総合プロデューサー暇つぶし雑記(その8)/井川耕一郎さんより
今回は映画美学校アクターズ・コース「映画・演劇を横断し活躍する俳優養成講座2017」主任講師である井川耕一郎による総合プロデューサー暇つぶし雑記(第8回)をお送りします!
フィクション・コースの講師として長年映画美学校に携わって来た井川さん。
その井川さんがアクターズ・コースの主任講師として、新鮮な目で受講生を見守っていた記録──
それではどうぞ!
ミニコラボ上映会の話の続き。
西山洋市『あらくれ』。
西山さんは『死なば諸共』以後、江戸文学の翻案に取り組んでいて、今回もその試みの一つ。
那木慧くんが映画学校の学生。小林未歩さんが那木くんを支える芸者。田中祐理子さんはある人物に頼まれて、那木くんが書いたシナリオの手に入れるため、接近する元芸者。そして、田中さんに依頼をするある人物をアクターズ・コース修了生の金岡秀樹くんが演じている。
芸者と言っても、それらしい格好をするわけではない。ただし、台詞は独特で、こんな感じ。
「丹さん、今月のお小遣いと映画学校のお月謝」
「米八、いつもすまないな」
「野暮は言いっこなしだよ」
講義のあと、地下スタジオでビールを飲んでいたら、小林さんがミニコラボの打ち合わせのことを笑いながら話してくれた。
西山監督の前で時代劇のシナリオを読んだんですよ。そうしたら、ああ、できるじゃない、って言われて。あれ? わたし、現代口語演劇やりたくてこの学校に入ったはずなのに、何かおかしな方向に行ってる、って思ったんですけどね。ま、いいか。
那木くんからは、時代劇っていうか江戸弁の台詞をしゃべらないといけないんですけど、参考になる映画ってありますか、と相談を受けたので答えた。
そうねえ、時代劇というと、伊藤大輔だけれど、侍が中心の映画だからなあ。となると、山中貞雄かマキノ雅裕。ああ、時代劇じゃないけど、マキノが撮った『日本侠客伝』シリーズなんか参考になるんじゃないかな。
小林さんも那木くんも江戸弁の台詞にとまどっていたけれど、まあ、あの二人なら大丈夫、やってのけるだろう、と思っていた。
(実際、完成した映画を見ると、那木くんは、こんなろくでなし、現実にいるよなあ、という感じだったし、小林さんもろくでなしに尽くして振り回され、とうとうカッ!となる役をきちんと演じていたのだった)
ちょっと心配だったのは田中さんだった。
いつもの田中さんは見た目が少年っぽい。
近藤強さん(青年団)の講義でビューポイントという基礎訓練をやるのだけれども、そのときに見た走る姿が格好よくて、思わず田中さんに、犯人を必死に追いかける新人刑事みたいな役が似合いそうだなあ、と言ったりしたこともある(すると、田中さんから、刑事っすか、殺し屋なら映画でやったことあるんですけど、という答が返ってきた)。
そんな田中さんだから、シナリオを読んで、元芸者なんて役は合っているのかなあ、と思ったのだった。
ところが、映画を見てみると、いつもは前髪で隠れている額が見えていて、雰囲気ががらりと変わっている。
那木くんが自分に手を出すように誘惑するシーンでは、肌の露出が多いわけではないし、きわどい身体的接触が映っているわけでもないのに、とても色っぽいのだ。
田中さんはこんな役もできるんだ!と驚いた。
それから、ラストのスクリーンプロセス(スクリーンに映写した映像を背景にして芝居をする方法)が、遠近感を狂わせる何とも不思議な使い方だったけれど、アクターズ・コース生三人は演じてみてどうだったのだろう?
石井輝男『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』を思いきり意識したタイトル。
湯川紋子さん、那須愛美さん、石山優太くん、釜口恵太くんの四人が演じるのは、ある劇団のメンバー(石山くんは演出家で役者でもあるという設定)。
四人が稽古している芝居の役割を記しておくと--湯川さんは、生霊を飛ばすことができる母親。那須さんは、母の血を受け継いだ霊能力者の娘。石山くんは、那須さんと結婚する前から湯川さんと肉体関係にある男。そして、釜口くんは、湯川さんの息子で、川原で犬の交尾を見てもそれが何だか分からなくて怯える童貞。
ここまで読んだひとの大半が、何だよ、それ、訳が分かんないよ!と思うだろう。
そういう感想には、ごもっとも、と答えるしかない。でも、申し訳ないけれど、完成した映画はもっと訳が分からない。この話が劇団の稽古場だけで展開すれば、ある程度分かりやすくなったのかもしれないが、カメラが外に出てしまうのだ。一体、どこまでが劇団の現実で、どこからが稽古している芝居なのか、まるで分からない。
それに、本来なら80分くらいの映画にすべき内容なのだ。それをぎゅっと圧縮して短編にしたものだから、混乱してしまうのである。
けれども、今年度のミニコラボ四本の中で、『生霊人間』が一番面白かったのもたしかだ。短編として過不足なくきれいにまとめてどうする!と言わんばかりの勢いがあって、そこが魅力的だった。
石山くんからは、演出家としても劇中劇の役としても常に裏で何かを企んでいるような薄気味悪さが感じられた。気のいい兄貴という普段の姿とはまったく正反対で、それが見ていて面白かった。
那須さんもいつもの那須さんとはちがっていた。もし親だったら、お父さんはそんな子に育てたおぼえはない!と言って激怒しそうなくらい、悪い顔をする瞬間があったのだ。それから、シナリオだと、「石山と那須が仲睦まじくダンスをしている」とだけ書いてあるところで、那須さんがくるくるくるっときれいに回ってみせたのも強く印象に残った。
湯川さんについては、ミニコラボの準備段階で、井川さん、ご相談したいことがあります、と学校で呼び止められたところから書くのがいいだろう。何事かと思って話を聞くことにすると、湯川さんはスマホを取り出し、画像を見せながら言ったのだった。
高橋監督が、この心霊スポットで撮りたいって言うんですけど、わたし、写真を一目見て、ぞっとしたんです。この場所だと監督の言うとおりにきちんと演じられそうにありません。どうしたらいいんでしょう?
うーん、霊感があって演じられないってことかあ……。初めて直面する事態でとまどってしまったが、とりあえず、湯川さんには、実際にその心霊スポットに行ってぞっとするかどうかを確認してみたらどうかな、と言い、高橋洋さんには、湯川さんからこんな相談があったんだけど、検討してくれませんか、とメールを書くことにした。
その後、いろいろあって、心霊スポットでの撮影はなしということになったのだけれど、完成した映画を見て、湯川さん、どんな心霊スポットよりあんたの方がはるかに恐いよ、と思ったのだった。特に、石山くんと那須さんが踊っている間を湯川さんの生霊がすうっと通り抜けて、釜口くんに近づくシーンには、心底ぞっとした。
それから、最後に釜口くんについて。
釜口くんと言えば、何と言っても、味のあるあの顔なのだ。
アクターズ・コース生だけで撮る短編実習のラッシュ(編集前の素材映像)上映のときのこと。スクリーンに映った釜口くんは三十回以上、全速力で自転車をこいで踏切の前で止まり、電車が通り過ぎるのを待つということをくりかえしていた。すると、釜口くんの目が血走ってきて、異次元に行ってしまったような顔つきになったのだ。
ラッシュを見ていたアクターズ・コース生は大爆笑だった。しかし、何十回も撮り直したくなる気持ちはちょっと分からないでもない。釜口くんの顔は、ずうっと見ていたい(できれば、見つめることで彼を追いつめてみたい)という欲望を誘発する顔なのだ。
おそらく、『生霊人間』を監督した高橋洋さんも釜口くんの顔に魅せられたのではないか。
釜口くん演じる息子のトラウマが暴露されるシーンでは、室内に子どもの頃からの釜口くんの写真が大きく引き延ばされて何枚も展示されていた。
まるで釜口恵太記念館みたいになっていて、それが何とも愉快だった。
追記その1:高橋洋さんがミニコラボ作品『アウグスト・ストリンドベリ全集 生霊人間』に出演した四人のアクターズ・コース生に向けて書いた応援メッセージがこちら。→ http://eigabigakkou-shuryo.hatenadiary.jp/entry/2018/02/08/190000
追記その2:現在公開中の高橋洋『霊的ボリシェヴィキ』の感想はこちら(傑作です)。→ http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20180117
井川耕一郎(映画監督・脚本家)
1962年生まれ。93年からVシネマの脚本を書きはじめる。主な脚本作品に、鎮西尚一監督『女課長の生下着 あなたを絞りたい』(94)、常本琢招監督『黒い下着の女教師』(96)、大工原正樹監督『のぞき屋稼業 恥辱の盗撮』(96)、山岡隆資監督『痴漢白書10』(98)、渡辺護監督『片目だけの恋』(04)『喪服の未亡人 ほしいの…』(08)やテレビシリーズ「ダムド・ファイル」などがある。最新作は監督も務めた『色道四十八手 たからぶね』(14)。映画美学校では、コラボレーション作品として『寝耳に水』(00)、『西みがき』(06)を監督している。他、編著書として、高橋洋、塩田明彦と共同編著した大和屋竺シナリオ集「荒野のダッチワイフ」(フィルムアート社)がある。
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映画美学校アクターズ・コース 2017年度公演
「S高原から」
作・平田オリザ 演出・玉田真也(玉田企画)
【玉田真也(玉田企画 / 青年団演出部)】
平田オリザが主宰する劇団青年団の演出部に所属。玉田企画で脚本と演出。日常の中にある、「変な空気」を精緻でリアルな口語体で再現する。観る者の、痛々しい思い出として封印している感覚をほじくり出し、その「痛さ」を俯瞰して笑に変える作品が特徴。
出演:石山優太、加藤紗希、釜口恵太、神田朱未、小林未歩、髙羽快、高橋ルネ
田中祐理子、田端奏衛、豊島晴香、那木慧、那須愛美、本荘澪、湯川紋子
(映画・演劇を横断し活躍する俳優養成講座2017)
川井檸檬、木下崇祥
舞台美術:谷佳那香、照明:井坂浩(青年団)、衣装:根岸麻子(sunui)
宣伝美術:牧寿次郎、演出助手:大石恵美、竹内里紗
総合プロデューサー:井川耕一郎
修了公演監修:山内健司、兵藤公美、制作:井坂浩
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公演日程:2018年2月28日(水)〜3月5日(月)
2/28(水)19:30~
3/1 (木)19:30~
3/2 (金)15:00~ / 19:30~
3/3 (土)14:00~ / 19:00~
3/4 (日)14:00~ / 19:00~(追加公演)
※追加公演のチケット発売開始は2/22(木)お昼12時から
3/5 (月)15:00~
※受付開始は開演の30分前、開場は開演の20分前
※記録撮影用カメラが入る回がございます。あらかじめご了承ください。
チケット(日時指定・全席自由・整理番号付)
前売・予約・当日共
一般 2,500円 高校生以下 500円
資料請求割引 2,000円
※高校生以下の方は、当日受付にて学生証をご提示ください。
※未就学児はご入場いただけません。
※資料請求割引:チケット購入時に映画美学校の資料を請求してくれた方に500円の割引を行います(申し込み時に資料の送付先となる連絡先の記入が必須となります)。
チケット発売開始日 2018年1月8日(月・祝)午前10時より
<チケット取り扱い>
CoRichチケット! https://ticket.corich.jp/apply/88312/
<資料請求割>
映画美学校の資料を請求いただきました方は当日2500円のところ、2000円で鑑賞いただけます!
下記よりお申込みください。お申込み後、映画美学校より随時学校案内などの資料をお送りいたします。
映画美学校アクターズ・コース資料請求割引申し込み専用フォーム
会場
アトリエ春風舎
東京メトロ有楽町線・副都心線/西武有楽町線「小竹向原」駅 下車
4番出口より徒歩4分
東京都板橋区向原2-22-17 すぺいすしょう向原B1
tel:03-3957-5099(公演期間のみ)
※会場には駐車場・駐輪場がございませんので、お越しの際は公共交通機関をご利用ください。
お問い合わせ
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