映画美学校アクターズ・コース ブログ

映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。「映画・演劇を横断し活躍する俳優養成講座2018」9/3(月)開講!

月刊 兵藤公美 with 四方智子 8月号(最終回/全3回)

「ラジオのようなブログ記事」──それが『月刊 兵藤公美 with 四方智子』。

俳優・兵藤公美(映画美学校アクターズ・コース講師)が、映画美学校事務局の四方智子と共にお話する企画です。

第4回の8月号は、公美さんが「歯の治療直後」でお酒NGということもあったので、デザートを食べられるデニーズでの収録となりました。「もっと真面目な話をして、どうぞ」というお声を頂いたということで、今回は『日本文学盛衰史』の振り返りから、「演技について」「上手い演技とは?」という真面目なテーマを、長い枕の後にしっかりお送り致します(収録日:7/23)。

※いきなり超真面目な話になったり、わけの分からない近況報告になったり、話があっちゃこっちゃ飛びまくりますが、あえてまとめず・なるべくカットせず、むしろそれを押し出しています。「ラジオ感覚」でお付き合い下さい。

f:id:eigabigakkou:20180723212227j:plain

兵藤公美(以下兵藤) じゃあ四方さんとシンちゃんが、この人の演技は好きだっていうのはないの?

 

四方智子(以下四方) 私、いまもう根本として分からないんですよ、それが。「上手い演技って何?」みたいな。好きな演技・嫌いな演技はあるかもしれないけど。

 

兵藤 じゃあ例えば好きな演技は?

 

四方 ………………(長考)。 

 

──じゃあ先に僕から話しますかね。ちょっと質問からズレているかもしれませんし、もしかしたらそれは演技ではないかもしれないんですけど、先に話したワークショップでキャメラマンをやった時にですね、2つのタイプの作品が出来上がったんです。

 

四方 そのワークショップは映画制作の初心者を対象としていて、1日で映画を作るというワークショップで「30秒・1カット・サイレント(音なし)」っていう縛りで作品を作ったんです。参加者一人一人が監督をして、他の人が監督する作品には出演したりするんです。台本というほどのものは用意していなくて、ほとんど当日にエチュードみたいな感じで作るんですけど。

 

──で、その2つの作品というのは、1つは構図がバッチリ決まっている、こなれたカットの作品。もう1つは、構図とかは適当なんだけど、画面に映っている人たちが凄く楽しそうにしているように見えた作品。構図が決まっている作品は、画面構成や技術的には上手いけれど何かが足りないなぁという印象で、後者の作品は技術的には上手くはないなぁという印象なんだけれど、映っている人たちが生き生きしていて良かったなぁという印象だったんです。

 

兵藤 うん。

 

──その時に思ったのが、これまでも色々な俳優の方に話を聞いたり本を読んだり作品を観たりして勉強はしているものの、未だに演技の上手い・下手を自分の中で掴めていないんですけど、実際に楽しそうにやっているとか、詰まらなさそうにやっているとか、そういったものが画面を通しても分かってしまうような気はするんです。だから、技術的には演技が下手でも、例えば悲しいシーンだったら演じている人が本当に悲しんでいる内面の状態になっていれば、それは観ている人には伝わってしまうのかなぁと思いました。ちょっとオカルトというか、スピっている方面に足を踏み入れるのは危険かもしれないですけどね。だから僕が「いい演技だな」と思うのはそういうことかもしれないなぁと感じました。

 

兵藤 なるほど。構図がきっちり決まっている方は面白くなかったんだ。

 

──客観的にどっちが画としていいカットかと言えば、そっちがいいカットなのは確実なんです。それでも後者の方が、ということなんです。対照的な作品だったなと思いますね。高い服を来て整形して綺麗な人よりも、襤褸(ぼろ)を纏えど心は錦の人に惹かれる、みたいな感じですかね。

 

兵藤 本当に演者たちが、演技というよりか本当に楽しそうにお話してたとか遊んでたみたいな方がよく見えたってことか。面白いね。

 

──「この監督・この演出家、殺すぞ」と思いながら実際に作品に臨むことも俳優たちにとっては多いと思うし、そういう想いを抱えながらも舞台上や画面上でお客さんの心を打つような演技が出来るのが本物の俳優なんだろうなとは思うんですけどね。一方で、そういう人でも、もし本当に楽しんでやっていたりすれば、よりよい演技が出来るんじゃないかなぁとか、ですかね。演技の技術的な部分については未だに僕にはよく分からないんですけど、魅力とかはそういうことかもなぁと思いました。

 

兵藤 魅力といったらそうかもね。四方さんはどうですか?

 

四方 上手い演技について考えたきっかけは、今度『ゾンからのメッセージ』という作品が公開されるじゃないですか(アクターズ・コース第2期高等科作品。8/11よりポレポレ東中野にて公開。以下『ゾン〜』)。で、試写に来ていた修了生が『ゾン〜』を観て、凄い感動してたわけですよ。泣いちゃったくらいのことを言っていて。その時に「出演者の演技は下手なんだけど、でも映画は凄く良かった」という話を聞いた時に、もう私からしたら出演しているアクターズ生はみんなキャラクターを知っているから、上手い・下手とかあまり分からなくて、もう「愛らしい」になっちゃってるんですよね。だから何をやっていても観れてしまうというか、私はそういう状況なんです。でもその人はそういうふうな言い方をしていた時に「何が上手くて何が下手なんだろうなぁ」と思って。凄く分かりやすいのは、例えば、特に演劇なんかは生ものだから、噛んじゃったりだとか出のタイミングを間違えちゃったりとか戸惑っている姿を見たりとかっていうのが観客に伝わっちゃったら下手なのかなと思ったりだとか。それはもしかしたら違うかもしれないんですけど。あとは、上手くセリフを言い回せていなかったりすると、やっぱり条件反射で「あ、この人ちょっと下手なのかな」とか。あとは作品の狙いのことが出来ないっていうのは根本的に下手なんだけど、でも観ている人間はその狙いを知らないから、出来ていなくてもそれがストーリーの中でマッチしていればそれは上手いことにはなるだろうし、そういうふうに考えたら上手い・下手ってなんなんだろうなって思ってて。だから、誰か教えてくんないかなって思った次第です。

www.youtube.com

兵藤 なるほど〜。う〜ん、でもその定義は難しいね。監督にも依るし、素人しか使いたくない人だっているじゃん。テクニックのある演技を上手いとは思わない人もいるし。また「上手い・下手」とか二極化でも言いづらいんだけど……もし上手いということを言えるとしたら、いまシンちゃんが言ったみたいなことが私は近いかなと思っていて。その演技において、その演者が思わず取ってしまった行動にウソがないことが、おそらく上手いということなのかなとは思う。それは、素人の人であれ、もの凄くちゃんと訓練した俳優であれ、そこが同期しているというか、同期して表に出ることが、その人の純粋なものが反映されていると、それは魅力にもなるし、説得力にもなるし凄くリアルにも見えたり、それを上手いって言うのかもしれないな、とは思うけど。プロの俳優の人はそれを基本的にしっかり出来るっていうところだと思うんだけど、でも、ちょっと盛っちゃったりだとかさ、逆に上手いからこそ見せようとしたりだとかする場合もあるし。でも演技を全く経験してない人だけど、本当に純粋にいまここにいて、この目の前の人とコミュニケーションを取っている状態が、嘘偽りなく純粋に表れていると、もしかしてセリフがたどたどしくてもそれが本当にその人から純粋に出ているものだったら、それも上手いって言うのかもしれない。

 

四方 最近よく映像に出ている滝藤賢一さんっていうバイプレーヤーの俳優さんが、今度主演の深夜ドラマをやるというので、その番宣のためにバラエティに出てたんですね。そのバラエティが、本人の行きつけのお店かどうか、食事をする様子を見て当てるっていう……

 

──ヒルナンデス(笑)。

 

四方 そう(笑)、見事に3回勝負で3回とも回答者を騙せたんですよ。色々なトラップを仕掛けて騙すわけですよ。それに回答者のジャニーズの子たちは騙されてて「それは演技です」「うわぁ! やられたぁ!」みたいな感じだったんです。それを見た時に、すごいなーと思ったのと同時に、これを上手い演技ってことなのかなって。騙せたから上手いっていうのはそれもまた違う気がする。

 

兵藤 でもだから、それもその人が本当にその食事を好きそうに見えただとか、純粋なものが見えたからなんじゃないの?

 

四方 う〜ん。

 

兵藤 まぁそれはゲームじゃん。人狼みたいなもんでしょ。だけど、演技性の高いゲームで結果騙せちゃったらそれが凄いみたいな感じだけど、別に本当に純粋にそのお店が好きそうに見えちゃったってことなんだよね、きっと。

 

四方 そうですね。あとはそのお店を知っているような感じに見せたりだとか。

 

兵藤 それはそのゲーム上、上手いってことにしてもいいのかもよ。

 

四方 ……………………終わっちゃった(笑)。

 

──楽器だと、例えばリズムにちゃんと合わせられるとか、譜面を間違えないとか、そういうのは客観的な上手さと言っていいと思うんです。それはまた魅力的な演奏者かどうかはまた別としてですけど「それが出来れば、ピアノが上手い」と言ってもいいとしますよね。それって演技でもそういうものってありますか? よく聞くのは「何もしていない時にちゃんと立てるかどうか」とかありますよね。立ち姿が決まっているかどうかとかありますけど。

 

兵藤 う〜ん、それは多分ね、演技の場合はベースにあるのはコミュニケーションだから「コミュニケーションが本当に取れていれば」っていうのはそういう意味では近いんじゃない。

 

──アクションとリアクションということですか?

 

兵藤 アクションとリアクションということでもないんだけど……人と話すというのは、ただ言葉のやり取りだけじゃないじゃん?

 

──芝居の最中の言葉のやり取りだけじゃなくて、稽古中に言葉を交わすことも含めてのコミュニケーションですか?

 

兵藤 そういうのも結局含まれてくるけど、セリフのやり取りっていうのはただ言葉を喋っているだけじゃなくて、心と心のキャッチボールだから、それが出来るかどうかっていうのは大きいよね。いまこの言葉で、相手が何の意図を持っているのかっていうことを感じ取って、それに対して答えるわけじゃん? そうやって人って人と交流してるじゃん? それが、書かれた台本なのに、そのコミュニケーションが取れるかっていうことだと思う。で、それが、書かれているセリフなんだけど、その人のそのもののコミュニケーションが出ちゃうっていうのは凄い面白いよね。演技として、その人にしか出来ない動きが出ちゃったり、その人にしか出来ない表情が出ちゃったり。同じ「お願いする」っていうシーンでも、その人にしか出来ないお願いの時の雰囲気とかさ、お願いの時の動きだったりとか、そういうものが純粋にその人から出ちゃっている時に、ね。

 

──やっぱりあれですね、公美さんはそれを実戦している人だから言葉に出来ますけど、客席から観ているだけだと、それを客観的に言語化しようとすると凄く難しいですね。

 

兵藤 でもさ、絵が上手いとかもさ、ピアノが上手いとかもさ、分からなくない?

 

──究極的にはそうなりますよね。絵が上手いとかは、やっぱり写実的にリアルに描ける技術のある人が上手いと言われるのでしょうけれど、俳優の場合は台本を覚えて喋れるだけでは上手いわけではないですもんね。だから、演技って何だろうなって考えちゃうんですよね。

 

兵藤 まぁねぇ。でもどんなジャンルでもそうじゃない? タップダンスだってさ、その決められたステップ通りに出来れば本当に上手いのかっていうと、表現って考えると何か違くない?

 

──そうですね。「技術がある」というだけで。

 

兵藤 だから上手いって何なんだろうね。

 

四方 でも、上手さを求めません? 上手いということが何か分からないと仮定して、でも人はその上手さ凄く求めがちだなって。

 

兵藤 そうかなぁ。上手さ求める?

 

四方 求めませんか?

 

兵藤 上手さとかは求めてないかも。自分がやっている時は上手くやろうなんてあんま思わないね。

 

四方 へぇ〜。みんなそういう風に思うものなのかな。

 

兵藤 ていうか、それでいったら上手いっていう次元が、セリフを間違えないとか、それは当たり前だから(笑)。そうじゃない、もっと演じる悦びが欲しいよね。

 

四方 でも、アクターズ・コースに来る人って、最初はみんな上手くなりたくて来るんですよね。そう思っちゃってるんですけど、そうでもないんですか?

 

兵藤 だから、そういうテクニック的なことは講義ではもちろんやるから、それを1つ知るっていうことは、上手くなるっていうこともそうなんだけど、演技のことを知るって……分からないとさ、分からなく悩んじゃうじゃん? でも、色々な演技のことが分かると、悩み方も明確になるし。いつも演技論のことを考えているわけじゃないし。だけど、悩んだり迷ったりした時に、そこが上手くなっておけば、まぁ知識を得るっていうことなのかもしれないけど「戻ればいい、そこに」っていう、自分の中の軸みたいなものを作るのかな。そういうことだと私は思うんだけどね。そうすると、あんまり恐れがなくなったりする、とか。分からないと怖くない?

 

四方 それは凄く怖い。

 

兵藤 そうすると、ただ単にダメ出しとかを「私が出来ないから……」とかって受け取っちゃったりとかの、そういう無駄な否定をしなくなったりとか。靴屋さんが靴を作るのに色々な順番があってっていう、そのプロセスを勉強して、でも本当にその靴を作るという時になったら、もう別にやり始めたら考えないで作るじゃん、ていう。靴屋さんが靴の作り方を勉強するように、演技にもそれはあるよねっていうのはあるんだけど、でも実際演じるっていうのは考えないから。感覚で演じるから。

 

四方 考えないんですか。

 

兵藤 考えない考えない。ていうか、いまどうなっているかとか、把握したりの思考はあるけど、「足の位置が気持ち悪い」とか「いつも見えてる人が別の俳優の動きで見えなくなった」とか「苦しいからいっぱい息を吸おう」とかさ(笑)、そんなふうに考えて「今の演技こうだったな」とかは考えない。

 

四方 ふーん。

 

兵藤 それは考えないで、感覚で。それはイチローがバットを振るのに……

 

──そうですね、近いんでしょうね。

 

兵藤 あの人も、もの凄く厳密に練習の時はきっと計算したりだとかして練習したりするだろうけど。意識的になったりとか。でも多分バッターボックスに立ったら考えてないと思う。

 

──160キロで球が飛んできますからね。それまでの積み重ねに基づく反応で対応するしかないでしょうね。

 

兵藤 それは感覚だと思うんだよね。それに近いから、確かにアスリートのイメージはあるかも。練習は凄くしたり、こういう動きはこういうメカニズムでこうなっているんだとか、そういうことは知るんだけど、実際に演じる時は考えないから。

 

──僕も何か仕事でセリフとかを書いている時は頭では考えていないかもですね。考えるよりも先にキーボードを叩く指が動いているんじゃないですかね、他の人も。

 

兵藤 でしょー。

 

──書きたくないけどどうしても必要な説明セリフとかは考えて書きますけど。

 

兵藤 あ、情報だからね。

 

──こうやって言った方が伝わりやすくなるなとか。「40度! 今日! 東京!」なのか「今日東京40度!」なのか。場合によっては前者の方が伝わることもあるので。

 

兵藤 それは全部同じだと思う、どんな仕事でもね。作家の人なんか特にそうだよね。頭で考えて書いてたら多分面白くないよね。でも、海外ドラマとかはみんなで考えて論理的に作る場合もあるじゃない?

 

──お話の展開はそうやって論理的に考えた方がいいような気はしますね。

 

兵藤 ああ、プロットみたいなのはね。でも実際にセリフを書くとなったら、考えて書いてないよね?

 

──もちろん人によると思いますし、実際に当事者に聞いた話でTVドラマなんかだと、もの凄く考えて「私、失敗しないんで」みたいな、ほとんどキャッチコピーのような決めセリフとかを生み出す場合もあるらしいんですけど、結局思いつくか思いつかないかだけだと思いますよ。思いつける状態にまで持っていくのが勉強だったり稽古だったりってことで。四方さんも仕事をしている時、そんな感じしませんか?

 

兵藤 意外と感覚で仕事してない?

 

四方 感覚で仕事はしていると思うんですけど、それを説明しろと言われると、感覚だから説明出来ないんですよ。だから、とりあえずポンっと感覚でやるじゃないですか。それで「なんでこれをこうやったの?」って聞かれた時に、なんで私はこれをこうやったんだろうって全部紐解くんですけど、それが凄い苦痛です。

 

兵藤 苦痛ね。ああ〜。

 

四方 私はいままでの生き方としてこう思ったということを仕事上でも出すじゃないですか。そういう歴史だとかそういう人生を生きてきていない人からすると「それはおかしい」とか言われたりもするわけですよ。「じゃあなんで私はこれをこうしたんだろう」ということを考えないといけないんですよ。私はもう感覚で「Aと来たからBなんだ」という結論になったとしても、他の人たちからすると「Aが来たからBというのはおかしくない? Cの場合もあるよね? なんでBなの?」と言われると、でも私のやり方だとBという結果しか出ないし、そのBという結果しか言わなかったんです。結果、融通が利かない(笑)。だけどいまは、凄い遠回りしてその結論を出したプロセスを考えたり説明するんですけど、凄い疲れちゃうんです。だから、感覚で反射するというのも凄く分かるんですけど、私もどちらかというと、仕事の内容は2人と全然違うけど、そっちの考え方で生きてきたんだけど、どうもそれだけではいかんのだなと言われているような状況にあるというか。上手く言えないんですけど、結果だけを出してそれでOKじゃなくなったというか、プロセスを大事にしないと、出る結果が同じでも全然違うものになっちゃうっていうのがここ最近のぶち当たっていることなので。

 

兵藤 でもさ、「BじゃなくてCだ!」で終わってたのが「なんでBなの?」って議論出来るようになったってことでしょ? でもそれって面白くない? 自分でもそれがいいと思った根拠が分かるじゃん。

 

四方 自分が説明下手だから、自分でムカついて来るんですよ。

 

兵藤 ああ、感情に振り回される系ね。それはなぁ〜。でもそれは演技だって、演出家とか監督によっては「いまなんでそういう風にしたの?」って聞かれることあるよ。

 

──僕ももちろんありますね。

 

兵藤 そうだよね。その時は説明しなきゃいけないから。別にいいんだよ、説明なんか下手でも。説明しろって言われたから説明するまでで。しかも言葉と言葉って通じ合えないじゃん。

 

──本当にそう思います。文章を書く仕事をしていると特にそう感じます。

 

兵藤 だから伝えようとするってことがね、大事よね。

 

四方 まぁね。言っちゃえばそうなんですけど……お悩み相談室みたいになっちゃったけど大丈夫?(笑)

 

──(笑)。公美さんはそういうふうに演出家や監督から言われた時に、落とし所を探るわけじゃないですか。

 

兵藤 そうだね。

 

──その落とし所はどうやって見つけていますか? 僕は交渉というかそういうことが本当に下手で、大体のことを0か100かでしか対応出来ないので、仕事の時は先方の意見に100で従うんですけど。100で出来ないなと判断したらどんなにおいしい仕事でも降りちゃうんです。つまらないから(笑)。

 

兵藤 それは演出家や監督とのコミュニケーションですよね。

 

──絶対的に「それは納得出来ない!」みたいなことに公美さんはならないんですか?

 

兵藤 納得いかないってことはあんまないね。ん〜、言われたことを「はいよ!」ってこともないし。演技は演出家と一緒に作るものだから、そういうことになったら私は話すと思う。で、その話し合いで「Cだね」と思えばCにする。それは言われたからCで演技するんじゃなくて「私はCだと思う」という状態にならないと演技出来ないかなぁ。とにかく自分が主体的というか、言われたからやるとなると絶対「やらなきゃ」と思ってやることになるから、そうするとさっき言った純粋な行動が出来なくなっちゃうから「私もそれを本当にCだと思う」「Cでやりたい!」っていうふうに自分をコントロールするよね。そうしないと、やんなきゃいけない演技になっちゃうから。それ、楽しくないじゃん。

 

──おっしゃる通りですね。僕はダメな子なので、それが原因で仕事を降りることがしょっちゅうなのですけど(笑)、公美さんは仕事を降りたことはあります?

 

兵藤 ん〜、ないねぇ。

 

──凄いなぁ。

 

兵藤 でもさ、そこまでさ、演出家とそこまで意見が食い違うとかあるのかな?

 

四方 割に良くそういう話、聞きますけどね。某マルマルさんとか某バツバツさんとか。

 

──どうせ掲載出来ないんだから名前ちゃんと言えばいいのに(笑)。

 

四方 (笑)

 

兵藤 でも私もね、1・2回セリフがあんまりだなと思って、それはわりと映画なんだけど「ここのセリフ、こういうセリフにしたらどうですかねぇ〜」と言ったことはある。「なんだこれ、言えないぞ。説明だよ」と思って。でもそれを真っ向から言っちゃうとコミュニケーションとして良くないから、提案みたいな感じで。「ここ、具体的な言葉にしちゃダメですかね。例えば〜」みたいな(笑)。基本は自分がやりたいように出来るようにコミュニケーションを取る。だって1回引き受けているんだからさ。セリフが面白くないから降りるとか、俳優はそういうのはあんまないでしょ。

 

四方 あるとすれば関係性ですか?

 

兵藤 そうだよ。パワハラ・セクハラとかでは降りますよ。それ以外はないでしょ、ホンが面白くないとかそんなことでは。

 

四方 でも私が聞いたことがあるのは×××××が……(カチ込まれる可能性があるため自主規制)。

 

──あとは×××が……(週刊文春に転載出来るレベルの危険な内容なので自主規制)。

 

〜多岐に渡る絶対に掲載出来ないオフレコ話やらなんやらで15分経過〜

 

兵藤 で、なんだったっけ?

 

四方 なんだったっけ?……もういっか(笑)。

 

──真面目な話をして疲れちゃいましたかね(笑)。

 

四方 さっき話したワークショップの話に戻りますけど、自分が演技をすることになったわけですよ。別に演出が良い・悪いとかじゃなくて、もうシナリオもないから基本的に段取りだけだったんですけど、炎天下の中で冷たい水を飲むみたいな芝居なのに、もう水はヌルくなっていたので自己暗示をかけて冷たい水を飲んでいるようにやったんですけど……そう見えましたかね?

 

──問題なかったと思いますよ。

 

兵藤 凄いじゃないですか。イメージを体現しちゃってるじゃないですか。役者じゃないですか。

 

四方 イメージだけで出来るもんだなぁと。

 

兵藤 出来ますよ! 演技は誰でも出来ます!

 

四方 素敵ぃ〜。

 

兵藤 (身を乗り出し)演技するの、楽しくなかったですか?

 

──(爆笑)

【了】 (構成:スズキシンスケ)