようだが、演者の舞台にかける熱量がたしかに伝わってきたせいもあるだろう。

 (このレビューは4/28(日)に開催される文学フリマに合わせて発行予定の批評同人誌PENETRAへ掲載されます。twitter: @gibs3penetra)

 

 赤羽 広行(あかはね・ひろゆき

批評家養成ギブス修了生。これまで扱った作品に、吉田大八『桐島、部活やめるってよ』、マームとジプシー『あ、ストレンジャー』、坂元裕二最高の離婚』、松家仁之『火山のふもとで』など。

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