映画美学校アクターズ・コース ブログ

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映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。アクターズ・コース俳優養成講座2023、9/1(金)開講決定!

【講師リレーコラム】好きなことってなんですか?|松井周[演出家・俳優/サンプル主宰]

今回の担当講師は俳優であり、作・演出家であり、劇団「サンプル」の主宰でもある松井周さん!

「好きなことを仕事にする」なんてよく言いますが、そもそも「好き」ってなんだろう?
自分でもよくわからないけど、確かに何かを感じるこころ。
そんなわけのわからないものと向き合ってみることは、俳優に限らず、見える景色を少し鮮やかにする行為だと思います。

6/29(火)14:00〜は松井さんの講義を体験できるオープンスクールがあります。
迷っている方は、ぜひ一度お越しください〜!
http://www.eigabigakkou.com/course/actors/outline/

 

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好きなことを書きます。俳優養成講座を受講するかもしれない方に対して「好きなこと」って一体なんだろう?ということについて書きたいと思います。

僕は、自分の将来の道を迷っている人に対して「好きなことを誰になんと言われても続けるべきだ」的なことは言えないです。別に「現実は厳しい」とか「世の中そんなに甘くない」という意味ではありません。僕は「そもそも自分の好きなことってなに?」と思う気持ちが強いからです。そんなことをとことんわかっている人なんて、そんなにいないんじゃないかと思います。というか、本当に好きなことって人前で堂々と言えるものなのかな?という疑いがあります。

例えば以前、人の血を見るのが大好きな人に会ったことがあります。血糊をたっぷり使った芝居に出演した僕を「最高でした!」と満面の笑顔で迎えてくれたその人は、血だらけの人を見るとどうしょうもなく興奮するらしく、自分が怪我した場合もすぐに写真に撮ると熱弁し、大いに周囲を引かせていました。

彼は非常に客観的で自分の欲望をうまくコントロールしているようでしたが、もっとネガティブな殺人とか暴力とか反社会的な欲望を持っている人は、好きなことを隠して、飼いならして生きるしかないだろうと思います。つまり、好きなことって、そう人に自慢したりするものじゃなくて、こっそり育てるものだし、どこかで代理の欲望で満足させるものだろうと思いながら、僕は生きてきました。

僕は作・演出家と俳優を兼ねて活動していますが(欲張り!)が、演技や演出が好きというのもなんか違う気がするのです。もちろん対外的にはそのように説明します。でも、欲望の核心部分ではないです。ただ、「ウソ」が好きとは言えそうです。フィクションとか物語とか妄想とか大きな話の前に、単に「ウソ」が好きなんだと思います。電話してるふりとか、男なのに実は母乳が出るという噂とか、人前でちょっとだけ偉そうに振る舞うとか、無能のふりするとか、双子の死んだ兄の偽の形見とか偽の遺跡とか学歴詐称とかプチ整形とか、つい盛ってしまうような人の習性が好きです。そういう小さなウソの集積は物語以前であり、個性以前の賜物です。そんな物語の芽たちに囲まれていると思うと、肩の力が抜けるような、笑ってしまうような気持ちになります。そこには無意識の「好きなこと」が溢れているように思うのです。「大人になってよくもまあしょうもない!」という愛しさを感じます。

逆に、「ホント」を押し付けてくる人やムードが苦手です。「ホント=絶対」という価値観には警戒してしまいます。そこを問い詰めて面白いのかなと。いや、「ホント」という共通認識がなければ他者との共同生活なんてできないわけですが、「おそらく」をつけるぐらいでちょうどいい感じです。

似た言葉に「生理的に嫌い/好き」という言葉があります。僕はこの言葉に「ホント」と似たような軽薄さを感じます。だって、自分の生理なんて信じられないところないですか?虫を食べるとか人に暴力を振るうとかくらいの行為は、外からのプレッシャーによって簡単に引き起こされてしまうのではないでしょうか?例えば戦争という非日常状態ならば。そのくらいのレベルの「生理」は思い込みに近いと思います。

で、何が言いたいかというと、俳優養成講座に参加する方々が、もしこれからフィクションの世界に関わるなら「ウソ」と「ホント」の境い目を軽々と行き来してほしいなあということです。「調和を目指す」⇔「引きずりおろす」とか「きずなを深めたい」⇔「支配したい」という「⇔」の両側の動詞は、厳密にどう思ってるのかは本人にすらわからないことも多いと思います。つまり、ウソかホントかわからない。俳優養成講座に参加する方々と一緒に、そんな矛盾した欲望を抱えて存在している人間という不思議な生物の価値について一緒に考えてみたいです。そのうえでたずねます。

好きなことって何ですか?

(松井周)