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映画美学校アクターズ・コース ブログ

映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。映画・演劇を横断し活躍する「俳優養成講座 」 2016年9月2日(金)開講決定!

修了生トーク(10)高橋隆大×吉岡紗良 その1

こんにちは、広報アシスタントの川島です。

今回のゲストはアクターズ・コース2期修了生の高橋隆大さんと3期修了生の吉岡紗良さんです!

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 篠崎誠監督の映画『SHARING』で共演されているお二人。

こちらの作品にはアクターズ・コース講師である鈴木卓爾さん、兵藤公美さんも出演されています。

『SHARING』は本日17日まで、横浜シネマリンで上映中!今後も全国で公開を予定しているそうです。インタビューでは出演の裏側も語ってくれていますので、ぜひ映画もあわせてご覧下さい!

それでは、インタビューをどうぞ〜!

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―現在公開中の『SHARING』(監督:篠崎誠)に出演されているということもあって、お二人をお呼び致しました。現在6月4日(土)から17日(金)まで横浜シネマリンで公開中ですね。その後公開予定ってお決まりですか?

 

高橋隆大(以下高橋):まだ日程も出ていないしオープンな情報かは分からないので詳細は言えませんが、全国を回る予定があります。もう既に広島の横川シネマと松本シネマではやらせてもらっているんだけど、そこから続々と。

 

―これから広がっていくと。ちなみにこちらの作品に出演されたきっかけはオーディションですか?

 

吉岡紗良(以下吉岡):私は隆大さんに紹介してもらって。

 

―じゃあ隆大さんは?

 

高橋:『SHARING』に参加したきっかけ自体は、監督の篠崎さんが、脚本がまだ出来上がるか出来上がらないかくらいの段階の時に俺が演じた「さまよう男」という役を出すかどうか、その構想自体はあったんだけど実際に必要なのかどうか撮れるのかどうかというのが分からなくて「ちょっと高橋くん、テスト撮影付き合ってよ」という一言があってテスト撮影に参加したんですよ。まだ脚本が全くない段階で「ちょっと歩いてみて」とかあるシーンをちょっと撮ってみたりだとかというのを何回かやって、それでそのまま「じゃあやっぱり構想の中に入れ込みたい」っていう風に確信を持ってもらえたみたいで、それでオファーというか「ホンが出来たから読んでよ」みたいな形で呼んでもらって。

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で、この役が、紗良ちゃんが演じている女の子に出会うっていう終盤のシーンがあるんだけど、たしか「誰かいない? 高橋くんくらいの年齢でアクターズ・コースで面白い子」って言われて(笑)。同年代で長尾理世ちゃんとかアクターズ・コースの他の子もいるんだけど、ホンを読んでいた段階でイメージが違うなっていうのがあって。誰がいいだろうと思っていたら、3期の修了公演の稽古とかもちょっとだけ見に行ったりだとかしていて吉岡紗良ちゃん知っていたんで「あ、紗良ちゃんは同い年くらいか」という感じで「吉岡紗良ちゃんどうですか?」と篠崎さんに言って。「じゃあ連絡入れてみます」みたいな感じで紗良ちゃんに決まったという流れですね。

 

吉岡:そうですね。だから私は結構後から、外からぴょっと参加したというか。そういう感じなのであんまり隆大さんみたいに最初の作っていく段階のことは知らずに、「いいんすか?」みたいな感じで参加しました。

 

―逆に他の皆さんはそういう脚本を作る段階から参加されている方ばかり?

 

高橋:脚本に入る前に参加した人もいるし、脚本決まってからオーディションとかで決まった人もいるのかな。でも篠崎さん自身がアクターズ・コース自体を結構面白がってくれていて。最近だと篠崎さんも忙しかったから顔出せていないかもしれないんですけど……3期もそんなに篠崎さん、見てないか。

 

吉岡:でも発表会みたいなものは割と見にいらしていて。あと劇中、兵藤公美さんが稽古するシーンがあるじゃないですか。今から思うとあれの取材だったと思うんですけど、私たち3期が兵藤さんの講義を受けているところに篠崎さんが見学にいらしていたこともありました。

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高橋:だから結構講義見学とかにも来てくれたり。俺らとか一つ上の1期とかの世代の時は俳優をゲストに呼ぶ講義とかがあったんですよ。3期はなかったかな?

 

吉岡:ないと思います。

 

高橋:俺らの時は村上淳さんが来たりだとか、メルヴィル・プポーが日本に来た時に講師をしてもらうだとか、俳優を呼んで話を聞くという講義があったんですよ。その時に篠崎さんが司会進行・聞き手をしてくれた。それ以外にも見学とかにも来てくれて面白がってくれていたというところで、アクターズ・コースでは俺とか紗良ちゃんを使ってくれた。きっかけとしてはそういうところがあったのかな。講義自体は担当していないんですけどね。

 

吉岡:本当に興味を持ってくれていたという感じですね。

 

高橋:元々映画美学校のフィクション・コースで講師をやっていた人だし、俳優のことを凄く考えている監督だからね。

 

―隆大さんも篠崎さんと初めて会ったのは映画美学校ですか?

 

高橋:映画美学校アクターズ・コースに入ってからです。

 

―その「さまよう男」という役は最初から隆大さんのイメージだったからテスト撮影をお願いしたんですかね?

 

高橋:いや、俺のイメージだったというよりは、本当は山田キヌヲさんが演じた歳の離れた教師役と学生の女の子の話だけで考えていたんだけど、それだと「凄く収まり過ぎてしまう気がした」という話をしていて。それで「さまよう男」みたいなドッペルゲンガー的な、凄く浮いてしまうかもしれないけれどそういう役を物語に入れてみたいという構想が最初にあったみたいで。でもどこまで映画の中で収まるのかなぁというのが実感として分からなかったみたいで、それでテスト撮影ということで、俺だからとかじゃないんだろうけど、そういう構想の中でイメージに近かったのか分からないけれど呼んでもらって参加したという感じ、だったのかな。

 

吉岡:元々仲は良かったんですか?

 

高橋:仲は良かったって(笑)。

 

吉岡:お話しすることが結構多かったのかなって(笑)。

 

高橋:篠崎さんも元々アテネ・フランセ文化センターの映写技師をやっていたんですよ。シネセゾンとかで映写技師として、映画館の裏方として映画に関わっていて、そこから映画監督という風に業界に入っていった人だから。結構います、映写技師やっていて映画監督になった人。井土紀州さんとかもそうなんだけど、アテネ・フランセの映写技師から監督になっている人が結構多かったりだとか。そういうこともあって、俺も映写技師をオーディトリウム渋谷とかでずっとやっていたからそういう話とかもしたりだとかね。
後はね、俺らの代の時にジョン・カサヴェテスのレトロスペクティブの上映があったんだよ。『ラブ・ストリームス』とか『オープニング・ナイト』とかっていう映画が確かリバイバル上映されていて、篠崎さんはカサヴェテスが凄く好きなので、俺も観に行ってそこでカサヴェテスの話とかをして。『ミニー&モスコウィッツ』っていう当時DVDにもなっていない映画を篠崎さんに借りて観させてもらったりだとか、そういう風な関わりは篠崎さんとはありました。お世話になっていたよね。

 

―じゃあお仕事をしたのはこれが初めて?

 

高橋:はじめて。

 

―あまり語られない役というか、謎の多い役でもあったじゃないですか。その辺は篠崎監督からどのくらい指示があったのですか?

 

吉岡:おそらく大学の学生ではあって、キャンパス内にいるけれどどうやら授業には出ていない。大学という場所に、どこか居場所のなさを感じている二人なのでは、というお話はありましたよね。私が初め屋上にいて隆大さんと目が合うシーンでは、「双子の片割れを見つけたような感じ」と監督が仰っていたのは凄く覚えていて。「一目見ただけで、何か繋がった存在だということがバッチリ分かってしまった」というようなお話をされていました。

 

―幻想的なシーンだったので、この世の人間なのかも分からないように私には見えました。

 

吉岡:撮影している時は学生だと思ってのぞんでいたんですけど、私も試写で全体を俯瞰して観た時に、隆大さんも私もどちらもですが、「人間ではない何か」のように見えたというのはありました。

 

高橋:最初にテスト撮影として現場に呼んでもらって、まだ一切シナリオをもらっていない状態で歩いてみたりだとかしていたんですけど、それが結局爆弾とかっていうことになるんだけど、何かを抱えた男の子なんだっていうことから篠崎さんは震災について話したりだとか「今度こういう話を書いているんだ」とかっていう、具体的な役の話というか色々なことを篠崎さんとまず話したんですよ。例えば俺が今抱えている問題とか、ドッペルゲンガーについてどう思うとか、そういう他愛もないことからずっと話していて、蓋を開けてみたらああいう役どころだったんだけど。だから篠崎さんからはそんなに具体的に役を固められたっていう感じではなくて、凄く任せられていた感じはあったんだけど、でもそういうことを話していた中にヒントを自分の中で見つけていくみたいな作業をしましたね。

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 でも一つだけ言われたキーワードがあって、「溺れている」って言われたんですよ。寝ていて起き上がって、それで紗良ちゃんを見て、それでまた歩いて行くっていうシーンがあるんだけど、そこがテスト撮影で一番最初に撮ったシーン。溺れているところから起き上がって、向かって行くっていうのを芯というか、大事なものとしてあの動きとかシーンを大事にしていたのはあって。あの役は色々考えすぎてしまって、「どうしよう!?」と思って。でももの凄く不謹慎な言い方をしちゃうと、人間じゃない何かみたいな話が紗良ちゃんからもあったんだけど、例えば地震が起きたら不謹慎に盛り上がったりだとか、テロとか起きたら何かざわつくみたいな、面白がっちゃう人が一方にいたりだとか、そういう不謹慎さみたいなのはどこかで人間が抱えている何か、みたいなそういうものがあって、それは絶対に俺にもあるし、やっぱり震災って綺麗事ばかり並べられちゃっているけど、それだけじゃない何かも一方であるわけじゃない? そういうものが渦巻いたものとして、何か彼自身が心にも抱えるのかなって。それが大きな枠としてだけど、もっとそれは彼自身が単純に行き場がないとか、学生で居場所がないとか、そういう細かなものとは別にそんなものを抱えているのかなぁというイメージ。それが「溺れる」に繋げていけるのかなっていう風に考えてはいたんですよ。

 

吉岡:それは不謹慎さへの罪悪感みたいなこととは違うんですか?

 

高橋:罪悪感もそうだし、罪悪感だけじゃなくて、一方で楽しんじゃうような人もいるわけで、楽しむことすらも全部が間違っていると思っているわけじゃなくて。根本的には罪悪感になるのかな。何て言ったらいいかな……

 

吉岡:綺麗ですっと通ったところからははみ出している、みたいな。 高橋:そうそう。怒りとかじゃないけどね、楽しんでいることに対する罪悪感もあるし怒りでもあるし。でもそれって戒めるわけでもなく、あるなぁって思うわけよ。

 

吉岡:それが普通ですよね。

 

高橋:それが抱えちゃっているものとしてやっぱりあるなぁっていうか、野次馬根性じゃないけどさ、野次馬するつもりじゃなくてもしちゃうみたいな。そういう無意識みたいなものもあるし、そういうところに向き合うみたいな形でぶつかって行くみたいなイメージ。兵藤さんが劇中でもおっしゃっている「イメージを持って」、そういうのを掴もうとしていたのはあるのかな。

 

―『SHARING』自体が3.11以降の人々を描いたという作品で、公開も3.11から結構日が経っているじゃないですか。隆大さんが演じられていた役が、ドッペルゲンガーが見えるようになったのは、やっぱり震災がきっかけではあるんですかね?3.11の震災があって、それに影響を受けた人ではあるというか、そういった時の不謹慎叩きみたいなものに共感してしまう自分が生み出したというか。

 

高橋:篠崎さん地震がどういう風に考えていたのかは分からないところはあるんだけどね。でも3.11があってからっていうのは、ホンもホンだから凄く考えなきゃいけないなっていう風には。でも俺自身はそんなに、見て見ぬふりじゃないけど、あんまり震災をがっつり扱った映画とかってそんなに好きじゃなかったりとかして。Twitterとかで震災があった日にちょうど時間通りに何か「黙祷」とかってみんな呟いたりするじゃん。で、しない人が悪いかっていったらそうじゃないじゃん。けど、している人が偉いわけでもじゃないじゃん、っていうような。

 

吉岡:ここ(手元)で「黙祷」と打つことに何の意味が、とも思いますよね。

 

高橋:そうそう。そういうこととか俺も感じていたし、Twitterで震災について呟いて満足している部分があるんじゃない?とかって思っちゃう部分もあるわけよ。それは自己満足じゃないの?とか思う部分もあるし、それでも呟くことに意味はあると思いつつ、そういうところに欺瞞みたいなものは感じていたから、そこは篠崎さんともそういう話をしていたりしていて、そこから膨らませていくみたいなことがあったのかなとは思うけどね。そんな話だったっけ、今の質問(笑)。

 

―劇中で薫(樋井明日香)が3.11を題材にした演劇をやっていて、結構精神的にダメージを受けてしまったりするじゃないですか。実際に重いテーマを扱っている作品に参加すると精神的に辛い部分もあるのかなと思うんですけど、その辺はいかがでしたか?

 

吉岡:この作品には一日しか参加していないのですが、私は正直なところどの作品に関わる時にも、作品のテーマに日常生活が引っ張られることはあまりない気がします。まだ少ない経験の中ですけど。その稽古だったりリハーサル、本番の撮影とかっていうときはもの凄く……瞬間的にはエネルギーは使って、呼吸を忘れていたりするんですけど、日常的に引っ張られるっていうことは経験したことがないです。

 

―そういうオン/オフの切り替えスイッチみたいななものがあったりしますか?

 

吉岡:凄い……まるで俳優みたい……

 

―いやいや、俳優じゃないですか(笑)

 

吉岡:でも、今年の3月に早稲田小劇場どらま館で80分の一人芝居をするという機会がありまして、篠崎さんも観に来て下さったんですけど、それは本当に「これからスイッチを切る!今から何も考えない!」ってやらないと死ぬ、という感じの日々だった(笑)。

 

―お芝居する時にそういう状態にするっていうことですか?

 

吉岡:いえ、いわゆるオフにしたいという時に「今から考えないぞ!」と。私は眉間に皺を寄せてしまう癖があるので、眉間をほどくみたいな感じの暗示をかけて。「考えない考えない」と命がけでやっていました。

 

―それは意識的にあまり引きずられないように、と。

 

吉岡:そうですね。息をするのを忘れるっていうのも癖なので、とにかく息を吐くことと眉間を広げることを心がけていました。

 

高橋:鈴木卓爾さんの「俳優の技術」っていう講義は受けた? 

 

―「俳優の権利と危機管理」ですかね。

 

吉岡:最初に受けました。

 

高橋:あの話だよねって思えますかね。身を守るというか立脚点を作る、じゃないけど、芸術家じゃないけどさ、俳優の仕事ってプライベートのオフがつけにくいじゃないのかと思うのよ。サラリーマンだったら「平日働いて土日はオフ」みたいにはっきりとした切り替えがあるけど、何もしていない時でも「今も俳優修行だ!」みたいな言われ方をされがちというか。芸術家とかでも何でもそう。何にでも何処にでも芸術の種を広げているみたいな、オフがないなっていう発想ってやっぱりあると思うんだけど、別段何かをしているわけではないけどオフはオフで切り替えている感じはあるかなぁ。

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吉岡:卓爾さんはどんな話をされていたんでしたっけ?

 

高橋:卓爾さんは、結構ヤバい役をやられていて。殺人鬼とか血まみれのシャワールームにいたりとか。そういう時にさっき紗良ちゃんが話したように引っ張られないように「なんでこの仕事をするのか」「なんでこの役をするのか」みたいな、その役に対する立脚点という言い方を卓爾さんはしていたんだけど、「立脚点をちゃんと自分の中でしっかり持っておかないと引っ張られちゃうよ」と言っていた。 でも『SHARING』もそうなんだけど、多少引っ張られたいみたいなところもあるじゃない。分かる?

 

吉岡:引っ張られている自分、ステキ、みたいな?

 

高橋:例えば『ゾンからのメッセージ』とかでも劇中に出て来る「ゾン」という謎の壁というか囲いがあって、その「壁を越える」というのをアクターズ・コース修了前とこれから、という風に自分に当てはめるみたいな作業を結構したんだよね。
※『ゾンからのメッセージ』(以下『ゾン~』):アクターズ・コース
第2期高等科修了制作作品(鈴木卓爾監督作品)
戻って来られるような状態で、もうちょっと踏み込みたい時とかは、引っ張られるというのと同時に、自分に当てはめるじゃないけど「自分のドッペルゲンガー、なんで分身しちゃうんだろう」だとかそういうことを、自分の今の気持ちとか感覚とか自分がこの芝居で確かめたいことを作っておく、みたいな。そういう感じでやって「あ~確かめられなかった!」「分かんねぇな」とかって思うんだけど、そういう風にのめり込むというよりはもう一個自分の中で何かを持っておくっていう感覚。

 

―その「役である自分」と「役をやる自分」みたいな。

 

高橋:そう。何かを作っておいて、どっちにいっても振り返られるみたいな、もう一枚作っておくみたいな感じはあるのかな。凄く抽象的な話だね(笑)。

 

吉岡:でもそれはないと危険な感じがしますね。

 

高橋:そう。それは卓爾さんにしたら立脚点だし、そういう風に自分がこの芝居をやる、この役をやるということを少し俯瞰するポイント、みたいな。でも引きずられたいみたいな人もいるしね、分かんない。本当に入り込んじゃう人もいるよね。

 

鈴木卓爾さんの名前が出ましたが、『SHARING』では鈴木卓爾さん、兵藤公美さんと共演という形になるわけで……

 

高橋:共演と言えるのか。一緒にお芝居ができたわけではないですから。紗良ちゃんも会ってないよね?

 

吉岡:会ってないですね。

 

―でも外部の作品でそういうことがあると凄く感慨深いというか。

 

吉岡:そうですね。静かな感動があります。

 

―受講生と講師という立場から、同じ役者同士という……

 

高橋:そう思えないけどね(笑)。並んでいる、というだけで。

 

吉岡:あの場合だととても並列だとは私は考えられないですけど、ちょっとした嬉しさはありますね。

 

高橋:でも安心感はあったよね。兵藤さんが出ているとか卓爾さんが出ているだとか、それを聞くだけで単純に安心感があったっていうか。

 

―ご本人達とそういう話、しましたか? 『SHARING』についてとか。

 

高橋:俺は卓爾さんにダメ出しをいっぱい受けたけど(笑)。

 

吉岡:どんなダメ出しなんですかね、あれに関して(笑)。

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高橋:具体的なことじゃないんだけど「まだまだ行けると思うんだけどなぁ」みたいな感じのことを言われたりだとか(笑)。 

 

―それは褒め言葉じゃないですか。

 

吉岡:「気にしているよ」ということですね。

 

―吉岡さんはどうでしたか? 元々知り合いの隆大さんとかなり絡む役でしたが、改めて外部でお仕事するというのはいかがでしたか?

 

高橋:かなり絡むってほどではないけどね。ポイントでがっつりっという感じではあるけど。

 

吉岡:というかむしろ私は隆大さんしか絡んでいない(笑)。

 

高橋:でもあの役的にはほとんど人と接触しない役だったんですよね。だから役的に割と息が詰まって来るというか。寂しいなと思って(笑)。だからそういうのも「紗良ちゃん見つけた」っていうのを彼の気持ちに乗せていくみたいなことはしたんだけど。

 

―撮影現場自体はどうでした? 篠崎さんの現場ってどういう雰囲気なんでしょうか?

 

高橋:でも一日じゃそんなにはっきり分からないよね?

 

吉岡:そうですねぇ……落ち着いた、みんな粛々と歩んでいるっていう印象がありましたけど。

 

高橋:俺も一人の芝居ばかりだから他の芝居のシーンも見学させてもらったりしたんだけど、結構のびのびと、というかじっくり芝居見てくれているんだなぁっていうのは感じたかな。篠崎さんの演出的なイメージだとかこう動いて欲しいみたいなのもありつつも「高橋、今何考えている?」だとか「今どう思った?」だとか、そういうちょっとしたことを聞いてくれたりだとか、その時出て来たものをしっかり受け止めようみたいな、そこの安心感じゃないけどそういう風には感じたし、それは山田キヌヲさんも言っていた。

 

吉岡:凄くコミュニケーションを丁寧に、大事に取る方ですよね。

 

高橋:だからその前にもずっと話していたりしていた時からもう演出が始まっているんだろうし。だから凄くコミュニケーションをしっかり取っていましたね。役柄的に芝居しやすい役ではなかったからあれなんだけど(笑)、芝居しやすいという言い方もあれなんだけど、好きにやらせてもらえたというか。そういう感じはしたかな。具体的に演出の話を聞かれたら分からない時、あるよね。「どんな演出つけているんですか?」と聞かれて、意外と分からない時、ない? 万田邦敏さんの演出受けたことないか。

 

吉岡:ないです。

 

―万田さんはどんな演出をつけられるんですか?

 

高橋:卓爾さんと万田さんはそれぞれ両極という感じなんだけど、卓爾さんは出てくるものを全部受け止めて「じゃあ全部レール引こう」みたいな。それが最終的に終着するみたいな感じなんだけど、万田さんは出て来たものを「万田さんの考える映画の芝居として一本のレールを見つけていく」みたいな感じなんですよ。

 

―最初に芝居したのを見て「じゃあこのレールで行きましょう」みたいな。

 

高橋:うん。「その動き面白いね」とか。「一回大きく動いて」ってまず最初にやって「じゃあこの動きってどうなの? じゃあその動き、もう一回やってみようか」「もっと違うの、ない?」と引き出しながら最終的にきっちりつめていくみたいな。卓爾さんとかはとにかく自由にやらせたところをしゅわーって広げて全部受け止めるみたいな(笑)そうやってレールを広げ過ぎた結果、最後が大変なことになるっていう。だからこそ最終的なエモーションがあるのだろうけど。篠崎さんも受け止めつつも自分の方に戻すというか、凄くバランスの取れた監督さんだなっていうか。

(第2回に続く)

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