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映画美学校アクターズ・コース ブログ

映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。映画・演劇を横断し活躍する「俳優養成講座 」 2016年9月2日(金)開講決定!

スペシャル鼎談!「古澤健/松井周/佐々木敦」【前編】

こんにちは! 『友情』応援隊のSです! 

いよいよ明日は本番初日! というわけで、今回は超特別編!

映画監督・脚本家の古澤健さん(写真左)、サンプル主宰の松井周さん(右)、批評家の佐々木敦さん(真ん中)による鼎談の模様をお送りします!

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今回も超絶盛り上がってしまったため、前編・後編に分けての掲載!
超豪華メンバーによる『ナカゴー/鎌田順也』『ジョギング渡り鳥』『映画美学校アクターズ・コース』『現代日本映画・演劇』を巡る、知的でハイパー面白い鼎談!

全員必読!!

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〜特別鼎談・前編〜

【登壇者プロフィール】

古澤健:映画監督・脚本家。映画美学校アクターズ・コース主任講師。高校生の頃より8ミリ映画を撮り始める。『home sweet movie』が97年度PFFにて入選(脚本賞)。98年、『怯える』が クレルモンフェラン短編映画祭に招待される。『ロスト☆マイウェイ』で監督デビュー。主な監督作に『making of LOVE』、『今日、恋を始めます』。最新監督作は『メガバンク最終決戦』(WOWOW 連続ドラマW)。脚本作『ゾンからのメッセージ』(監督 鈴木卓爾)が公開待機中。

 

松井周:作家・演出家・俳優・サンプル主宰。96年、俳優として劇団青年団に入団。俳優活動と共に劇作・演出家としても活動を始める。07年、劇団サンプルを立ち上げ、10年、『自慢の息子』が第55回岸田國士戯曲賞を受賞。

また、劇団外の仕事として、さいたまゴールド・シアター(演出:蜷川幸雄)に戯曲『聖地』を書き下ろすほか、文芸誌に小説やエッセイを寄稿するなど活動の場をひろげている。

 

佐々木敦:批評家。HEADZ主宰。著書『ゴダール原論』『例外小説論』『ニッポンの文学』『「4分33秒」論』『ニッポンの音楽』『シチュエーションズ』『批評時空間』『未知との遭遇』『即興の解体/懐胎』『「批評」とは何か?』『ニッポンの思想』など多数。

 

 

古澤健(以下古澤) 限られた時間なので2つに絞って。『ジョギング渡り鳥』(以下『ジョギング〜』)についてと、ナカゴーの鎌田順也さんが修了公演を担当するということの期待とか不安とか面白さとか、そういう話が出来たらなと思います。

 

佐々木敦(以下佐々木) 僕、この鼎談の趣旨が分からないまま来てしまったんですよ。それで昨日の夜、事務局に「アクターズ・コースって、まさかなくなるの!?」ってメールして、なくなる記念にこういうこと行われるのかなって(笑)。

 

古澤 違います(笑)。色々変わりつつあるというのは確かなところですけどね。

前は一年間のコースだったのが、昨年9月から始まった現役のコースは半年のコースになって。ただカリキュラムと講師は、以前のままぎゅっと圧縮しているので、ものすごい受講生にとっては大変な…

 

佐々木 期間は短いけれど講義内容はあんまり変わっていないと。

 

古澤 そうですね。あとは夜コースだったのが昼コースになったんですよ。そういうところで集まってくるメンツも、ちょっと顔ぶれが変わってきたのかな。

 

佐々木 もう5年も経つのですね。アクターズ・コースを作る時に、松本正道さんと堀越謙三さん(共に映画美学校理事)に「こちらは映画のことは分かるけれど演劇の人というのは今までそんなに接点がないし、どういう人が良いのかというのが分からない」という講師についての相談を僕が受けた。それで「青年団の協力を得られたらいいですよね」という話に最初なって、はじまったんですね。

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で、はじまった時に平田オリザさん(青年団主宰)と塩田明彦さん(映画監督)の対談をやって、その時僕は司会をしたから、あの頃くらいはまだ関わっていた感じがあったのですけど、段々と実際にカリキュラムがはじまっていくと自分が演技とかを教えるわけではないから、何となく間接的にしか分かっていなかった。もちろん修了公演とかはほぼ全部拝見してきているし、「批評家養成ギブス」との絡みも結構あったとはいえ、本当にあっという間ですね。

 

古澤 そうですね。やっぱり誰もが予測した通り、即効性のあるコースではないというか。フィクション・コースだったら、言ってみたら1年間やって、自主映画を作って、たまたま運が良かったりすると映画祭に引っかかったりだとかもありますけど、アクターズ・コースだと映画美学校を出たからどこかで何かの映画にデビューしました、舞台にデビューしました、みたいなことはないだろうなと思っていたんですね。やはりある程度、当初の目論見として5年くらい経った時に何らかの結果が出ていたら…

 

佐々木 出身者が。

 

古澤 ええ。まだまだもちろんそこまでは到達していないと思うのですけど、ただ1つ、なぜ今日『ジョギング〜』と最新作の鎌田さんの舞台というのを取り上げたいのかというと、誰も予想しなかったのですが『ジョギング〜』が第1期の高等科の講義の一部としてはじまったはずなのに、何故か足掛け3、4年かけて、鈴木卓爾さんが私費を投じて作り上げてしまった大長編映画になってしまったという。

 

佐々木 なるほど。公開時期が重なったというか、近いですもんね。

 

古澤 劇場公開映画は『イヌミチ』(万田邦敏監督作品/アクターズ・コース第一期のカリキュラムで制作)もあったのですけど、それはもうはじめから他のコースも跨いで一緒に長編映画を作って、出来たら公開もしたいね、みたいな感じではじまったのですけど、アクターズ・コースの方は全くそんな予算も体力もないはずだったのに粘り腰でやってしまった。それで佐々木さんに『ジョギング〜』の感想を聞いてみたいなと思ったんです。

 

佐々木 僕は『ジョギング〜』も凄く面白かったですよ。ただ『ジョギング〜』もどうやって作られたのかとかの経緯を未だによく分かっていない。プレス資料の紙が多過ぎてあまりよく分かっていないのですよね(笑)。ただ第1期からの受講生が出ていて、実際もう出演兼スタッフみたいな感じになっているというのは普通に映画を観ても分かる。

元々アクターズ・コースというのは役者・俳優を養成するということで、映画と演劇の、ある傾向性を帯びた講師陣というのが合体している。本来その2つというのはそんなに一緒になるというようなことはなかった。そういう講師陣に育てられる役者というのは、舞台にも出られるし、舞台というのはいわゆる小劇場的なものでもいけるし、いわゆる映画もいけるといえばいける。観客としての目線からすると、演劇と映画、その2つの演技のあり方って、やっぱりちょっと違うって普通は思っちゃうんですよね。そういう意味では結構成功しているのではないかと傍目では思います。

実際、永山由里恵さん(アクターズ・コース第1期生)とかは映画も出てナカゴーとかも出ているし、そういうのは単純に演技力とか役者としての技術の問題だけじゃなくて、人脈とかもあると思うんです。そういう講師たちがいるからそういう情報も入ってくる。だから、単純に役者としてのメソッドというか演技術だけじゃなくて、全体の環境としての良さ・ユニークさというのはやはりあるのではないですかね。そこがやはりアクターズ・コースの、色々他にもあるそういった学校と比べた時の個性だというのは間違いないですよね。

 

松井周(以下松井) 「自分プロデュース能力」というかね。それがアクターズ・コース独特なものなのか分からないのですけど、『ジョギング〜』って多分、宣伝にしても資料を作るにしても、実際に作品を作った時も合宿形式でやっているというのもあると思うけれど、とにかく全部自分たちでやってみるという感覚がある。普通それって「そこは私の仕事じゃないです」とか、そういう感じはどうしても、俳優って…

 

佐々木 「自分、演技だけですから」みたいな。

 

松井 そうなんですよね。その辺の境界のなさというか、そういうところに対してもいい意味で力が抜けている。ちゃんと自分たちで外側から見る目もあるし、凝り固まって「これはこうだ」「撮影する人はこうだ」、あまりそういう枠に囚われないというのはやはり大きい。それは監督の鈴木卓爾さんの方針というのが大きいとは思うのですけど、アクターズ・コースってそういうところは凄く特徴があるなとは思いますね。

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古澤 演劇の人たちの行動力というか、宣伝に関してもDIYでやろうとするところがあるじゃないですか。僕は演劇の人間ではないので、その雰囲気って自主映画をやっている人間には実はないというか。

 

松井 それは逆に不思議ですけどね。

 

古澤 難しいのですよ。映画が出来上がるとそこで満足しちゃうというか。演劇って、やっぱりステージを作り上げるということはお客さんに対面するところまで含めて「制作」じゃないですか。映画って、出来上がりました、それからこれを商品・作品としてどう発表するか、という2段階に分かれている感じが凄くして。そこで冷めてしまうというか、出来上がったら監督とかプロデューサーが売り込んだりはするけど、スタッフはその頃は他の作品の撮影をしている状況があるので。

 

松井 なるほど、そうか。

 

古澤 その辺りについてアクターズ・コースには、例えば山内健司さん(俳優/青年団)の講義で、いかに自分たちで宣伝するかというのがあったりだとか、それが当然のように組み込まれているということがこっちとしては面白い。

 

松井 誰に観てもらいたいかというのを受講生に言ってもらって、それを吟味するという時間を取っているんですよね。

 

古澤 それが前提の上で、チームというか、毎年受講生たちが何かを自分たちで作ろうとする、映画でも演劇でも自分たちで届けようとする感じが全然フィクション・コースとは違う。そういう熱を持っているというか。

あともう一つは、当初から僕個人の目論見としてあったのは、俳優自身がカメラを持っていいのではないか、ということ。デジタルの時代になってカメラも編集も、良い意味でも悪い意味でも素人でも出来るんですよ。

それまでは僕の一方的な思い込みとして、演劇って身体と舞台があれば出来る、というような、そういう機動力があるなと思っていて。でも映画って非常に重いメディアというか、機材にしても公開の形態にしてもそこに至るまでに誰かプロフェッショナルな人がいないと出来ないと思っていたんです。

でも、それは僕自身がPFFで入選した年(※『home sweet movie』が97年度に脚本賞を受賞)というのが結構象徴的な感じで、グランプリの作品がビデオで撮られていて、それが当時のBOX東中野で公開されたんですよね。デジタルで撮られたものが劇場公開出来るんだという、そのハードルがひょいと低くなった瞬間に、なんだか映画が軽くなった感じがしたんですよね。

それで、「撮影現場に呼ばれたいです」「映画に出たいけれどどうすればいいですか」という相談を受けるようになってくると、「いや、撮れるんじゃないの、自分たちで」って思うようになった。もちろん照明の当て具合だとかセリフをどう録音するかとか、そういう技術的なことはあるのだけど、実はそこもそんなに本質的な部分ではないというか。自分たちの考えるお芝居の世界を作り上げるみたいなことは、カメラを仲間内で回し合うことで出来るのではないかなという期待があって。それが個人的な目論見としてはあったけれど、まさか卓爾さんが教える講義の中で結構軽々やってしまったなと。『ジョギング〜』に対しては、嫉妬とともにそう感じるんですよね。

 

松井 それは大きいですね。iPhoneでも撮れるというか。

 

佐々木 『ジョギング〜』は2時間40分くらいあるんだっけ? 凄く長いですよね。それは作っていた時間を考えると、要するに増えちゃったんでしょ。どこかで区切りをつけて、もっと前段階で、短かったのかもしれないけれどその状態で完成して公開していた可能性というのはなかったのですかね。どうしてこういうことになったのか、それがよく分かっていないのだけれど。

 

古澤 100年かけて商業映画が培ってきた効率的な映画作品の作り方ってあると思うんですよ。それは当然撮影の前段階でシナリオを完成させて、そこで想定されることを予めきちんと計画を立てて、何日で撮影してって。そうするとシナリオの段階で多分こうなるだろうという完成予想図をきちんと作った上でやる。それは映画というのが非常にお金のかかるメディアで、撮影が1日でも伸びたら大変なことになるから。

でも一方で、実際に撮ってみると「お芝居ってこうなって、ここから新しく発想出来てしまうよね」と、現場でシーンが変更になったりちょっと追加シーンが出来たりするのは、実際映画を撮った人間は経験しているんですよね。そこの部分を『ジョギング〜』は拡張したというか。ある程度のアウトラインはあるけれども「まず撮ってみよう」と。つまりトライ&エラー。だからそういう意味では非常にドキュメンタリーの方法論に近いというか。映ったものから発想して、「次にみんな集まれる日、いつ?」という作り方。

 

佐々木 それは凄く分かるね。そうやって作っているっぽいよね。

ちょっと前に『シネ砦』(映画批評誌)の刊行記念イベントのパネルトークに呼ばれたんですよ。その時に同じく登壇者の安井豊作さんが最初に「俺は映画というものを「運動」というものと同義のものとして考えてきた」というような話をしたんです。「そういう観点に立つと最近評判が良いとされている作品とかも自分は観てみて、良い映画だとは思ったけれど「運動」という観点からヌルいというような気がするんだよね」みたいなことを言っていた。

それで、最後に一通り登壇者それぞれが発言する時に葛生賢さんが「安井さんの言っていることは結構分かる。それは何故かというと『ジョギング〜』があるから。『ジョギング〜』の方が他のそういった作品よりずっとハードコアな「運動」としての映画というものを体現していると思った」というようなことを言ったのですよ。僕はその時まだ『ジョギング〜』を観ていないから、それが頭に残りつつ『ジョギング〜』の試写を観たら、やっぱりそういう「運動体」としての、というのかな、古澤さんがさっき言ったDIYの初心みたいなものというのは凄く感じた。

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だからこの映画に関して、上手くいっているとかいっていないとか、完成度が、とか言っても仕方ないんじゃないかな。「そういうことじゃないよね」という。その背景にあるものとしての映画美学校アクターズ・コースというのは、こういうことが出来るようになること自体が良かったことなのではないかな、と思いますけどね。

 

松井 それ、凄く面白いですね。昨日もアクターズ講師による『ジョギング〜』についての別の座談会があってその時にも話したのですが、演技について言うと、まぁ決して上手いだとかそういうことではない。だけど、そういう上手いとか下手とかという価値観の基準で捉えたり、この映画のつながりがどうとか言い出すとその時点で負けているというか。この映画が持っている仕掛けの方が強いというか。だから、新しい価値を本当に生み出そうとしている映画。

 

佐々木 話、全然分からないですからね。未だに全然分かってないもん。

 

古澤 新しい価値を生み出そうとするって、実は凄く難しくて。要はAがあったらA’作ろうとかBにいこうとか、Aを前提にしないといけない。「価値を生み出そうとする」っていうのはそういう感じがすると思うんですよ。でもそうじゃなくて、本人が無意識に何かをやってしまうことってあるじゃないですか。

佐々木さんの話を聞きながら思い出したのが、常に自分の心の中に引っかかっている映画の1本のデニス・ホッパーの『ラストムービー』。映画の撮影を見たことがない連中がメキシコに行って、映画の撮影隊を見ている現地の人から「あいつら何やっているんだ?」とか言われたりしつつ、最後に自分たちでカメラの作り物みたいなものを作って映画ごっこをはじめるんですよ。映画を多分観たこともない人たちが映画の撮影隊を見たら、何かの儀式に見えちゃった、みたいな話で。

 

松井 それは面白い。

 

古澤 何となく僕は『ジョギング〜』の設定というのが、俳優がカメラというものを持って、その結果何が出来るのかよく分からないけれど撮るとどうやら画が映る、音も録れてしまう、それをずっと永遠繰り返している野蛮人の映画に感じた。

そういう意味では僕らの知っている映画とは違う。これを作りながら映画を発想し直すみたいな。結果として新しい価値観は生み出されたのかもしれないけれど、でもそれをどう評価すればいいのか、これまでの僕らの基準では出にくいなとは思うんですよね。コンセプトとして「野蛮人が映画を撮るんだ!」っていうと、それはそういう「今までの映画」になってしまうような気がする。

 

松井 そうですね。編集も、受講生それぞれが3チームくらいに分かれてひとまず編集したらしいんですよ。それを延々とやっていましたよね。

 

佐々木 素材がむちゃくちゃあるとしか思えないからね。そもそも劇中のカメラが何台もあるから、それも回しているからある場面でも撮れ高は凄く高いなと思う。で、実際画面に映り込んでいるカメラで撮った映像も映画に使われていると思いながら観るから、もろにメタ映画じゃないですか。でもこういうのはあまり観たことがなかったなというか、凄くタガが外れているというか。

タガの外れ方が単に野放図でめちゃくちゃやっている、アナーキーで凄いよね、というのだったら、90年代ぐらいに結構あったと思うんですよ。そういうの、自主制作映画出身の人ってやってしまいがちじゃないですか。園子温さんの昔の作品もそういう感じがするし。

でも、そこはまた違うんだよね。『ジョギング〜』が持っている、形がちゃんとしていない感じというのはかつてのそういったものとはやっぱり違うというか、全然アナーキーじゃない。過激な感じっていうのがあんまりないんだよね。ただ何か、普通じゃないなっていう(笑)。

だから新しい価値観という言葉がさっき出たけど、それが意図的かはともかくとして、出来上がったものというのが何かしら今までの映画からはみ出ている感じなんだよね。そこに良い所も悪い所もあるのかもしれないけれど、はみ出ているところだけでも、もう既に1つの意味があるのではないかとは思いましたね。

 

古澤 新しい価値ということから言うと、じゃあ『ジョギング〜』を出発点に新しいムーブメントが起きるかといったら、絶対に起きないと思うんですよ。

 

佐々木 無理でしょ。

 

古澤 だからそういうある種の、最初から孤独を…ね。

 

松井 孤高の感じというか。

 

古澤 そう。それも良いのか悪いのか分からないけれど、野蛮人とか猿がたまたまブロックを組み立てたら何かが出来上がった。でも作った本人たちも何かを作ろうとかここから新しい歴史をはじめようだとか思っていたわけではない、というか。だから、僕らは未発見のヘンな新しい遺跡を発見して、かつてここに文明があった、でもそれはどこの歴史にも組み込まれない、と思ってしまうという、そんな感じの印象がある。

 

佐々木 そうですね。凄くそう思いますね。

 

古澤 それが何故出来たのかというと、さっき佐々木さんが言ったように、普段交わらない映画と演劇の人たちがたまたま同じ場所にいた、それ以上のことって多分なかったんじゃないかな。

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佐々木 条件としてはね。こういう映画がフィクション・コースじゃなくてアクターズ・コースを母体として出て来たという意味合いみたいなのは結構考えるにたる問題なのかもしれないなと思います。

良くも悪くもプロっぽいものというか、普通学校では最低限の技術とか、やっちゃいけないことだとかそういうことを教えるものじゃないですか。でも結果としてはそうじゃないことが出来ちゃった。だからそこは不思議だなと思うけれど、ある時間をかけてある人数の人たちが会う回数を重ねることでよく分からないケミストリーが生じたということなのだろうなと思うし、それが結構僕は支持したいことなので。結果を見越してこういう感じの成果を見せたいと思ってやっていたら、こうはならないでしょ。

 

古澤 だから、ちょっと売りになりにくいというか。これからアクターズ・コースに行ってみようかなと思っている人たちにも、色々な学校を選ぶ基準ってあるじゃないですか。その時に、難しいんですよ。僕らとしては何かを期待させたい。でもウチの売りは「最終的に野蛮人のままですよ」という。僕としては凄く売りだと思っているけど(笑)。

 

佐々木 「デジカメ持って映画に出られるよ!」って意味不明だけど。

 

全員 (笑)

 

古澤 他で通用しない演技とか映画の作り方が学べる。他で通用したいなって普通はみんな思うじゃないですか。

 

佐々木 学校の場合はやっぱり売りを作らないといけないからね。

 

松井 でもここに出ているキャストも『ジョギング〜』ではこういう役だけど、例えば永山さんは『イヌミチ』に出たり、別の劇団、いわゆる演劇に参加したり、色々な場所にバラけて活動しているのを見ると、みんなタフというか、幅はあるし、結構柔軟だなと僕は思うんですよね。会話にしても映画も演劇も関係ないけれど、ちゃんと人を感じながら喋るとかそういうことに関しては、やっぱりずっと勉強しているというのもヘンですけれども、その面白さとか遊びというのを分かっている人たちが多い。

話がズレてしまうかもしれないのですけれども、今回修了公演に鎌田さんが作・演出で関わっているということで凄く面白いのは、例えば僕が演出してきた会話劇というのはどちらかというと凄くオーソドックスな感覚なのですが、鎌田さんみたいに全然僕らと経験を共有していない新しい人のもとで、僕らが教えて来たこととその演出家が求めることを上手くすり合わせてやるってことも、多分問題なく出来るということ。そういうことをちゃんと証明出来ると思うんですよね。

 

古澤 そこは、僕も狙いとしてそういうつもりだった。先日別の座談会でも(本ブログ掲載の古澤・永山・前原・土田による座談会)、今は青年団にいる前原瑞樹くんというアクターズ・コース出身の役者がナカゴーの舞台に出た結果、平田オリザさんと鎌田さんは似ていると思ったと言っていた。

 

松井 へぇ〜。

 

佐々木 でもそれは俺もちょっと分かるな。多分全てに演出をつけてくるというのがそうなんだろうね。鎌田さんの演出はどうやっているのか知らないけれど、似ているように感じるところもあります。

永山さんとは何かの演劇を観に行った時にたまたまお客さんとして来ていたから少し話したんですよ。そしたら今度ナカゴーに出るということになっていて「ナカゴーに出るんだ、勇気あるね」と。

 

古澤・松井 (笑)

 

佐々木 でもナカゴーに出ているのを見たら、問題なくハマっていた。結局役者ということでいうと、「演技の感じの系譜」みたいなのがあるわけですよね。大きく「青年団的な感じ」とか。それって単純にある意味で一種の人脈的なもので培われているもので。アクターズ・コースの場合というのは、最初に映画の人たちと演劇の人たちが合体していて、元々それ以前のところでつながっていないものが繋がっている。だから、アクターズ・コースに来る人たちというのは、元々そこの間に壁があるということに対していい意味で鈍感なんじゃないかと思うわけですよ。

つまり、永山さんがナカゴーに出ようと思った時にアクターズ・コースで学んできて『イヌミチ』とかに出て次にナカゴーに出るということがどういうことなのか、考えてないと思うわけ。面白そうだなと思って、それでオーディション受けたら出られることになった、みたいな感じを受ける。そういう「系譜」があることの意味というのももちろんあるのだけど、まさに野蛮人だったら分かっていないからひょいひょいとどこへでも行けちゃうというか。もしかすると今後はそういうのを「フレキシビリティ」と呼ぶようなことにした方がいいんじゃないのかなというのは何となく思うんですよね。

だから、演技力というのもよく分からないんだよね。もちろん「この人演技上手いな」とか思ったり言ったりもするけど、その時の「演技上手い」って一体何なの、と。だって、明らかに棒読みなんだけどもの凄く良い芝居する人っていうのは、映画でも演劇でもいるじゃないですか。もちろんある基礎体力みたいなものというのは必要だろうから、映画の演技も演劇の演技も、それをそのまま使うかどうかは別にして知っていなければならないことってきっとあるんですよね。それを学ぶのだろうけど、「演技が上手いとかそういうことじゃないんだ」という風に考えざるを得ないとすると、それを学ぶということ以上の振る舞い方とか気持ちの持ち方みたいなものを体得出来るような環境というのはどういう風にして出来てくるのか。そういうことの方がむしろ今後は重要だと思うんですよね。

大作映画にもTVドラマにも出られるし、かつ、もの凄くちっちゃい小劇場でも出られるし自主映画にも出られちゃう、みたいな人の方が今後は明らかにいいわけなので、そういう人たちは養成しつつあるんじゃないですかね。

 

古澤 はじめの頃から講師陣の中で共有していることがあるんです。

例えば、ある劇団である看板の演出家の下で長い期間やっていくと、結局メソッドとまでは行かなくてもその演出家の好みの演技というか、そういうのは身に付いて来て良いのかもしれないけれど、でも一方で価値観の違う演出家のところに行った時に戸惑ったりするだろうし、そこで価値観と価値観のぶつかり合いになって、喧嘩みたいなことになっちゃったりする。

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そうじゃなくて、「これが上手い演技なんだ」とか基準がどこにもあるわけじゃなくて、ある作品ごと、演出家ごとにそれがあって、そこにどう対応していけるのかと。アウェイに行った時に「これが大前提なんだ」といったところで対応出来る俳優を育てたいね、という話はしていたので、そういう意味ではある種の無頓着さというか、「なんだ、1つの価値観なんてないんだ」という、ある意味での荒野みたいなところに放り出されるんだという覚悟は、アクターズ・コースを経ると身に付いているのかもしれない。

 

佐々木 鎌田さんは講師はやっていないんですか?

 

古澤 やっていないです。

 

佐々木 じゃあこれは修了公演のためだけに演出家として呼んだってこと? それは大胆ですね。というか、鎌田さんが驚いたでしょ(笑)? 「なんで俺なんですか?」みたいになったんじゃない?

 

古澤 そこは、同一線上にあるのではなくて、1つの線の上を進んでいたのに別の平行宇宙に放り込んだみたいな、そういうことですよね。そこは当然受講生の方からも戸惑いの声が聞こえてきますよ。

 

佐々木 そりゃそうですよね(笑)。何しろああいう作風ですからね。それは凄いな。でももうすぐ本番ですよね? 松井さんは稽古を見たりしているんですか?

  

松井 僕は、というか、多分誰も見ていないですよ。

 

古澤 それは鎌田さんの演出方針として、稽古の初期の段階は同じチーム内であってもそのシーンに出ない人はこの場にいないでくれ、みたいなことが結構あるんです。結局僕が鎌田さんから聞いた限りで言うと、結局そこにいると見た人はリアクションしてしまう、と。どうしてもそれを手がかりにしてしまう。

 

松井 俳優はありますね、それ。

 

古澤 そうじゃなくて、きちんと鎌田さんとの間で作り上げていって、それをいかに、どこまでキープ出来るかというところが鎌田さんなりのテーマ、みたいなものがある。それによってヘンに戸惑ってほしくないし、役者同士で意見の交換とかがあった時に本人の中で迷いとかブレが生じてしまうこともあるから。

そういう意味では鎌田さんというのは、本人も役者として出るじゃないですか。だから役者のセンシティブさというか敏感さに対して非常に注意深いのかなとは思うんですよね。当然演出家から良いリアクションが来ると「これでいいんだ」と思ってそれにすがりつきたくなるというか。

 

佐々木 ウケているところを増幅しちゃったりだとか、そういうのはやっちゃうでしょうね。僕がナカゴーを最初に観たのはかなり初期の頃で。長嶋有さん(小説家・漫画家)から、教えていた生徒たちの中から劇団を作ったやつらがいて面白いから観てとやたら一時期言われて、それで観に行ったんです。長島さんは文化学院で教えていて、ナカゴーの人たちってその文化学院の生徒なんだよね。で、今ほどの異常なエスカレーションはないけれども大きく言うと今と同じ世界観で面白いなと思った。そんなにハマる感じではなかったんだけど、もう一回何かのきっかけで観に行ったら、それこそ本当に今に繋がるような、ああいうずっとやってろみたいな感じになっていてこれは面白いと思って、それからほぼ毎回観に行くようになった。

ちょっと引いた部分で思ったのは、まさにこの話と繋がるかもしれないのは、これは役者が出たいタイプの劇団だな、と思ったんですよね。一回は出てみたい、ああいうことやってみたいという。

 

松井 それは分かります。

 

佐々木 役者さんに「ずっと出ろ!」と言ったら「ごめんなさい」と言われるかもしれないけれど、一度は出たいような感じ。腕に覚えのある人ほど出たいタイプの劇団というのは、ナカゴーと東葛スポーツだと思う。そういう感じでナカゴーはドンドン色々な人が出るようになっていったから、客としては出演者のバリエーションで観る部分もある。「今度あの人がナカゴーに出る」というと、どういうことをやらされるというのが基本的には分かっているわけだから「アレが観たい!」みたいなのはありましたね。

 

松井 面白いですね。さっきのDIYじゃないですけれど、『ジョギング〜』と似ているなと思うのは、ナカゴーも「運動」というか、そういうのを感じます。毎回同じかどうかは分からないけれど、しつこいくらいに繰り返されるあの感じというのをまた味わいに行きたい。で、今度は誰がそこで、どういう組み合わせでそうなるんだというのが観たいという。それは多分似ていますね。

それと、セットとか小道具という概念というか、「それ腕なの?」とか「これを幽霊と信じるの?」という感じと、劇場じゃないところでやる感じ。催事場でやる感じとか。そういったものが、ある種今までのやり方を壊しているし、でもそれは無意識でやっているかもしれないし。

 

佐々木 小劇場じゃないですからね。「ショールーム演劇」だから(笑)。最近ショールームでしかやってないもん。

 

松井 だから俳優もそこで何が出来るのかと凄くナカゴーでやってみたいだろうなというのは分かりますね。

 

佐々木 でも2015年度のアクターズ・コースの締めくくりがこれなんですね(笑)。もう大胆プランとしか言い様がない。そういう意味では、鎌田順也作・演出の『友情』と『ジョギング〜』が成果として出て来た2016年春のアクターズ・コースは良くも悪くもヤバいですね(笑)。どう考えてもおかしな結果になっているという感じじゃないですか。全く堅実な結果ではないよね。でも僕はそういう方が好きだから面白いと思うけれど。

 

古澤 そこを面白がる空気がこの世の中には残されているのかどうかは、不安ではある。

 

松井 それ知りたいですね。どんな感じなのか。

【後編に続く】

 

※『ジョギング渡り鳥』2016年3月19日 新宿 K's cinemaにて公開!!※

www.youtube.com

ジョギング渡り鳥 - 映画『ジョギング渡り鳥』公式サイト

 

2016年3月3日[木] - 3月6日[日]

映画美学校 アクターズ・コース 2015年度公演 『友情』

作・演出:鎌田順也(ナカゴー) 原案『堀船の友人』

 

出演 秋本ふせん 奥崎愛野 川島彩香 菊地敦子 佐藤 岳 綱木謙介 戸谷志織 トニー・ウェイ 豊田勇輝 深澤しほ 渕野実優  的場裕美 連 卓也 山田雄三 (映画・演劇を横断し活躍する俳優育成ワークショップ)

【NEW!】<日替わり出演>
古澤健(3/3 19:00) 松井周(3/4 19:00)
しらみず圭(3/5 14:00) 鈴木智香子(3/5 18:00)
四方智子(3/6 14:00) 市沢真吾(3/6 18:00)

 

【NEW!】応援コメント随時アップ中!

映画美学校 | アクターズ・コース2015年度公演『友情』応援コメント

 

公演日程 2016年3月3日[木] - 3月6日[日]

3日(木)19:00★

4日(金)19:00★

5日(土)14:00/18:00

6日(日)14:00/18:00 ★=終演後アフタートーク開催〔30分程度を予定〕

*受付開始は開演の40分前、開場は開演の30分前。

*演出の都合上、開演後は入場をお待ちいただくことがございます。

 

【NEW!】アフタートークが決定しました!
★:終演後に、作・演出の鎌田順也とゲストによるアフタートークを開催いたします。〔30分程度を予定〕

3月3日(木)19:00
トークゲスト:九龍ジョー(ライター/編集者)、古澤 健(映画監督)
3月4日(金)19:00
トークゲスト:松井 周(演出家/サンプル主宰)、山内健司(俳優/青年団)、近藤 強(俳優/青年団

 

チケット

予約・当日共

一般 2,300円 学生 1,800円

*日時指定・全席自由

*未就学児童はご入場頂けません。

 

チケット予約 ⇒ 友情 予約フォーム

会場:アトリエ春風舎

〒173-0036 東京都板橋区向原2-22-17 すぺいすしょう向原B1

東京メトロ有楽町線副都心線西武有楽町線小竹向原駅」下車 4番出口より徒歩4分] 

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