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映画美学校アクターズ・コース ブログ

映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。映画・演劇を横断し活躍する「俳優養成講座 」 2016年9月2日(金)開講決定!

【講師リレーコラム】俳優養成講座開講に向けて|井川耕一郎[脚本家・映画監督/アクターズ・コース主任講師]

俳優養成講座開講に向けて、講師リレーコラムが復活です!
今回はアクターズ・コース主任講師の井川耕一郎さんからメッセージをいただきました!

脚本家であり、映画監督である井川さん。
俳優が、監督の視点から、「いい演技」「いい現場」とは何か?を考えることができる講義を計画中のようです。楽しみですね!
それでは、井川さんからのメッセージをどうぞ~!

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今年からアクターズ・コースの主任講師を、という話が来たとき、引き受けてみようかな、と思った理由は二つあります。

一つ目は、ミニコラボの監督をしたこと。映画美学校には、フィクション・コースとアクターズ・コースが合同で短編を作る「ミニコラボ」という実習があります。その実習に参加したアクターズ・コース生がとてもよかった。現場で真剣に演技を探っていく姿が見ていて実に気持ちよかったのです。こういうひとたちとまた出会えるのならば、主任講師をやるのもいいかなと。ひとの可能性を発見し、それを応援することほど、楽しいものはないでしょうから。

二つ目は、演技の基礎訓練とはどのようなものか知りたくなったこと。ふりかえってみれば、ぼくは自分の映画に必要な芝居についてしか考えてこなかった。それはそれで別に問題ないのですが、主任講師の話が来たときに、どんな表現にも対応できる演技の基礎とは何なのだろう?という疑問がふとわいてきたのです。そのとたん、これはどうしても演技の基礎訓練を間近から見てみたい、と思った。なので、主任講師をやるといっても、ぼくの場合、半分くらいは教える側というより学ぶ側のそばにいることになるでしょう。


俳優養成講座では、俳優講師による演技の基礎訓練がカリキュラムの中心となりますが、主任講師も講義をやらなくてはいけない。さて、どんな講義をやればいいのものか? 
まっさきに思ったのは、自分たちで映画を撮ってみる講義をやってみようということでした。映画に出るのはもちろん楽しいだろうけれど、撮るのだって楽しいかもしれないよ、と誘うような講義にしたらどうかと。

そこまで考えると、本棚から一冊の雑誌、『SWITCH 映画監督ジョン・カサベテス特集「アメリカに曳かれた影」』(扶桑社・九〇年)を取り出した。ジョン・カサベテスは俳優で監督でもあったひと、アメリカのインディーズ映画の父と呼ばれたひとです。そのカサベテスについて、俳優のシーモア・カッセルがこんなことを語っています。

「ジョンは役者のために凄く時間を割いてくれた。普通、映画の仕事をすると、照明なんかのセットに凄く時間をかける。二時間もライティングに時間をかけた挙げ句、よしと言って役者を入れてリハーサルもそこそこに撮影して、もう一テイクやろうとせかす始末だ。彼らは照明やセットが、いい演技を撮るためだということを忘れちまうんだ。そんなのフェアじゃない。ジョンはそんなことをしなかった。彼はいつも演技が一番重要な事だと信じていた。彼はリハーサルを見て、役者にとって脚本に問題がある事を感じとれば『わかった。心配するな。君のせいじゃないよ。酷い脚本のせいだ。一〇分程時間をくれ』と言って書き直すか、あるいはあなただったらどう言うだろうかと尋ねるんだ。それは役の大小にかかわらずだ。彼は出会った人皆を自分は重要だという気分にさせた。セリフが五つくらいしかない役であっても、ジーナの役と同じくらい大きな役だというような気分になるんだ」

ひさしぶりにこのくだりを読み直して、ああ、いい現場だなあ、と思った。俳優には俳優としての経験を生かした映画の撮り方があっていいはずだ。俳優養成講座の講義では、そんな新しい撮り方を学生諸君と探してみたいと思います。
(井川 耕一郎)

 

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