20150329稽古場メモ(小川志津子)
稽古場メモというか……厳密にいうと稽古後の飲み屋メモ、なわけだが。
稽古後に有志で立ち寄った居酒屋で、どんな話の流れだったか思い出せないのだけれど、「回路」、の話になったのだ。
松井周はその昔、パクチーが食べられなかったのだという。匂いも、舌触りも、噛んでも噛んでもなくならない感じも、大っ嫌いだったのだという。
「でも、それでも、パクチーを好きな人を演じなきゃいけないことが、俳優にはありうるじゃないですか」。
そうですね。悪役の人がみんな悪いわけでは決してないです。いい人が悪人を演じなきゃいけないことも、見ず知らずなのに恋人同士を演じなきゃいけないこともある。
「だから、「この味は美味しいのだ」って思う回路を、身に付ければいいと思ったんですよ」。
噛みしめると鼻に抜けるあの匂いを「いい匂い」だと思う回路。あの歯ざわりを「美味しい」と思う回路。
「せりふには「パクチーが美味しい」って書いてあったとして、「パクチーが嫌い」なままでそのせりふを言ったら、せりふに負けちゃうと思うんです。「美味しい」と思うまでのプロセスがないと」
プロセス。稽古場での発言頻度がとても多い言葉だ。そのせりふに至るまでの思考のプロセスを見せてほしい、と松井は何度もみんなに繰り返す。言葉に「プロセス」が乗ると、せりふは一気に彩りを増す。
言うまでもなく松井周は、劇作家であり演出家であると同時に、俳優なのである。俳優としての実感を礎に、みんなに相対している。するとたちまちその場は「俳優同士の飲み会」になっていく。みんな、俳優の実感からくる質問を松井に投げる。松井は俳優の実感を投げ返す。気がつけば日付が変わっている。
この人たちの実感に共感することはできないけれど、今、ものすごい何かが交歓されているのだということはわかる。
そして何事もなかったみたいにみんなで店を出て、別れて、帰宅。明日はパクチーの何かを食べよう。私ははなから大好きだけれど。