映画美学校アクターズ・コース ブログ

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個人史から語るアクターズ・コース、その2

アクターズ・コースが発行する「ときどき、アクターズ第2号」。「個人史から語るアクターズ・コースその2」は、第2期修了生で、ただいま舞台『S高原から』(青年団+無隣館)に出演中の坂倉奈津子さんのインタビュー。ぜひご覧下さい。

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[撮影:下江隆太]

大人だって学びたい。大学を出て、4年間の社会人生活と、5年間の俳優生活を経てのアクターズ・コース入学。自分の欲しいものが、はっきりとわかった上での入学。その日々の体感を、彼女は誇張なく誠実に語ってくれた。(取材・文/小川志津子)

――かつては、どんな子どもでしたか?

活発な子どもでした。運動もいろいろやったり、勉強もそれなりにやったり。人前に出ることは、特に、抵抗はなかったですね。そのこと自体に特別の意識を抱くこともなく。

――部活は?

水泳部でした。3歳から中学3年まで、水泳をやっていたので。そもそも、複雑なことが好きじゃなかったんです。球技みたいにルールがいろいろあるんじゃなくて、「ただ走る」とか「ただ泳ぐ」とかが好きだったんだと思います。

――中高に、演劇部はありましたか。

中学は覚えてないんですけど、高校にはありました。でも興味がなかったですね。「やだな」とも「いいな」とも思わない。「なんか、あるな」くらいの感じで、自分とは縁がないと思っていました。でも高校の時に、映画がすごく好きになったんですね。だから多摩美術大学に入って、映像作りの勉強をしたんです。たくさんの映画を観ましたね。自分の中で「すごく好きでよくわかるもの」と「普通のもの」と「そうでないもの」の基準が、はっきりするようになりました。

――坂倉さんは、どんなものが好きですか。

一面ではなく、裏を孕んでいるものが好きですね。描かれていることが、一辺倒ではないもの。 

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――それが「出る側」にシフトチェンジしたのは?

大学の課題でクラスメイトが監督する作品にたまたま出演したとき、演技が、とても辛くて楽しい経験だったからです。ただ楽しいだけじゃなくて「ちゃんとやらないと、できない」っていう感覚があって。

――大学を卒業してからは?

普通に4年間ぐらい社会人をしていたんですけど、ある時、その仕事に関して「もう、お腹いっぱいだ」って思ったんですね。ちょうどそのタイミングで思い出したというよりは、ずっと心に残っていた演技のつらたのしさを改めて考えた感じです。私が大学で勉強していたのは映画だったけど、でも映画を観ていて「素敵だな」と思った俳優さんの多くが舞台出身だったので、演技を勉強するなら舞台だと思って、演劇を始めたんです。

――そこから、オーディションか何かを受けたんですか?

最初は、どうやってこの世界に入ったらいいのかわからなかったから、まずお芝居を観るところから始めました。よくチラシに「お手伝い募集」って書いてあるじゃないですか。そこで現場を知ろうと思って、まずそこから始めましたね。あと、ワークショップにもいくつか参加しました。そこで劇団や演出家の方と友だちになって、そこからいろいろとつながりが生まれて。

――その時点で、おいくつだったんですか。

初舞台は、29歳の時でしたね。

――そこから、映画美学校に入ることにした経緯を教えていただけますか。

フリーで5~6年間、なんとか途切れずに俳優をやってきたんですけど、私の周りにはとても達者な方が多くおられたんですね。私は俳優としてのスタートが遅かったけれど、でも、観ているお客さんにとってはそんなことは関係ない。だったら、ちゃんと追いつかなくちゃと思ったんです。基礎を磨かずに、見よう見まねでここまで来てしまって、このまま行くと自分は「できるふり」ばかりが上手くなってしまう。そういう俳優は、いざというときに、とても弱いと思ったんです。そしてこの停滞感は、今ここで解決しておかないと、長く続けていくことができないと思いました。

――入ってみて、何か、変化がありましたか?

うーん……あまり、ないです。とにかく演技をちゃんとできるようになりたいという一心だったから、すべてがその延長線上にあったというか。そういうことって、何かが劇的に飛躍するということでもないので。やっていることは、ずっと同じだった気がします。

——何かが劇的に飛躍することを、期待していましたか?

いいえ。強くしたいのは「根っこ」だったので。俳優は演出家や監督の要求されたことをできてこそだ、という思いが、改めて強くなりました。それは前々から薄々感じていたことではあるんですけど。

――それは、映画美学校でもたらされた実感ですか?

んー……いろんな要素の一つではあるかもしれないですけど、映画美学校でそれを得た、ということではないと思いますね……いいんですか、こんなインタビューで?

――いろいろな声が欲しいので、いいんです。

たぶん私は、最初から割り切っていたんだと思います。自分が学びたいことが学べればよし、という感じで。その点において、とにかくモトを取らないと、とか、ここで何かを学んで帰らないと!っていう思いが、ものすごく強かったですね。

――具体的には、何が収穫でしたか。

ずっと知りたかった、演技の基礎的なこととか。講師陣の、作品に対する姿勢とか。誰もが、冷めていないんですよね。常に何かを吸収しようとしておられて。映画なり、演劇なりに誠実に向き合って、達観していないというか。

――講師陣も揺れている?

だとしても、表には出さないですよね。私が素敵だなと思う表現者の方たちは、自分が抱えている揺れについて、あまり表立って語らないんです。

――坂倉さんは、達観の人ですか?

どうなんでしょう。そう聞かれたら、みんな「達観してないです」って言うんじゃないかな。

——でも、自分が何を欲しているのかがまだわからない人からすると、坂倉さんは「達観の人」に見える気がします。

確かに、そこが、自分は若い人たちとは明らかに違うんだというのを、在学中に感じましたね。何にでもなれる、どこへでも行ける。興味のあることは全部やりたい。そういう人たちとは、たぶん目的自体が違うんじゃないかと思います。とはいえ私も、今は「無隣館」で芝居を学んでいますけど、やっぱり自分の立脚点みたいなことについて、いろいろと考えてしまいますね。昨年11月に、念願だった「サンプル」に出演しましたけど、でも「一度出られたからもう安心!」なんていうことはありえないですよっていうことを、ここでぜひ言いたいです(笑)。

――念願叶ってもなお、道は続きますね。

ただ、それに伴う揺れを、和らげるために映画美学校に居続けるというのは、あまり好きではないんです。フリーでいろいろな経験をしてきたから、よけいそう思うのかもしれないけど。「自分にはできない、やばい!」と思っても、自力でなんとかするしかないっていう経験とか。でも学校って、みんなで交わることが前提の場所ですからね。だからこれは私の、個人的な見解でしかないんですけど。

――でも、大切な視点です。

もちろん、映画美学校にとって、お役に立てることがあるなら立ちたい、という思いはあります。他の科とのワークショップに参加させていただくと、本当に勉強になりますし。でも、アクターズ・コース自体は、新しい世代がどんどん中心になっていくべきだと思うんですね。そのためにも、私たちはちゃんと距離を取らなくちゃと思うんです。

――拠りどころを持たないその歩き方は、しんどくはならないですか?

常にしんどいです(笑)。でも「絶対にここにいたい!」という場所に行き着かない限りは、そうやって進むしかないんじゃないかと思っています。映画美学校に対しても、恩義はあるけど、甘えたくはなくて。関わるなら、学生としてではなく、一人前として関わりたいと思う。もちろん、学び続けることは必要ですよ。でもそれは学生としてではなく、一人の俳優として、学び続けていたいなと思いますね。