映画美学校アクターズ・コース ブログ

映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。映画・演劇を横断し活躍する「俳優養成講座 」 2017年9月開講決定!

俳優としての3期生に望む〜『美学』へ講師陣コメントです

映画美学校『美学』公演、既に本ちらしが配られ始めていますが、先日まで配布していた仮ちらしには、講師陣のコメントを全文掲載していました。ごく短い期間しか配布されていませんでしたので、こちらに転載させていただきます。これは講師と生徒という関係性ではなく、俳優と俳優、監督・演出家と俳優、という視点(プレイ)をちょっと強くしてみて、彼らがどう見えるか、がお題でした。これもコトバ・プレイに通じますね。よろしかったら、ご覧ください。

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アクターズ三期はきっと獰猛な集まりなのです。初めて会った時から、みなさん個々に半端ない存在の粒立ち方と、なみではない主張とを、隠し持っていると感じています。それは春から夏、秋から冬を経た現在、まだ隠されたまま密やかに時を伺っている印象です。獰猛さは俳優の資質で大事なもののひとつです。花開きますように。そして、修了公演の稽古を経て、互いが互いを生かす事の出来る演技というもっとも大事な資質に触れられますように。素晴らしい時間が出現するのではないかと期待しています。愉しみでしょうがないです。・・・鈴木卓爾(映画監督・俳優)

2013年10月末に、アクターズ・コース3期初等科生たちと短編映画を撮った。その編集をしながら、カメラという機械は人の過去を盗みとるものだ、と改めて実感した。顔に、佇まいに、ふとした仕草に、堆積された過去はにじみ出てしまう。機械の目であるカメラはしばしば演出の意図を無視して(機械なのだから人の思いなど慮らない)、要不要をわきまえずすべて記録してしまう。ところで演劇の舞台では、俳優は人の目に向けて自分をさらけ出す。人は(観客は)カメラと違って、見たいものしか見ることができない。では俳優たちは見せたいものだけを見せようとするのだろうか。それとも機械が一方的に盗みとったものを、自ら総動員しようとするのだろうか。つまり……自分自身に対してカメラよりも残酷になれるのだろうか。今回の舞台では、そのことが問われるような予感がする。・・・古澤健(映画監督)

3期アクターズの経歴は様々だ。今まで一番幅があるかも。もちろんスタート地点もゴールも違う。あえて共通のゴールを1つ選ぶとすれば、僕の場合は「何かに反応すること」。なぜか? 反応するにはまず自分という素材と向き合わざるを得ないから。これが俳優訓練の中で一番面倒で手間のかかる作業じゃないかと最近は考えています。 外に向かって反応するための足場を固める作業。そんなことを彼らはこの半年以上をかけてやってきたわけです。サイズも形もバラバラだけど、おもしろい素材が揃いました。あとは、じっくり煮込まれたポトフみたいな感じに、田上さんにおいしく調理されて欲しいなあと思っています。・・・近藤強(俳優)

修了公演の参加者に対していつも思うことはほとんど同じで、登場人物の一人であろうとするよりも、まずは「自分」を乗りこなして欲しいと思います。あんな歩き方やこんな相槌を打つ「自分」の幅を見極めて、一時間以上のロングドライブを安全かつ爽快に駆け抜けたらそれでOKでしょう。これは、台本や段取りに「自分」を合わせるというだけではなく、舞台上できちんと油断するというか、むしろ、台本や段取りを利用することで「自分」をポロポロこぼしていくことを指しています。オロオロしたり、びっくりしたり、ボーッとしてみたりと、無意識の「自分」が顔を出すことを恐れないで欲しいです。結果的に、そのドライブの痕跡が観客の脳裏に焼き付けばいいのではないでしょうか。観客はフィクションのようなドキュメンタリーのスリルを反芻することでしょう。今回は演出ではなく、一講師、一観客として楽しみにしています。・・・松井周(劇作家・演出家・俳優)

率直に言って、私は三期生の皆さんとは2度の授業で接しただけなので、分かったような顔をすることは控えなくてはなりません。しかし、その少ない出会いの中で触れた彼ら彼女らは、 何かとんでもないことをやらかしてくれそうな、過激な化学反応が期待できそうな個性が揃っているなと感じました。田上豊という演出家は、そんな火薬庫に火を投じる役にはあまりにも打ってつけです。このキャスティングだけでもう勝ちですね。前回、前々回の修了公演がそうであったように、この公演が自立した演劇として楽しめるものであることはもちろん、今一番新鮮な俳優たちを皆さんに紹介できる場になるでしょう。ぜひ観に来て下さい。一観客としても楽しみにしています。・・・深田晃司(映画監督)

三期生の印象は、生き様のはっきりしている人たち。映画美学校に来る人たちは 、年齢も、何をしてきたかもさまざま。大学のように、だいたいみんな高校生だったという訳ではない。それぞれ自分の人生を歩んでいる人たちが演技を学ぶ為に出会う。そういう意味で三期生はとてもバラエティにとんでいる。バリバリの研究者だったり、山小屋で働いていたことがあったり、アメリカに行ってた人、イギリスに行ってた人、映画に出てる人、別の養成機関に行ってた人。そんな全然違う過去で出来ている人たちが出会う未知。。なんというか、オスカルとサザエさんが出会うような、、。どうなるのかまったく予想がつかない、、、と思っていましたが、いよいよ修了公演。個人の限界を超えたところの理解が生まれ、自分を保ちながら、演出家の手を借りながら、自分自身を超えるよう、それぞれの生き様が見られることを期待しています。・・・兵藤公美(俳優)

人の体って、人それぞれ、本当にデコボコですよね。骨格、重心、容姿、可動域、性、年齢、、。でもそれを弱点と言っては俳優は始まりません。人の心もたぶん、人それぞれ、デコボコでしょう。柔らかいとこ硬いとこ、やりやすい事やりにくい事、こだわり、気が済むこと、、。それを弱点と受けとってしまうと俳優は始まらないのでしょう。だから演技を学ぶとき、矯正という考え方がはいると多分間違う。私たちは動く畑。まず耕すこと。それでも訓練という大きな領域が俳優にはあります。今回見えてくる世界を、旅するように味わって欲しい。その姿を、僕は見たい。・・・山内健司(俳優)

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