映画美学校アクターズ・コース ブログ

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【稽古場レポート】出はけ(杉田協士)

渋谷。

キノハウスの地下1階にある映画美学校

初めて会う人ばかりだから、誰がどの人で、何の人なのかわからないけれど、みなさん振り返って目を見て挨拶してくれた。近くから遠くから。感じる距離も、近くも遠くもない。そばにいた人が座る場所をすぐに教えてくれた。新しい場所では、自分の体をその空間に落ち着けるのに時間がかかるけれど、かからなかった。いやすかった。現れた姿ですぐに講師で演出の松井周さんだとわかった。以前、舞台出演時の姿を見たことがあるし、何かの公演で、客席に遅れてやってきた人がいて、隣に座って、ラーメンの匂いがして、あとガムの匂いもして、ちらっと見たら松井さんで、間近でも見たことがあるからよく覚えていた。やわらかく笑って、好きなときに出入りしていいですからと言ってくれた。ティーチングアシスタントの坂西未郁さんが、しっかりホッチキスでとめた脚本を渡してくれた。中心にある椅子に松井さんが座って稽古がはじまる。はじまってすぐに、そこにいた人全員がアクターズコースの受講生なのだとわかった。どの人がスタッフで、受講生なのだろうと思っていた。目がしっかりしているし、顔つきも貫禄がある。もう、いい場所だと感じていた。きっと舞台もおもしろい。稽古開始が15時だと聞いていたけれど、実際にはじまるのは15時30分くらいかしらと予想していた。松井さんが来て、椅子に座って、数分も経たないうちに美術や小道具が配置されて、俳優がそれぞれの場所に待機して稽古がはじまった。早かった。見学している位置からは松井さんの背中がよく見えた。ひとりひとりの俳優に芝居のアドバイスをする。座ったままその場で代わりに演じてみせたりするときの動きが見ていて気持ちいい。たとえば指輪ホテルの羊屋白玉さんは、俳優に細かい修正や指示を出さない。もっとこうしてほしいとか、言わない。いつ言うんだろうと思って見ていると、そのまま本番になっていたりする。たとえばチェルフィッチュ岡田利規さんは、具体的にどうやったらそこに到達するかは伝えずに、そうではないと言いつづけて、俳優が自らなにかに気づくのを待っていたりする。FUKAIPRODUCE羽衣の糸井幸之介さんは、おもむろにギターを弾いたりしながら、俳優の芝居を見てうれしそうに笑っていたりする。松井周さんは、具体的な修正や指示を出す。たとえば、タバコを普段吸わない俳優が吸う芝居をする姿を見て、吸っているときの佇まいを説明したり、もっとタバコを吸う人を観察してきてと伝えたりする。演出のあり方はちがうけれど、どの現場でも共通して見えてくるのは、体は嘘をつかないということ。松井さんから芝居の修正を伝えられた受講生は、それを受けてトライしてみるけれど、なんだかよくわからない体の動きになる。どうしてそのとき、そのように振り返ったかの理由が、体から剥がれているように見えたりする。それはもしかしたら、自分が生まれてきてからずっと付き合ってきたその体がなんであるかに、気づくための作業なのかもしれない。松井さんの指示があって、それを受けてトライして、それを繰り返しつづけることで、いつか自分の体に到達できるのかもしれない。いつも付き合っているはずの体に到達するってなんだろう、などと考えていた。繰り返し演じられる受講生の振り返りの芝居を見る。本番に間に合うかどうかはわからない。松井さんはそのことを知っている。松井さんはそこにいる受講生たちの数年後、さらにもっとその先を見ている。アクターズコースの受講期間はおそらく1年も満たないだろうけれど、その時間にとらわれず、いまひとつひとつのことを伝えている。そうして、このさき受講生たちが出会っていく次の演出家にバトンを渡しているのかもしれない。上に挙げた演出家たちは、どの人も徹底している。その徹底される演出があるから、長い時間をかけて見えてくることがあるのかもしれない。その長い時間をかけて、演出家たちも、自分の体や、その先にある表現に到達しようとしているのかもしれない。そうやってひと目ではとらえきれない別々の長い時間をすごしてきた人たちが、いまここでたまたますれちがい、言葉を交わしている。答えはいつも手元にはない。今回もうひとつ、どの現場にも共通していると気づいたこと。俳優たちや小道具の出はけの整理に手間がかかる。ここにあるワイングラスは誰が持って出ていこうとか、誰々はこのとき下手(しもて)から出ていかないと変だとか、幽霊役の人はそのままそこにいていいのかとか。そういった動線などの整理をしているときに使われる言葉や、雰囲気は、どんな種類の劇団の稽古場でも変わらない。時間がかかるし苦労している。それは食事をしたり、用を足したり、風呂に入ったりするときにすごす時間が、人によってあまり変わらないことに似ている。箸の持ち方や食べる順番、トイレットペーパーの使い方、体を洗う仕草などに小さなちがいはあるけれど、全体の雰囲気はきっと同じ。食事やトイレは生活のなかで大事なことだから、出はけはそれと同じように演劇のなかで大事。これを雑にすると、きっとぜんぶが崩れる。松井周さんの合図は、どうぞだった。どうぞと言われて、俳優たちが芝居をはじめる。たまに考え事をして、そのどうぞや止めの合図を聞き逃した。芝居だと思って見ていたら実は俳優同士で相談をしているだけだった、ということがあった。境目がわからない。戯曲のなかや、松井さんがいることで生まれる時間のなかに、みんな生きていると思った。稽古場がひとつの作品になっている。安曇野信子という役を演じる人がいた。稽古場では互いを役名で呼び合っているようで、その人も安曇野さんと呼ばれていた。松井さんは安曇野さんに一番きびしいように見えた。たびたび芝居を止めて指示をする。安曇野さんの表情や体はこわばっていく。どうやって、そこにただ立っていればいいのかも、わからなくなっているように見えるときがあった。最初に安曇野さんの芝居を目にしたとき、とてもいいと思った。両手に紙コップを持って芝居をしているのだけれど、紙コップをただ持っているだけの手がおもしろい。きっと真似ができない。紙コップって、そもそもなんだろうなどと考えていた。受け取った戯曲に目を通すと、安曇野さん、とても大事な役を渡されているとわかる。松井さんはきっと安曇野さんに期待している。20年後の安曇野さんの立ち姿を想像してみる。

 

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杉田協士(すぎた きょうし)

1977年東京生まれ。映画美学校フィクション・コース第5期初等科修了。映画『ひとつの歌』(2011)、写真短歌集『歌 ロングロングショートソングロング』(雷鳥社、写真担当、2012)、小説『河の恋人』(「すばる」掲載、2013)など。演劇関連では、ハイバイの映像作品『金子の半生』(2011)、FUKAIPRODUCE羽衣の映像作品『浴槽船』(2012)や『サロメvsヨカナーン』(2013)劇中映像などで撮影監督。フリーランスの俳優サポート団体・lysリュース代表(http://lyssupport.com)。立教大学、相模原青陵高等学校で非常勤講師。

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