映画美学校アクターズ・コース ブログ

映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。映画・演劇を横断し活躍する「俳優養成講座 」 2017年9月開講決定!

個人史から語るアクターズ・コース、その1

「ときどき、アクターズ」というニュースレターを発行しております。第一号は『イヌミチ』のお二人、永山由里恵+矢野昌幸インタビュー。題して「個人史から語るアクターズ・コース」こちらにも掲載しました。ぜひご覧下さい。

『イヌミチ』映画美学校の脚本コースによる脚本、アクターズコース総出演、フィクションコースによる映画作りによる、コラボ作品。万田邦敏監督5年ぶりの長編新作。3月22日(金)よりユーロスペースで公開されます。ご期待ください。(ツイッター @dogssway)

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絶賛、宣伝活動中だ。アクターズ・コースの栄えある第1期生として演技を学び、その修了作品として制作された主演映画『イヌミチ』(万田邦敏監督、3月22日より公開)の上映に向けて、二人は今、雑誌社に電話をかけまくっているのだという。その合間を縫って行われたインタビュー。永山由里恵と矢野昌幸が、それぞれの個人史を通して、彼らの今とこれからを語る。(取材・文/小川志津子)

――小さい頃は、どんな子供でしたか。

永山 親が共働きだったのと、妹が産まれて大好きなお母さんを取られちゃったりしたのもあって(笑)、一人でごっこ遊びをするのが好きでした。「小公女セーラ」みたいに、今は貧しくて哀れなんだけど、でもきっとここから抜けだしてやる、みたいな設定を想像して。

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矢野 僕はそういうのはあまりなかったなあ。でも一人っ子だったので、人形で遊んでましたね。相当のクオリティでしたよ。準備に5時間ぐらいかけて。

永山 どういうこと??

矢野 部屋全体が、一つの世界なんですよ。で、こっち側が、魔王の棲む山。反対側が、勇者の基地。その間に砂漠があって、怪しい敵がいっぱい出てくる。そこを突き進んで魔王を倒す、っていうストーリーなんだけど、砂漠で戦いすぎちゃって、最後まで行ったためしがないです(笑)。

――クラスでは、どんな立ち位置でしたか。

矢野 いじられてましたね。お笑い担当、みたいな立ち位置。学園祭とかで何か出し物をやるってことになると、否応なく「矢野でしょ!」っていう感じ。

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永山 私が通っていた高校は、体育祭の「応援ダンス」というのが盛んで。全校生徒が4つに分かれて、集団でダンスをしてその出来を競うんですよ。みんなで濃密な時間を過ごして、一つの作品を作るという過程が楽しかったですね。

――ということは、二人とも、人前に出ることの味は知っていた?

矢野 そうですね。嫌いじゃなかったです。

永山 自分の中にあふれるものはあったんだけど、それを表に出す方法を、ずっと考えていた感じですね。例えば友だちと話していて、「大人になったら結婚して子供を産んで……」みたいな話になった時に、私はそういうことにそこまで憧れを持っていなかったから、話をそれなりに合わせながら、なんとなく違和感を感じていて。それで大学に入ったら芸術とか表現とかを学びたいと思ったので、立教大学の映像身体学科に入りました。表現というものに自分がどう関わるのか、っていうところはまだぼんやりしていたんですけど。

矢野 僕はお笑いが好きだったので、テレビ局に入りたかったんですよ。お笑い番組を作りたかった。でも大学に入ったらお笑いサークルがなくて、友だちに「演劇サークルに入れば、コントができるよ」って言われたので、演劇サークルに入りました。

――「演劇がやりたい」ではなかったんですね。

矢野 はい。演劇だっせー、お笑いかっけー!って思ってました(笑)。でも大学2年の時に、劇団「ハイバイ」の『ヒッキー・カンクーン・トルネード』を観たんですよ。それが、僕が「演劇ってかっこいいんだ!」と思った、一番最初の体験です。なんだこれ! 俺もやりたい!って思った。そこから急に、お笑いがそんなに面白く思えなくなったりもして。

永山 私も大学生の時に、篠崎誠さんや万田邦敏さんの授業を受けて、映画ってこんなに面白いんだ!という衝撃を受けましたね。自分が今まで知っていた映画とは違う、古くて面白い映画をたくさん教えられて、それらを浴びるように観たというのが、まさに「体験」だったです。

矢野 僕も、大学時代は浴びるように映画を観ました。年に800本くらい観てた。授業じゃなくて、TSUTAYAさんに教わったんだけど(笑)。

――映画を浴びててよかった、と思ったことはありますか。

矢野 というか、「もっと前から浴びときゃよかった!」ってすごく思いました。

――どんな時に?

矢野 映画美学校で、もっととんでもない浴び方してる人に出会った時です。

永山 うん。それ、すごくわかる(笑)。

――映画美学校に入って、大きく変わったことはありますか。

矢野 芝居のやり方を知ることができた、というのが大きいと思います。演技を楽しむ方法を教わった気がする。特に、演技にはまず「作業」が必要なんだなっていうことを知りましたね。自分が誰で、ここはどこで、話してる相手は誰なのか。それを具体的に一つ一つ、積み重ねていくのが俳優の仕事なのかなと。

永山 そう。そこを具体化するんだ、っていうこと自体を知らなかったから、新鮮でしたね。観客として観る時も、お芝居の見え方がだいぶ変わってきました。その結果、この学校に入る前よりも欲が出てきたと思います。講師の方々や仲間たちを見ていて、みんなすごいな、みんなみたいになりたいな、っていう気持ちが強くなりましたね。もっと知りたい、もっと経験したい!って。

――そこに、「プロになりたい」はありますか。

永山 そこなんですよね……私は大学を出てから普通に会社員をやっていて、映画美学校には仕事の後に通っていたんですけど、そのあたりをどうしていこうかなあ、というのは今に至るまでずっと考えています。でも、俳優をずっと続けたいという思いは、変わらないですね。むしろ、その思いは強くなった気がする。長く、細々とでもいいから、自分なりに続けられる方法を探したいです。

矢野 そっか。永山さんは、俳優を続けたくてここに来たんだね。僕は逆だったんですよ。あきらめるために、入ったんです。誰かにはっきりと通告されたくて。「お前、もう、ほんっとにやめとけ!」って(笑)。

永山 でもそれは、「あきらめたくない」っていう思いが半分あるから、起こる気持ちじゃない?

矢野 そうだね。今は『イヌミチ』の宣伝作業とか、高等科で作った『ジョギング渡り鳥』(鈴木卓爾監督、公開待機中)の準備が残っているから、何かと校内に居ることが多いけど、でもそれが全部終わった時に、自分は果たしてどうなるのかなって思うな。

永山 そうだね。これが全部無くなったら、私たちのつながりはどうなるのかな。

矢野 そう! それ、怖い!

永山 私は『イヌミチ』で、矢野くんが相手役で本当に良かったと思うんですね。最初はちょっと力みすぎてた自分がいたんですけど、でも矢野くんだったら、私が何をしてもちゃんと反応してくれるだろうし、ボールを投げ返してくれるはずだっていうことに確信があったから。自分がどんなに迷っても、矢野くんが演じる「西森」という存在を、信じることができたから頑張れた。

――でもこれからお二人は、初めて会う相手に、心を預けなくてはいけませんよね。

永山 そうなんですよね。私たちが学んできたこととは、まったく違う方法を取ってこられた方とご一緒することになるわけですから。そういう時の拠りどころは、やっぱり「自分が今までしてきたこと」でしかないんだろうな……。

矢野 僕は、何かまったく違うものが欲しいです。ここで3年間学んできたこととは、全然違う何かが。いつか、全部かなぐり捨てなきゃいけない時が、来るんじゃないかと思うんですよ。「矢野さん、それ、どこで習ったのか知らないけど、全部やめて」って言われる時が。だから、この3年間を、一度、全部捨てたい。もちろん、かけがえのないことでもあるんですけど。

――第1期生の皆さんの、『イヌミチ』と『ジョギング~』以降の動向に注目ですね。

矢野 僕は、もう、全員が敵だと思ってますね。やっと気づいたんです。この学校を離れたら、みんな敵だってことに。今は特に、永山さんに対して、すごくそう思ってる。

永山 え!

矢野 僕は、本っっっ当に出たかった劇団があったんです。そこに出たくて、俳優を始めたと言ってもいいくらい。でも、その話をしたら、みんなが「自分もオーディションを受けたい」って言い出して。それで僕は書類審査に落ちて、永山さんは通ったんですよ。そこの芝居を、僕より、ずっと観てないはずなのに!

――うっかり、愛してるものをみんなに勧めてしまったんですね。

矢野 そうなんです! そんなに面白くない芝居を何本も観て、その中からやっと見つけた面白いものだけを、全部かっさらって行かれた感じ。だから逆に、永山さんが好きなものを僕に教えてほしいよ。万田さんとか、黒沢清さんが出演者オーディションしないかなあ。永山さん、絶対出たいでしょう。

永山 出たい。絶っっ対出たい。

矢野 ね。そこで決着をつけよう。どんどん奪い返してやるから。

永山 わかった。決着をつけよう!