映画美学校アクターズ・コース ブログ

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映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。アクターズ・コース俳優養成講座2021、9/1(水)開講決定!

「俳優の権利と危機管理2020」〜俳優がフラットに話せる関係性をつくるためには

「特殊な状況下の中で、俳優はどうしたら立ち尽くさずに進めるのか」

第1回目の講義は、主任講師の山内さんのそんな言葉から始まった。
「俳優の権利と危機管理2020」と冠されたこの講義は、実はアクターズ・コース生にとってはお馴染みの講義でもある。この講義は「オープンゼミ」とされて、アクターズ・コース修了生なら誰でも受けられる講義。
講義を進めるのは主任講師の山内健司さん、深田晃司さん。

 

「俳優の権利と危機管理」とは? 

俳優は立場としてどうしても弱くなりがちで、そして演技の場はハラスメントの温床になってしまう危険性がある。そんな我々がお互いに安全(心/身体ともに)な場所をつくるための重要性を探り、そしてハラスメントの基礎知識を身につけるための講義がアクターズ・コースには第2期から存在する。そしてそれは年々アップデートされ、講義は受講生のみだけでなく修了生にも案内され、修了生も参加できるのがこの講義の特徴でもある。

私が受講生の時も第1回目の講義で受けた記憶があるのだが、一番記憶に残っているのが「ハラスメントを話すにあたって、過去の経験、記憶を話すのは秘密の暴露という一面があります。それはマインド・コントロール、集団圧力が発生してしまうことでもある。それは決してやめましょう、この場所を安全な場として活用してください」という言葉。

「守られている!」と思うと同時に「もしかして、過去の○○もマインド・コントロールといえてしまうのでは」と恐怖を感じたのも事実。私の期は演劇経験者が多いこともあって、話が進むにつれていろいろ思うことがあったのか、「シィィィン」となる瞬間も多く、「もしかしたらこの言葉も秘密の暴露、圧力が発生してしまうのでは」と内心ヒヤヒヤしながら講義を終えた記憶がある。
それももう4年前のことだけど、その時は正直怖くてなかなか言葉にすることができなかった。でも年を重ねて、また、アップデートした講義を受けるにつれ、少しずつ言葉にしていくこと、それが他者を、そして自分を傷つけないようにするということができるようになってきた気がする。 

「俳優の権利と危機管理2020/1」〜はじまり

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「俳優の権利と危機管理2020」第1回目は「コロナと俳優」をテーマに進んでいく。オンライン講義で、30人弱が参加。アクターズ1期〜9期と全ての期が揃うのは実は初めてなのでは?内心ちょっとワクワク。
まずは、コロナについての基礎知識を共有しようということで数本の動画を見て、その後数人に分かれて話をしたのちに、それを全体共有。 

・テレビだけの情報だと怖かった。それで家に引きこもっていたけど、逆に外に出ることで「そうでもないな」と思い怖さがなくなった。
・人それぞれで危機管理の意識が違うから、実際に会った時に戸惑うことがある。
・飲食(飲み会など)や普段の生活など、正直なところをぶっちゃけて話す場はないから他人がどうしているか気になる。こういった少人数の場だとありがたい。
・映像の現場がこの前あったけれど、やはり本番時に俳優はマスクを外す必要がある。俳優部はどうしても感染のリスクが高くなってしまうと思った。

 オンラインということで話しづらいのでは?と当初は感じていたが、話す人数(単位)を減らしてみると、思ったよりもフラットに話せる場ができると感じた。 

「コロナは労働問題」という視点

深田さんの「労働問題は映画の現場にそもそもあった。多くの現場、特にインディペンデントの現場は法が定めていることを守れていないというのが悲しいけれど事実」という話を皮切りに、「コロナは労働問題といえるのではないか」という話になる。

感染症対策も正直それぞれの座組で異なっているのが事実。そしてそれ(感染症対策)を俳優から話題に出す、話す権利はもちろんあるはずだ。

それを深田さんが監督目線(日本と海外の俳優の組合の話など多岐に渡った)で話し、その後山内さんが俳優目線で話す。山内さんは
・自分が企画者の座組
・自分が後から参加する(呼ばれてきた)座組
で異なってくるのではないか、という目線に立った。前者はコロナに対して言える環境であり(むしろ言う必要がある)健全な組み立て方ができる可能性がある。しかし、後者は既にトップが積み上げてきたものの中では言いづらく、弱い立場になってしまう。とどのつまり、コロナは新たな「労働問題」であると。

「言えるようにしていく」、そうすることこそが安全対策であり、トップの責任は視線の高さを同じにできるかどうかではないのか。
そこに深田さんが「言い過ぎ」ということは決してない、それはコミュニケーションの問題であり、座組ごとにルールをつくることができるかどうかということだ、と2人の会話は連なっていく。

我がこととして話す、フラットに話せる関係性

「ルール」や「ガイドライン」があると安心する。それさえ守れば自分や身近な人は守られるんだ、という気持ちがあるからだ。しかしそれは「受け」の姿勢にもつながり、それをただ享受し、遵守するだけでは我が事として考えることは難しくなってきてしまう。
新型コロナウイルス」はまさしく「新型」で多くの情報が溢れ、間違った情報も最初は多く流出していた。そんななかでルールやガイドラインを作るということはひどく難しく、様々なガイドラインが現在も存在する。

しかし、飲食店がある程度リスクを背負って営業しなければ潰れてしまうのと同様に、俳優もある程度自分のリスクを考えながら撮影および舞台を請け負う必要があるのが現在であり、そのためには正しい情報を得ることと、そして自分が関わる座組の中でフラットに話せる関係性をつくる必要がある。

アクターズ・コースは1期〜9期と現在存在するが、そこにあまり上下関係はなく(なんとなく上の期に敬語で話す感じはあるけれど)「同志/仲間」感が強く、フラットに話せるな、とこの講義(特に数人に分かれての話をする時)を受けて感じた。

それは一体なんなのか、単に学び舎として場を共有した安心感からなのか?と茫洋と感じている間に今回の講義は終えてしまったが、この高等科が終わるまでにこの関係性を言葉にできたらいいなと思った初回の講義だった。そしてこの関係性を他の座組に踏襲していくことの難しさも感じた。

  

文章:浅田麻衣