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映画美学校アクターズ・コース ブログ

映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。映画・演劇を横断し活躍する「俳優養成講座 」 2016年9月2日(金)開講決定!

【『石のような水』稽古場レポート】小川志津子

 この日を迎えるまで、彼らは年末から稽古を重ねていたという。アクターズ・コース第4回公演『石のような水』。自らの劇団「サンプル」の公演を終えたばかりの松井周が、3月17日、ついにこの稽古場に参戦した。この日に至るまで、受講生たちはもりもりと自主練を行い、せりふも全部覚え、立ち稽古にまでたどりついて、その収録ビデオを松井に送ったりしていたらしい。つまり、ある程度、すでにできあがっちゃってる芝居。それを松井がこれから修正したり、解きほぐしたり、あるいは全面的にリセットしたり、するわけである。……うずうずする。

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「この公演で、僕がどうしたいかというと」

 

 松井が言う。とたんにみんな、ペンとノートを取る。

 

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「本来、流れているものが、ある人の中でとどまることで、形を成すというか。砂のように流れていくものがあれば、重たくて流れにくいものがあったり、途中から飛び込んできたものもあって。台本を読むとわかるけど、どのシーンも短くて、しかも「途中」な感じで次のシーンへ行くよね。時間には、始まりも終わりもなくて、たまたまその瞬間だけが輪切りされてるみたいな、そういうイメージが僕の中にはあります……抽象的なことばっかりでごめんね」

 

 じゃあ、やってみようか。松井がそう言うと、みんな「はい」と即座に舞台上をセッティングし始める。たくさんの場面を行き来する本作品において、装置の配置はかなりの作戦を練らなければならない。はー大変だー、と思っていたら、これがかなりスムーズに進むんである。つまり、受講生たちは稽古を重ねているから、シーンとシーンの関係性というか、「ここをこうすればスムーズにいく」的な勘がすでに出来上がっているのだ。「じゃあ、シーン8までに必要な小道具を用意して」「はい」ぱぱぱっと動く。

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「舞台上の上下(上手と下手)に椅子を並べて、芝居に出ていない間もそこにいるようにしてみようか。その時も演技が続いているのか、いないのか、そのボーダーラインも「流れる」感じで」

 

 だいぶ高度なことをぺろっと言う松井。いよいよ稽古が始まる。前述の通り、全員、せりふが入っている。動きもできてる。ただ何だろう、会話に「共鳴」や「共振」が見えない。耳元をさーっと通りすぎてしまう。

 

 「はい、じゃあ一旦止めましょうか」

 

 さあさあ松井の演出が始まる。どんなふうに、どんな言葉で、彼らが今やってみせたことを解体してゆくのだろう。

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「ええとね、あのせりふのタイミングが少し早い」「あそこはもうちょっと、オンで」「あと5秒遅くして」「もうちょっと、気持ち、間が欲しいな」「あのせりふは怒りすぎだな」

 

 ……極めて、極めて具体的な指示がぽんぽん飛ぶ。そしてここが肝要なのだが、そうやって細かいところをちょっと調節しただけで、登場人物の感情とか彩りとかが増して見えることを、私は第一期・第二期の修了公演に居座っていたから知っている。逆に言うなら、観客たちが勝手に、それらのものを上乗せして観ている。芝居は、錯覚でできている。などとぼんやり考えているとき、松井が衝撃発言を放った。

 

「あとね、みんな、さりげなくしゃべろうとしすぎ!」

 

 ……えっ! 芝居って「さりげなく見せる」ために心を砕くものなんじゃないの? 「ナチュラル」を目指して演じてるんじゃないの??

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 そう、ここにひとつ、大きな罠があるのだ。たとえば小さなちゃぶ台に向かい合って座っている夫婦のシーン。その状況と距離感で「ナチュラル」にしゃべろうとすると、声が観客に聞こえない、という問題が発生する。その場合、「ナチュラル」から外れる必要が生じるのだ。自然に普通にしゃべると声が小さくなっちゃうから、声を大きくしつつ、自然に普通にしゃべってるみたいに見せる。――難儀だ。

 

 でもそういう時、松井は「こうしなさい」とは言わない。どうすれば、この俳優がやりやすいかを探って、それを言う。言われた方も「はい」とそれを受け取る。いかに松井の言葉を受け取るか、みんなそのことにとても集中している。ラジオの周波数を合わせるみたいに。

 

「みんなは台本を読んでいるわけだから、この次に何をしゃべるか、この後どう展開するのかを知っているわけだけど、でもやりたいのはその結果を見せるための芝居じゃなくて。結果がわからない人が、わからないなりにあがいてる時に生じるノイズみたいなものを見たいんです」

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 確かに、芝居を観ていると、ああとても前もって用意された言葉だなあ、と思ってしまうことがある。とてもロマンチックな長ぜりふとかで、ものすごく練習したであろうことが見えてしまう瞬間が。そのことが呼ぶ感動や高揚感ももちろんあるのだけれど、それと同時に、劇中の世界からちょっと引き戻されるような、何とも言えない感覚になるのだ……というような話をしていたら、稽古初日の打ち上げの席でアクターズ講師・山内健司が言った。

 

「オガワさんね、アクターズは、そんなレベルを目指しちゃいませんから!」

 

 ……じゃ……じゃあどんなレベルに行っちゃうんだ!

 見守るしかないじゃないか。まったくもう。

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