映画美学校アクターズ・コース ブログ

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映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。現在はアクターズ・コース修了生を対象とした「アクターズ・コース俳優養成講座2020年度高等科」が開講中!

映画美学校アクターズ・コース、高等科開講中です

f:id:eigabigakkou:20201125202434j:plainこんにちは、映画美学校アクターズ・コース(「映画・演劇を横断し活躍する俳優養成講座」)です。
映画美学校アクターズ・コース、本来は2020年9月に記念すべき第10期を開講予定でしたが、今年度につきましては新型コロナウイルス感染状況を踏まえ、また、受講される皆さまの安全を第一に考え、新規募集は行わず、修了生を対象としたオンラインを中心とした講座とすることとなりました。

詳しくはこちらをご覧いただけたらと思います。

eigabigakkou.com

 

非常に忸怩たる思いでしたが、しかしこの状況下でも学びを止めたくないという講師陣および事務局の思いのもと、現在アクターズ・コースは修了生を対象とした「アクターズ・コース俳優養成講座2020年度高等科」を開講、9月から講義をオンラインを中心に始めています。

 

その高等科講義の模様をお送りするととともに、講師の紹介や高等科生の紹介などを行うことでアクターズ・コースについて多角的に知っていただけたらと思います。
記事は定期的にUPしていく予定です。

 

是非ご覧いただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします!

 

広報:浅田麻衣(アクターズ・コース第6期修了生)

映画創作ゼミ/自分たちで作品を創る、不自由さから得られる何か

コロナ禍のもとで、映画作りは再考を迫られています。映画作りは少なくないキャスト・スタッフによる共同作業であり、狭い空間での密集は避けられないと考えられます。ではどうすればいいのか。
感染対策をした上で、これまでどおりの映画作りをなんとか維持しようとするのもひとつの道です。しかし一方で、映画の歴史を振り返ったときに、非常にマイノリティーではあるけれど、実は多様な映画の作り方があったことは事実です。その中にはたったひとりでキャスト・スタッフを担った映画もあれば、ダイアローグがあるにも関わらずカットバックでは無言の顔しかない映画や、映画であるにも関わらず全編がスチール写真で構成された映画もあります。それらは決して実験映画などではなく、劇映画なのです。あるいは、非常にオーソドックスな撮り方をされているにも関わらず、この状況の中で観ることで新しい映画の作り方のヒントを与えてくれる映画もあるかもしれません。
このゼミでは、そういった作品の一部と接することから出発して、基本的な機材の使い方、編集ソフトの使い方を学んだ上で、実際に映画を企画・制作してもらいます。ゼミで制作された映画は、発表会で上映をし、ゼミ生以外にも鑑賞してもらいます。(*高等科要綱から抜粋)

古澤健さん、竹内里紗さんが担当する実技ゼミ「映画創作ゼミ」。広報を担当している浅田も受講しています。
全6回からなる今回の講義。各回ごとの進行と、講義を受けた感想を綴っていこうと思います。(文:浅田麻衣 )  

第1回講義:1月6日(水)

第1回。本来は対面での講義の予定だったが、緊急事態宣言が明日にも発出されるということで、急遽オンラインでの講義に変更となった。
まず感染対策レクチャーが行われ、その後は講師による今回のゼミの説明。

f:id:eigabigakkou:20210218141910j:plain講義中のメモ 

映画の歴史はまだ浅く、「コロナ禍」である現在も、この短い歴史の中では「ありふれた例外」のうちの一つにすぎない。(サイレント→トーキーへと変化があった際も、それも歴史の中の「ありふれた例外」の一つであるといえるのかもしれない)。
感染対策をしなくてはいけない、という強制性も創作にとってはつきものの不自由さであり、この不自由さ、そしてこの不自由さから得られた技術は決して今後不必要になる技術ではない、という古澤さんの言葉が印象的だった。

自身、2020年の4月〜5月にかけて「今でしかできないことがあるのではないか」と思いZoomを使いつつ遠隔で映像を撮ってみたり、一人でMVを作ってみたりと色々やってはみたものの、直に対面で撮影できないということは自分にとってマイナス要素でしかなくて、ただ疲労してしまったというのが否めない。
でも、講義の中でいろいろな映画のシーン、こんなやり方もある、こんなことも面白いかも、と提案してもらって、単にあの疲労は、自分がこれまで「映画をなんとなく」見てきて、撮り方などの学びの蓄積がなかったからだったのではないか?と感じた。

映画は空間も、時間さえも超えることができる。アクターズ・コース受講生時代にも、一本集団創作したことはあるけれど、あの時から4年経って果たして今の自分が何を撮れるのか。本日グループ分けをして、その後は集団創作にさっそく移る。

第1回-第2回講義 幕間(第1回ミーティング)

私の所属はA班(班はA班とB班の2つ)。A班は期も全員バラバラのため、初めましての人もいる。まずは簡単な自己紹介から始まったオンラインミーティング。そこから自分が常日頃思っていること、好きな場所、どういう作品が好きか、などの話。
こういう時何が難しいって、抽象度が高いところから具体性を持たせる段階をどこに持たせるのか、ということ。

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第2回講義:1月13日(水)

この日もオンライン講義。機材の使い方や、実際に撮影をするときの注意点などについての講義だった。
今回の創作ゼミは、自分たちが持っている機材で撮影を行うというのも大きな特徴。(個人であまり持っていないであろう三脚、照明などは講師の方から借りることができる)。今回はiPhoneで撮影する人が多いので、デジタルズームやAE/AFロックなど、普段なんとなく使っているけれどそれを映画撮影ではどのように使ったら効果的なのか、眼から鱗の情報が沢山。
2人のバストショットを撮るにも、レンズや三脚の使用で動画から与えられる印象は異なってくる。フレームへの意識‥‥‥。この日の講義の最後に、テスト撮影を次回までに行うことが課題として提示される。

第2回講義-第3回講義 幕間(ミーティング×2、テスト撮影)

テスト撮影に向けて2回ミーティングを重ねる。やはり具体的なアイディアにするのは難しい‥‥が、一つのワードとして出てきたのは「食べる」ということ。食べている時の姿、咀嚼音、また食べているその環境などを撮ってみようという話になる。あとは各々持っている機材の確認。

講義が13:30からなので、午前に集合。肉まんを購入して映画美学校近くの公園で、まず食べる姿を撮影。その後は各々気になったものを撮影。
↓この絶妙な距離感‥‥(これがのちのち企画に生きてくるとはその時はついぞ思わなかった。面白いものです)

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第3回講義:1月27日(水)

前半は古澤さん、竹内さん、TAの釜口さんの3名による模擬撮影を見学。3人で出演・スタッフを全て兼ねる。撮影にかける時間配分などが体感として身についていないので、それを実感するための講義。

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竹内さんが書いた模擬撮影用の脚本では、3人ともが出演するシーンと2人が出演するシーンに分かれているので、1人が出演を終わったらぐるっとカメラに映らないように回ってカメラへ移動、パンをする1コマもあり。自分は絶対に録音を回すのを忘れるな、とか、照明も気にするようにしなきゃ、とかいざ自分がその撮影に参加した場合忘れそうなことを片っ端からメモ。
監督は古澤さんだったのだが、カメラ位置とかカットを割るところの判断だとか、どうしてあんなにスパスパ決められるんだろう‥‥。特に私はカット割りが絶望的に下手だろうなという予感があるので、とにかく目に焼き付ける。

第4回講義:2月3日(水)

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第4回目の講義では、それぞれの班が撮影してきたものをスクリーンで見ながら、お互いにその映像への感想や疑問を伝えあった。既にこの段階でA班とB班の進めているもの、撮ろうとしているものが全く違っていて面白い。B班は既に脚本を書いていて室内での撮影を進めており、A班はテスト撮影のちの、今後どうしようか、という段階。

ラッシュ(未編集、NGテイクなどもそのまま繋いでいる状態の映像)を見るたびに贅沢な時間だな、と思う。俳優として撮影に参加している時はできあがった作品だけしか見れないことが多いけれど、ラッシュだとNGテイクからのOKテイクからの変遷が見れて面白いし、このカットの監督とカメラの意図はどこにあるんだろう、と考えるのも楽しい。脚本を知らないので、まっさらな状態でお互いに感想を伝え合うと「そういう風に見えるんだ」と作品作りにもフィードバックができる。

そして、今回でもう第4回。来月には作品ができていないといけない。果たしてA班、大丈夫か。

第4回講義-第5回講義 幕間(2月3日〜2月14日撮影本番)

テスト撮影の反省から、抽象度が高い、曖昧なことを言っていたら(特に期日が決まった創作だと)作品に起こしていくことは我々の班にとっては難しそうなので、具体性を持ったアイディアを持ち寄ることにした。第4回目の講義後ミーティングを重ねた結果、「会話を介さず、ただ非生産的なことをしながら河川敷にいる女たちの集落の話」をすることに決定。
脚本は書かずに、起こしたいイベントや即興などを連ねていく作戦を考えた。10日ほどで準備、怒涛の追い上げ。そして撮影。

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助っ人の皆様、本当にありがとうございました(古澤さんにも全力疾走をお願いいたしました)
晴れてよかった。

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第5回講義:2月17日(水)

この日、スクリーンで見る用にラッシュを繋いだのだが、2時間30分になってしまった。まずはB班のラッシュを全員で見る。B班も河原でロケをしていたのだが、A班と同様に走りまくっていた。河原だと人は走ってしまうのか?
B班は室内での撮影も多いので、照明もこだわっていてとても面白い。

我々A班はとにかく素材を撮りまくった結果、「これは一体どうやって編集をすればいいんだ?まあひとまずラッシュ見てみっか」というラッシュになってしまったが、意外と2時間半集中して見れるもので。何故だろう‥‥。
古澤さんから、「ラッシュで得た感覚を忘れずに編集に生かして」ということで、色々助言をいただく。人間関係を明確にしていなかったけれど、即興を連ねることで少しずつ「こういう関係性なのかな?」と思えてきたり、また、カメラを通して見る俳優の姿が普段とは全然違っていて、自分たちで回していながらも面白いなとしみじみ。

さて、編集に入ります。ここから果たしてどんな作品になるのか。

 

2021/2/17 文責:浅田麻衣

俳優レッスン/積み上げる、実践する

通年で日曜日に実施していた俳優レッスンを行います。基本はダイアローグのテキストを2時間×3回の自主稽古を経てレッスン日に上演していきます。定期的な演技の実践をすることで、各人の課題に取り組み、技術の向上を目指します。(別途稽古時間有り)。(*高等科要綱から抜粋)

山内健司さん、兵藤公美さん、近藤強さんが担当する実技ゼミ「俳優レッスン」。
要綱にある通り、俳優レッスンはアクターズ・コース修了生を対象に開かれていたレッスンでもある。受講生時代修了公演が終わって、今後どうするか、自分はどうしたいのかということを考えていた当時の私にとって、「継続した学びの場」があること、立ち返る場所があるということは非常に心強い存在であった。

ただ、この俳優レッスンは、講師からフィードバックを与えられるだけの講義ではない。レッスン日に向けて自主稽古を設けて、自分たちで課題に向けて稽古を重ね、それを発表しなくてはならない。自分は今回、第2タームを受講している。その模様をレポートに起こしてみようと思う。
(文:浅田麻衣 ) 

レッスン日までの稽古について

レッスン初日では、各々が取り組む課題(脚本)の選定とペア作りを行う(基本的にダイアローグだが、モノローグを希望する場合は1人で取り組んでも良い)。みんながやりたい課題を持ち寄って読んでみるのだが、それがまず楽しい。自分が知らない脚本に出会えたり、また、「課題には向かないかもしれないけど、ただ読んでみたい」という理由で脚本を持ってくるのももちろん可能。
私も今回、10年前に自分が取り組んだ脚本で当時けっちょんけっちょんにお客様にも言われ、個人的にも「なんでこんなにもできないんだろう」と撃沈した脚本を持ってきたのだが、久々に読んで「あれ、なんで当時あんなに自分は苦しんでいたんだろう‥‥」と思うことしばし。(当時の悲惨な思い出が払拭されたのは面白いけれど、その理由がなんなのか考えてみよう)

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レッスンまでの稽古について

ペアが選定された後は、それぞれで稽古開始。
私が一昨年に参加した時はアクターズ・コース第1期の方がペアで、お互い顔は知っているけど、芝居を一緒にやる機会があるなんて思いもしなかった方だった。そのため、まず「初めまして」から始まり、関係を築き合うところ、共通言語つくりから始まった俳優レッスンだった。
今回私のペアは第8期の修了生さんで、一緒に修了公演『革命日記』で共演もした相手。レッスン日までにお互いの予定を合わせ、稽古日を組む。

当日、レッスン日

レッスンは朝10:00〜。この日は兵藤さんが担当。午前中に発表ということで、身体もそれに合わせて起こしていかないといけない。
全員揃った後、まずは「名前鬼」で身体と頭を起こしていく。

※「名前鬼」とは(色々バージョンがあるようですが、ベーシックなものを)
1、参加者で円を作り、1人ずつ自分が呼ばれたい名前を発表。
2、1人鬼を決めて、円の中央に鬼が立つ。
3、鬼にタッチされそうになったら、自分と鬼以外の誰かの名前を呼ぶ。
4、呼ばれた人に鬼が交代。呼ばれた人は「はい!」と挙手をしながら返事をして、亜dれかにタッチしに行く。
5、鬼にタッチされる前に名前を呼べればセーフだが、名前を間違えたり、名前が出てこなかったりして名前を言えずに鬼にタッチをされたらアウト。

「名前鬼」は連続して思考する頭と身体が必要になるので、兵藤さん曰く、稽古前によくやるワークとのことだった。確かに演技中の身体と頭に状態が似ている。
それが終わったら、各ペアで発表スタート。

f:id:eigabigakkou:20210210161618p:plain(個人的には、ただ「やってしまった」感で敗北感でいっぱいでした。稽古始めたばかりの、あの「やってしまった」感は一体なんなんでしょう) 

終わった後は、まず「やってみた感想」を聞かれる。これはどの講師が担当される時も同じ。受講生時代も演じた後はまずこれを聞かれていた。そしてそれを基にフィードバックや、講師から見ての感想、提案が為される。
この「やってみた感想」がなかなか難しい。受講生時代言われていたのは、違和感があったところをそのままにしない、なるべく具体的に、明確に話す。そしてそれを払拭したいのか、もしくはそのままでやってみてもいいのか、今後のプランを明確にデザインするということ。勿論具体性が持てない場合は曖昧なままでもいいが、まず共有するために言葉にするということは「自分で創れる俳優になる」というアクターズ・コースの根幹になることだなと思う。

f:id:eigabigakkou:20210210162524j:plainこの日の自分メモ

この日は、お互いにやってみた感想を話し、その後兵藤さんからの意見と今後のプランについて話し合い、発表終了。

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その後は他ペアの発表を見る。この日は対面での講義が初見だったので、それぞれがどのように仕上げてきたのか、見るのがまず楽しい。そしてフィードバック後に芝居をもう一度返す組があったのだが、そこでの変化も面白かった。

当然のことだけど、二人で稽古している時と決定的に違うのは「観客がいる」ということ。ある組で、観客の方で笑いが生まれたシーンがあったのだが、それは演者としては予見していなかった笑いだったとのこと。ちょっと対応に困ってしまった、という感想が演者から出たが、兵藤さんから「じゃあ笑いがおさまるまで待ってしまっていいんじゃない?」という提案が出る。演者が観客も同じ呼吸に連れていけている証拠だから、そこは笑いがおさまるまで待ってしまってもいいだろう、と。呼吸、リズム、呼吸。

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最初俳優レッスンについて知った時、期を跨いでのレッスンということで、知らない人に当たった時、まずお互いの創作姿勢を知るところから始まるって途方もなく大変だし、自分たちで創作するということに自信が持てなかったため、数年受講を迷っていた時期があった。明確な目的意識がないと、台詞覚えも演技も曖昧な状態でやってしまうということがあるのでは?という危惧。

確かに自分たちで積み上げなくちゃいけないことも多いし、予定も立てなくちゃいけなくて大変な面はあるけれど、過去2回やって少なくとも意識として「適当にやる」ということはないし(まあそもそもそんな意識を持つ人が受けないですよねということも気づいていなかった)途中停滞した時も、「停滞してるわ」という危機感がお互いに生じるので、過去やった演技のワークを引っ張り出してきたり、全く違うアプローチでやってみたりと、俳優視点から創ったらこうなるんだ、ということが見えて面白かった。

あとレッスン日は2回。過程を楽しみながらやっていこうと思う。


文責:浅田麻衣 

高等科生の現在/アクターズ第3期修了・酒井進吾さん

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アクターズ・コースを修了して、様々な方向に進んでいる修了生たち。
高等科を受講している現在の彼らに、スポットを当てました。第四弾はアクターズ・コース3期を修了した酒井進吾さんです。

——アクターズ・コースに入るまでに、演劇ってされてらっしゃったんですか? 

酒井 僕小田原なんですけど、社会人の劇団に入ってたのかな。なんかまあ演劇好きな連中が集まって年に一回、公民館っていうか市民会館みたいなところでやる、みたいな。そういう感じのものをやってましたね。 

——社会人劇団に入る前までは、演劇には関わりはなかったんですかね。 

酒井 大学の時に、観劇サークルっていうのに入ってました。その時金沢にいたんですけど、月に1,000円か2,000円払って演劇を観に行く、みたいな。 

——上演するんじゃなくて、観に行く。 

酒井 はい、観劇だけのためのサークルで、あと一切何もないという。 

——じゃあ、その社会人劇団に入ったのは、観劇体験がきっかけなんですかね。 

酒井 きっかけはあれです。それまでバンドやってたんですね。バンドでラッパを吹いてて。そのバンドも、まあ好きなことやってるバンドだったんですよね。で、なんかある日「もうちょっと音楽理論勉強したら伸びるのに」って言われた瞬間、なんか壊れたんですよ。「えっ?何言ってんの?何言ってんの?」みたいな。壊れて、それから全然そのバンドを続ける意思がなくなってしまって。やーめた、って言って、やめちゃったんですよ。で、そのバンドの周辺にいる人たちに「マイクをやってくんない?」って言われて。なんだか知らないけど、ミキシングかなんかやんのかなと思って行ったんですよ。そしたら「マイク」っていう役だったんですよ。人の。 

——「マイク」役。 

酒井 まあ、そういうどうでもいいきっかけで。「やってみる?」って言われた時に、やっぱバンドやってたっていうのがあって、人前で何かやってるっていうことに意味があったんでしょうね。「やりたい」って自分が言ったっていうことは。ひとごとみたいにいいますけど。で、やってみて、演出家の言ってることが分からなかったんですよ。どっちかっていうと感情系のことを言われたんですね。感情っていう言い方はしないけど「そういう表現じゃないほうがいいな」とか。「えっ、何言ってんのこの人?」っていうか。どうみても正解はないじゃないですか。まあ、その人の正解はあるんだろうと思うんですけど。分からなかったんですね、全然。
 で9、10年くらいやってたんですかね。ある日主宰の人が「解散します」って言ったんです。それが2013年、アクターズに入る‥‥いや違うか。その一年前になくなって、「あっそうですか」って言って。でもなんかムラムラしてて。だんだんその、分からない演劇に興味を持っていったんですよ。で「行ったらわかるのかー?」と思って。その頃は(アクターズ・コースは)一年間だったんですね。「あっ、一年間頑張ればなんか分かんのかな」と思って行った、っていうことですね。 

——アクターズ・コースで一年間やって、何か分かりました? 

酒井 いや、分からなくていいんだって思ったんです。答えは。分からないものが好きなんですね、私。分からないと興味を持たないっていうことがあって、で、研究やってるんですけど、研究では、分からないことが出発なんですよね。大抵のものは。分からないものに対してどうやってアプローチしていくかみたいな感じなので。今の研究は分からないことは棚の上に置いときますけどね。分かることをカスタマイズする時代なので。ある意味頭いいなあって思いますけど。だから、分からなくてもいいというか、なんかいろんなことを放り込んで、実験に似てるなと思ったんですよ。「あ、演劇って実験してればいいんだ!」っていうのは思いましたね。それから小田原に戻って、一回自分で書いて演出して、上演をしたんですけど。創るっていうことは、(アクターズ・コースに)行ってなきゃまずしなかったですね。 

f:id:eigabigakkou:20210128135255j:plainアクターズ・コース第3期実習作品『どきどきメモリアル』(古澤健監督)

——私、完全に文系の頭で全然分かってない気がしてならないんですけど‥‥所謂国語とかとは違って、理科とか数学って分かりやすさ、答えが明快に一つあるのかと思ってたんですけど。‥‥あ、でもその見つける過程がすごく時間がかかるということなんですかね。 

酒井 見つからないですね。分からないものを、自分なりに正解を客観的に人に伝えなくちゃいけないわけじゃないですか。「ST○P細胞はあります」みたいな。ああいうノリになってくるわけですよね。まあぶっちゃけ言うと(笑)。半分、半分どころかそれを論文に書いたりしなくちゃいけない、まあ、会社はそれを仕事として認めてませんけど。でも、書くわけじゃないですか。だから、何をもってそれが「本当だ」というのを自覚しないと書けないんですよ。逆に言うと、他の人の論文を読んで他の人と同じことをやっても、なかなか同じ答えは出なかったりするんですよ。やっぱり。ただ、まあ当たり前ですけれどもすごく影響力のある素晴らしい論文っていうのはやっても同じ結果が出ますよ(笑)。だからそうなってくると、やってることが本当に起こるかがまず示さなきゃいけないことで。「誰がやっても起こる」とか。ST○P細胞になりますけど、だんだん。そういう世界になってくるんですよ。‥‥それを自分で判断をするってことですよね。
 あ、昔、上司と喧嘩したことありました。「統計的に有意だから、この差はあるんだよ」って上司に言われて。「いや、ないですよ。1.1倍しか変わらないですよ」「あるの!」って言われて。「有意差がこんなについてんじゃん」って言うですよ。本当はその統計のアプローチって、この二つが、「差がない」と仮定したら、「差がない」ことがおこるのは5%よりも下だから十分「差があること」はおこりうるってことなんですよ。だから効果を言ってるんじゃないんですよね。それは「差がないことはめったにおこらない」って言ってるだけで、結局その10%の差っていうものを、他者に伝える度胸があるかって話ですよ。もし、それを上司の言うように「出ました」って言って隣にぱっと伝わって、隣の人間がやったとして出んかったら、ぶっちゃけおしまいじゃないですか(笑)。「大丈夫だよ」って何を根拠に大丈夫って言ってんのかよく分からなくて喧嘩したことはありましたね。‥‥なんか、何の話にもつながりませんけど。 

——いや、面白いです。逆説的な感じがすごく。 

酒井 「差がないことはめったにおこらない」っていうことが正しい言い方。起こってる効果を言ってるんじゃないんですよね。でも、有意差主義っていうのがあって。有意差がついちゃったら、「統計的に起こってることだから、次いってみよう」によくなっちゃうんですよ。そうすると、3回目くらいで転ぶっていう。3回も有意差は続きませんから、確率の掛け算みたいになってくるんで。だから怖いんですよね。データを自分で「マジだ」って言うのは。‥‥だから、分からないということに対してそうやって、自分の中で自分なりの物差しを使って再現をみてくことは好きだったんですよ。だから、分かるということよりも「これはおこるんだ、本当に?」程度ですね。そんなことをずーっとやってましたね。 

f:id:eigabigakkou:20210128135520j:plain『額』舞台写真

——実際にご自身で作品を作った時、テーマにしたこととかあったんですか? 

酒井 『額』っていう作品だったんですけど。ちょっとありがちっていえばありがちですけど、大きな額が舞台の中にあって。女性の画家がその絵を売りに来て。美術館の椅子みたいなところに座ってるんですよね。そこに、Aっていう男と、Bっていうのは昔恋人だった男。もう破綻しそうな男B、その男が「売ろう」って言ったわけですよ。その絵を。で、絵に対してすごく興味を持ってる男Aっていうのがいて、ぐじゃぐじゃするっていう話です。額だけなので絵っていうのはそこにないんですけれども。Aから見たCみたいなのがあって。みんなそれに対してのCに違う感覚を持ってて。で、ひっくり返すと額って見てるものと見られるものが逆になったりするじゃないですか。「面白いかも」って感じでやってみました、みたいな(笑)。うまく説明できませんけど(笑)。  
 売りたくない女性の画家と、売らなきゃ芸術にならないんじゃない?っていう男と意見が対立して、男は「いい作品だ」っていうふうに分かった、同時に自分が無能だと分かった。同じように画家を目指してたわけですよ。だから売りに回ったと。で、女の画家の方は「意味わかんない」っていうのでぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃあって、それでその、来た男Aが茶々を入れるっていう話で。でその、見に来た男の過去の経験と、女の画家の、男との過去の経験がだぶったりするのもあって。要するに「額」って切り取って「作品にして留めちゃう」っていうことと、女の画家がやりたかったことっていうのは切り取ることじゃなかった、っていうことが、こう「どっちなんだ?」っていう感じです。どっちなんだ、っていうかどっちもなんだろうね、っていう話です。 

——今聞いてて、美意識のこととかをなんとなく考えてたんですけど。額縁に絵がそもそもない、ないものに対して人間が語るとか、不思議な世界観ですね。 

酒井 それを、なんとかっていうアーカイブにあげたんですね。脚本をこうシェアできる。そしたら2回上演されて、その作品が。その時は嬉しかったです。一個が高校生だったんです。で、もう一つは名古屋の大学生の演劇サークルだったんですけど。名古屋は観に行けなかったんですけど、高校の方は観に行けて。演劇部に「難しいんで解説に来てください」って言われて。それを選んだ子も「面白そうだからやってみようと思いました」みたいな感じだったんですけど。なかなか面白かったですけどね。 

——いいですね、自分の作品を他者がやってくれるって。 

酒井 そうですね、へええーーーって思いました。 

——しかも高校生が。 

酒井 県大会があって、代表には全然なれなかったんですけど。審査員のコメントが面白かったです。「よくこんな作品を選んだね」って言われて(笑)。面白かったですね。でも結構、よく覚えてないですけどいいコメントをいただいたと思います。 

——『額』の後は、作品は作ってらっしゃらないんですか? 

酒井 今ちょっと稽古してます。稽古してるんですけど、またコロナでぐじゃぐじゃで色々あって。やるよやるよってずっと嘘ついてるみたいな(笑)。 

——それは舞台作品? 

酒井 まあ舞台でしょうかね。人前でやるっていう意味では舞台ですけど。『額』っていう作品も会議室でやったんですよ。 

——劇場とかではなかったんですね。 

酒井 なかったですね。そんなお金があるわけでもなかったし。借りれたらいいわ、みたいな。今回も借りれたらいいわ、みたいな感じです。

——舞台ではなく、映像を作るっていう方向にはいかないんですかね? 

酒井 うーん。いかないですね。私物覚えも悪いですし滑舌も悪いじゃないですか。カットに集中するっていうのは怖いですね。映画美学校まわりの自主映画とか、そういうのにはいくつか出たことがあるんですけど。一緒にやってすごく楽しい人たちもいましたけど、なんていうんですかね。迷惑感この上ないですよね、この私が、周りのスタッフに対して。うまくいかないと(笑)。なんていうのかな。あの雰囲気に対して。いや、俳優以外の皆さんすごくいい人ですよ。でも、いい人っていうのがいないじゃないですか、演劇作っている時。なんていうんだろう、ある意味、スタッフの方が観客に見える‥‥観客でもないのか。でも、ありえないものが存在してますよね。カメラとか。ある出来事をみんなで創っている意味では同じなんでしょうが。なんか違いますね。 自分が未熟なだけなんですが。でも、「出演、どうですか?」って言われたらすぐ「はい、ぜひ」って受けますけど。そういうきっかけは大切にしようと思ってますけど。どっちのが好きかって言われたら、演劇の方が好きなんですかね。 

——見るのも演劇の方が多いですか?あまり映画館には行かれない? 

酒井 いや、映画は見ます、わりと。それも映画美学校に行くようになってから見るようになったかもしれないですね。映画って本当に『スターウォーズ』とかしか観てなかったです。所謂超娯楽大作しか観なかったですけど。そういうものじゃないんだ、っていうことに気づきましたからね。だいたいあの、地方にいると小劇場みたいなものってないじゃないですか。だから、こんなに幅広い作品があるっていうのはほんまに社会人になるまで知りませんでした。それに「創る」っていうことが映画美学校なんで、「創る」って視点で映画をみるとすごくいろんなものがあって面白いなぁと思いました。ざっくり言ってしまうと。 

——その、映像の現場が苦手ってなんなんですかね。 

酒井 なんでしょうね。映画ってやっぱりこう、自分の感覚じゃないところがあるじゃないですか。その人の足元みたいなところに顔が映ってたり・・・自分の五感じゃないところに「ある画角がやってくる」みたいな。あれが苦手です。「この一瞬に鼻の穴撮ってんのかな、今?」みたいな。「何してんだろう?」みたいな。「はい、OKです」って言われても分かんないじゃないですか。(撮った素材を)見せるところもありますけど。で、ラッシュとかがあって「うわーー」みたいな(笑)。 

——最終的に作品になったものを見ても「うわーー」ってなります? 

酒井 作品になった時思いますね。ラッシュの時は全部あるじゃないですか。「えっこれ撮ったんだ?へえ‥‥」みたいな。まあそれはそれで別に、うん。でも作品になったら、「え〜〜こうなる」みたいな。編集作業に加わったわけでもなんでもないわけですからって思いますけど。なんか刻まれた感あります。自分が未熟なだけですけどね。演劇が好きなのって多分、人間が人間を見てるっていうこと自体の情報量が多いからのような気がするんですよね。私なんか、台詞覚えも悪いけど台詞を聞き取るのも悪くて。劇観に行っても、自分と波長が合わない台詞は流れていってしまう。何言ってんのか分かんない状態にすぐなってしまう。どっちが妹でどっちが姉だったっけ?みたいな。でも人の動きをずっと見てるのは好きなんですよ。そっちの方ばっかり見てたりとか、音響とか光り具合とか、そういうものに興味がいってしまうのも多くて。「人見てないじゃない」って言われるかもしれませんけど。
 人がどこ見てんのかって人の勝手で、言葉を聞きながら何を見てるのかって勝手じゃないですか。そういう勝手感も演劇って生々しいっていうか。いいのかなって思いますね。それが映像になって切り取られてしまうと、ある種の物体のように見えます。彫刻みたいに周りに回ったら変わることもないですよね。逆にいうと、完全に受動体になってみようと思ったり。私にカメラマンの目と耳をつけた・・みたいに観ると、結構面白かったりします。色んな作品が。 あと演劇って、何遍も何遍も繰り返してできるじゃないですか、同じことが。それがいいんでしょうね。何遍も何遍も実験して、有意差じゃないけど。再現性を探り合うみたいな、なんか似てるんですよね、そういうことが。

——確かに稽古って実験ですよね。 

酒井 そうなんですよ。実験とすごく親和性が高いなと思って。演劇楽しいですよ。でも残ったりするわけじゃないですけどね。 

——そこ好きですけどね。残らなさ。 

酒井 それはそれでいいんじゃないのかなておもいます。 

f:id:eigabigakkou:20210128135453j:plainle9juin 『娘、父、わたしたち』 (作・演出 藤井治香)舞台写真

——観劇してて、「この舞台は良かったな」「このシーンは未だに覚えてるな」っていう舞台あります? 

酒井 やっぱり私、一番衝撃的だった舞台は青年団ですよ。「なんじゃこりゃ?」って思いましたもん。素朴に驚いた。なんだこれは、みたいな。今まで演劇とは人の前でパフォーマンスをすることだって思ってきた人間だったんで。あとは松井(周)さんの作品ですね。気持ち悪いじゃないですか。気持ち悪いこと、分からないことって、自分にとってはすごく近いことなんで。なんでこんな気持ち悪いのこれ?って。‥‥っていうか半分は、ストーリーや背景っていうのもありますけど。最近なんか、そういう気持ちわるさみたいな感覚的なことにぶつかってます。「演劇で何がしたいんだ?」みたいな(笑)。 

——それは自分に対してですか?

酒井 そうですね。何を創ろうとしてるんだ?っていうことすごく考えます。なんか、「フィクション」ってよく出てくるじゃないですか、(アクターズ・コース高等科の山内健司さんの)「演技論演技術」の講義で。フィクションの意味がよく分からない(笑)。 

——あれってなんなんですかね?私も、前に「浅田はフィクション性高い」って昔言われたことがあって、全然分からなくて。

酒井 そう。分からないんですよ、フィクション。フィクションがでかいって何?みたいな。 

——フィクションの意味は、虚像、嘘、作り話‥‥虚構性が高い?物語性が高いっていうことですかね。 

酒井 逆にいうとそういうこともありますよね。どこが、何がフィクションなの?みたいな。 

——そう考えると、フィクション、ノンフィクションの境目もなんだか。 

酒井 安部公房の演劇論があった時に、「仮面」って出てきたじゃないですか。仮面被ったら自分の顔じゃないんだから「嘘」だよね、みたいな。でも仮面っていう実在するモノを被るわけじゃないですか。ああ!って思ったんですけど。じゃあ、モノに嘘があってもいいわけですよね。空間に嘘があってもいいし、心の中に嘘があってもいいし。社会に嘘があってもいいわけじゃないですかなんか、心の嘘みたいなそんな心情的な描写が得意なわけでもないし、何の嘘つきたいの?みたいな(笑)。で、ふと戻ると『額』のことも嘘だったのかなって思うわけですよ。舞台の上に額があるって嘘ですよね。じゃあそういうものをポンと出すことによってああいうことが起こったんだって最近思うようになって。で、なんかポンって出せばいいんだって最近思ってて(笑)。なんか「出す」とか極端に何か「無くなる」とか。なんかそんなんでいいんじゃないの?みたいな気がしてて。 

——嘘を考え出すと、逆に「本当」って何なの?とかすごい手繰って考えてしまって。 

酒井 本当っていうものが、ぶっちゃけて言うとないじゃないですか。対極として嘘と本当を1軸にしたところで、ここからは嘘、とかはないわけですよね。本当とフィクションって常に表と裏みたいに同時に存在してるものじゃないかなって。そう思った時に、面白いことが頭に浮かぶのかなーと思って‥‥何にも浮かばない今日この頃ですね。 

——関西にいた頃、顔を白塗りにして作品を何個か作ってたんですけど。今思うとそれを「仮面」というか嘘にしてたんだろうなと思うんですけど。コンクールに出した時には「意味が分からない」ってめちゃくちゃ言われましたね。 

酒井 意味が分からないっていうじゃないですか、人って。意味が分かる方がびっくりするというか「本当に意味分かってんの?」って思うじゃないですか、どっかで。「えっ何分かってんの?」みたいな。自分も分かんないのに分かったんだ、みたいな。わかる・わからないって真実・フィクションみたいだなぁって。今稽古してても、「使ってる日本語がおかしい」とか言われますけど。意味分かんないって。「いや、分からなくてもいいです」って言うとみんなドン引きして。(笑)。

——演出が言ってることが分からないと作品作れないから(笑)。 

酒井 「いや、とにかく普通にやってみましょう」みたいなことを言ってるんですけど。その普通が感覚的にこっちからみるとちょっと違うフィクションだったりするわけじゃないですか。ある人がやってるものが。逆に「そのフィクションもありなのか?」みたいな。フィクションの付け所っていうのか。でもそういうところのフィクションはどうでもいいんですって言ったら、またまたなんか大変になっちゃいますし。大変なことっていうか、みんなで楽しんで創ってるんでいいっちゃいいんですけど。 

——だから今、「演技論演技術」で古今東西色んな人が自分のやってることに意味をつけたりとか、「これが私の演技術だ」って本を書いていることが、本当に凄いなって思いますね。 

酒井 それがある意味フィクションですよね。多分。言語化して何かのフレーム、一種のマスクじゃないけど、そういうものを創造して反応として何か出てくるっていうことをリアリティーってしましょうみたいな。そのフィクションに対して、なんかこうなっちゃった、っていう方がリアリティーみたいな。そのまあ例えば、「横隔膜の高さ!」とか降りてくるにはとか‥‥それによっておこる人間の反応が面白いんでしょうね、多分。そういうことから思うと、フィクションを言語化できるって凄いなと思いますね。 

——その演技論の本自体がもはや「演劇」に見えるし、その本をふむふむって読むことの行為がもはや面白いなと最近思って。 

酒井 そういったものが根底に流れてる戯曲って、もうそれだけで凄いんでしょうね。そういう風にしなくても、違うように料理できるかもしれませんけど。‥‥だって演技論聞いて、その人の演技見て「うん、なるほど」って言ってるのが観劇なのか?みたいな気もするし。美術館に行った時、最近多いじゃないですか。説明があるのが。「この展示はこういうテーマに乗っ取って書いております」みたいな。読んじゃいますけど。絵を見て。題名を見るみたいなことをやれなくなっちゃう。自分が弱いだけなんですが。それを見ちゃうと。そもそも背景こうだよ、みたいな。ああいうものを見ちゃうとえ~どうしよって思います。なんか、もうダラダラっと置いといてくれよ、みたいな(笑)。 

——まず見て、自分の感覚で感じたいですよね。そのあと背景があるならあるで、もちろん知りたいですけど。最近情報が凄い過多な気がしてます。優しくしようとしてんのかは分からないですけど。 

酒井 なんか、分かりやすいことがすごくいいこと、みたいになってきてるんで。どんどん。 

——分かりやすさを美徳とするあの感じ、なんなんですかね。 

酒井 気持ち悪いですね。‥‥やっぱり、なんか共有したいからじゃないですかね?(笑)。なんかこう、情報量を減縮して共有したい、みたいな。「あーそこ分かる」みたいな一つのことにして。 

——それってなんか独裁的な、ナチス的な何か凄い恐怖を感じる。 

酒井 そうそう、だから怖いんですよ。みんな好きなことをやってる時の盛り上がり方とか、導火線があったら「ボン!」といったらみんな「ボン!」っていくんちゃう?そういう気もあって。怖いなーと思いますね。 

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標本室『セルフサービス』(構成・演出:松井周)

酒井 今はあれですか、浅田さんはどっかで稽古に励んでたりするんですか? 

——今は、一つの作品の稽古っていうのは高等科の俳優レッスンの稽古くらいですね。一度、アクターズ同期の子と神社で別役実の作品をやったのは面白かったですね。最後にギロチンで人形の首を飛ばしたりとかする結構過激な内容を神社で。あと、稽古途中で御神体に背を向けてやってもいいのか?って話になって、神主さんに相談したら「あ、御神体の鏡を隠すので大丈夫ですよ」って言われて。 

酒井 紙(神棚封じ)も貼ったってことですか? 

——あ、紙は貼ってないですね。私がやったところは、御神体の扉を閉めればOKでした。 

酒井 家でもあるじゃないですか、仏壇と神棚があって、「法事やるときには紙貼っとけ」って。まさに、紙がフィクションっていうことですよね。そういうの何かないかな、と思ってるんですよ。最近興味持ってるのが、時々「演技論演技術」のところにも書いちゃってますけど「脱人間中心主義」とか。人間が考えているわけですけどね、演劇とかも。人間から生まれてきたのかもしれませんけど。なんかこう、(「演技論演技術」の)岡田(利規)さんの時にもちらっと思ったんですけど。俳優が何かを演技してると、人間自体が浮き立ってこないっていうこともありますよね。だったら、立ってるだけでいいの?とか言われそうですけど。「じゃあ何するんだよ?」と言われると、「うん、何するのかな?」ってなっちゃいますけど。そういうのになんか興味があるんです。で、先ほどの『額』にしても、モノとか「何かがない」とかいうことのにすごく色々思ったりします。人間が右往左往してしまうっていうとそれで終わりなんですけど。特定の目的をもって誰かが誰かに何かをするみたいなところではないところというか。

——でもそうなると、所謂「現代アート」とかそういう方向にカテゴライズされてしまうんですかね。演劇になりえるんだろうか。 

酒井 アートっていうのも分からないですけど。なんていうんだろう、フィクションがどこにあるんだろう?と近いんですよ。例えば「風が見える」っていうのもフィクションじゃないですか。「風が見える奴が出てきて演技をするって何?」みたいな。音とかもそうですよね。うまく言えないんですけど。フィクションっていうか何か建てつけになるのかな?って

——その話聞いてて思い出したんですけど。先輩が田んぼで演劇やるって言って、昔観に行ったんですよ。田んぼにドン!って篝火みたいなやつがあるだけのところで。最初に「演劇やりまーす」って俳優が言って、篝火に火をつけて。そこから10分くらい何も起こらず、「何この時間‥‥」ってなってたら、俳優が出てきてゴロゴロ田んぼを転がって、転がり切ったら起き上がって「終わります」って言って終わったんですけど、あれはもうめっちゃ拍手しましたね。私一人だった気がしますけど、拍手したの。 

酒井 素晴らしい。素晴らしいというか、うん。 

——そうだよね!と思って、全部が腑に落ちたんですよね。 田んぼ、火、人間、ってあったらそうするわ!と思って。私が勝手に分かった気になってるだけかもしれないですけど。 

酒井 そういうことですよ。なんか。いや、地面があって、人間がいて、やることっていうか、そういう関わりってなったら、いろんなものが削ぎ落とされていくっていうか。うまく言えないですけど。地面に対する欲求みたいなものってもくもくと湧いてきたりするじゃないですか。人によって違うかもしれないですけど。そういうのは何だろう、演技とはちがってくるのか?とか。 

——物語があって、役があってっていうのも勿論好きなんですよ。ただあの時目撃したようなこともやりたいなとはずっと思ってるんです。

酒井 地方だから、とか言ってもあれなんですけど、なかなかそういうことに「楽しい!」って思ってくれる人が少ないっていうか、いないですよ。だいたい、「ああ、芝居をやってるんだ」って難しいというか。伝えるのが。

 ——他者への言語化っていうこともありますよね。私自身、俳優レッスン現在受けてますが、もちろん作品として仕上げたいという最終目標はありますが、相方を組む子との共通言語を稽古を通して見つけたい、自分の内面で思ってることをちゃんと言語化したいというのはありますね。 

酒井 言語化って本当にそうですねね、自分のボキャブラリーが少ないというか国語が嫌だったのを今本当に後悔してますね。 

——そうですか?すごく言葉を持ってらっしゃる気がしますけど。 

酒井 ないですよ。ないです。「なんか、1と2の間ね」みたいなことしか言えないんですよ。「AとBがあって、このへん」みたいな。そういう、仮想の軸があってこのへん、としか言えないというか。軸の言葉さえないんですね。こうしてみようということが提案できればいいんでしょうけど、それがなかなか難しい。分からないことばっかりであれなんですけど。 

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音のイメージ
——高等科受けても、結局分からないことばかりで良かったですね、個人的には。 

酒井 面白いですよね。でもなんか、何か創ってみようっていうネットワークみたいなものがあるっていうのはすごく羨ましいですよ。私的にいうと。地方のことばっかりいうのはあれですけど。探し方が足りないだけだろって言われそうですが。 

——いや、ネットワーク‥‥ほぼ断絶してるんで‥‥創作ってなると今一緒にやるっていう人はなかなか‥‥やろうねって誓い合ってる人はいますけど(笑)。 

酒井 ほんまに、ずっと稽古してますよ。ダラダラダラダラ(こつこつこつ)。みなさん、創るということに興味をもっていることは嬉しいんですが。何か足らないというか大切なものが見つかってない気がして。でも、ものすごく気持ち良くしたいんですよ、逆に。気持ち悪いのがすごく好きだから「何これ?」っていうぐらい気持ちいいってどおうなんだろう?とか。俳優が台詞を喋るじゃないですか。喋り方のリズムっていうか音っていうか身体にす~と通り過ぎてくみたいな。 疑問すらなんかもう右から左に全部流れていっちゃうみたいな。そういうのをこっちにしたら、別の世界が立ち上がらないかなと思って(笑)。ごめんなさい、抽象的なことばかり言って。 

——いや、どうやったら立ち上がるんだろうとずっと思ってました。 

酒井 言葉の意味じゃなくて音の意味とか、みたいな。すごく人間臭いこと言ってますけどね、逆に。ひっくり返してしまうと、いろんな自分の周りの音っていうのが、自分に話しかけてくるっていうようなことが立ち上がらないのか。風なことを考えてます(笑)。 

——すごく観たいですそれ。

酒井 すっごく面白くないですよ(笑)。人に話してすごく墓穴を掘ってるんですけど。むかーしそれを、覚えてないかもしれないですけど横田(僚平)さんに喋ったら、「酒井さん無謀だわ!」って(笑)。面白そうだけどね、なんか、なんだそれは?って感じですよね。「なんだか分からない」って言われて、そうだねー、みたいな(笑)。台詞っていうよりも人の喋り声に興味深々です。 

——むずっ。 

酒井 もうこうやって人に喋るごとに自分の首を絞めて、なんとかしないといけないと思うこのごろです。。 

——楽しみにしてます。 

酒井 今年中には上演にこぎつけたいですが・・。

 

酒井進吾(Sakai Shingo)
1961年生まれ。三重県出身。金沢大学理学部生物学科修士課程卒業。映画美学校アクターズ・コース第3期終了。
すきなもの:ナス、生姜、お酒
最近の興味:思弁的実在論・アート・太極拳
メーカーで研究員をやりながら、マイペースで演劇の世界を探索。現在、次回作にむけて稽古中。

出演作:
2016年『額』作・演出・出演 
2017年 『おそろし村』(加藤正顕監督)
2018年 le9juin 『聞き覚えのある名前』(作・演出 藤井治香)
2018年 le9juin『娘、父、わたしたち』 (作・演出 藤井治香) 
2019年 "Mistakes in Tokyo" (Steffan Griffiths監督)
2020年 8月 標本室『セルフサービス』(構成・演出:松井周) 

 

2021/1/19 インタビュー・構成/浅田麻衣

「脚本分析 〜シーンを分割する〜」那須愛美さんインタビュー

今回は「実技ゼミ」のうち、近藤強さんが講師を務める「脚本分析 〜シーンを分割する〜」ゼミについて、実際に講義を受けているアクターズ・コース7期修了生の那須愛美さんにお話をお伺いしました。

「脚本分析 〜シーンを分割する〜」(近藤さんのゼミ説明より)

脚本を読み込む過程で、各シーンを一定のルールに沿って分割し、俳優が役として行動可能なユニット(単位)にシーンを落とし込むという考え方があります。俳優はこのユニットをベースにして演技プランを考えることも可能です。この講義では、まずシーン分割の方法を紹介、実際にシーンを分割し、毎回の講義ではグループディスカッションします。今回は、1 冊の台本を全編通して分析します。
また、演技プラン作成の参考としてマイズナーテクニックに基づく演技本「俳優のためのハンドブック」を併読します。台本は現代劇を予定。日頃、現場ではじっくりと脚本分析/テーブルワークをする機会が少ないことが多々あるので、時間をかけて話すことで、脚本分析の技術習得を目指し、1つのシーンの持つ様々な可能性を探ります。  

 

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——近藤さんの「脚本分析ゼミ」についてまず教えてもらえますか?

那須 『俳優のためのハンドブック』に沿って、それを全編ちゃんとゆっくり読みながらやろう、みたいな感じで。で、それを踏まえて(平田)オリザさんの『隣にいても一人』を分析してみようっていうゼミです、ざっくりいうと。『ハンドブック』は最初アメリカで出版されてて、それを翻訳して出版されてるんですけど、途中途中、近藤さんがアメリカ特有のニュアンスを和訳しなおして。

——英語の原本から和訳したんですか?

那須 そう、全部でもないけど結構なページを近藤さんが和訳して、それでとりあえず一冊読みきって。で、『隣にいても一人』の方は、本当は最初「全編分析しよう」みたいな感じだったんですけど、だいぶゆっくりなペースだったから進まず。一場はとりあえず分析までして、でもやっぱり分析しただけだとそれが合ってるのか分からないよね、実際やってみたい、みたいな声がありまして。そういうことで、一場の部分を軽く覚えて読んで、っていうのをやってます。今。

——ハンドブックって確か、ビートで刻んで、動詞をあてはめて、ってやつでしたっけ。

那須 そうですそうです。ビートがあって、そこで人物は何をしていたのかっていうのと、あと必要なアクション。例えば、何かを「説明する」とか「説得する」みたいな。まあ「説明する」は人物が言ってることで、その裏っていうか、そこにずっと流れている動詞みたいなのが相手を「説得する」とか。目的みたいなことかな。

——ビートって塊にはどう分けるんだったっけ‥‥?

那須 塊は、新しい情報が出てきたり、人物が出てきたりするところ。大体そこで切ることが多いけど、でもそこで切ったら自分の中でうまくいかない、みたいな人はもうちょっと細かく割ってもいいよ、みたいな感じになってます、今。講義では。

——本来は違う?

那須 本来は新しい情報が出た時が、ビートの切り替わりっていうふうに本には書いてあります。でもそれだと『隣にいても一人』だとすごく長くなっちゃうから、それだと難しいってなったら、もうちょっと細かく割ったりしてます。

——その脚本の「大目的」の考え方とは一緒でしたっけ?なんか混同してるかも、色々。

那須 あ、大目的が「不可欠なアクション」みたいな。なんか1ビート1アクション、みたいな感じで。そのビートに一つの必要不可欠なアクションがあって、そのツールがいっぱいある感じ。例えば「説得する」っていう不可欠なアクションがあった時に、「今の事情を聞く」とか、「怒る」とか。「諭す」とか「宥める」とかそれがツールみたいな感じで。何が当てはまるかな、みたいな分析をしてます。今。 f:id:eigabigakkou:20210119214129j:plain「脚本分析ゼミ」講義中メモ

——近藤さん自身はそれを役者の時にやってるってことなのかしら?それとも、「このゼミでやってみよう」っていうふうに提案してこのゼミを開催したのかしら。

那須 多分あの本を取り上げたのは、アメリカだとこれが誰でもほとんど知らない人がいないくらいの方法だから。でも、近藤さん自身は結構台本がくるのが遅い座組みによくいるから、そこまで出来ないけど、って言ってました。『俳優のためのハンドブック』に書かれてる方法っていうのは絶対ではなくて、何か困った時に役に立つみたいな方法だから勉強してみようね、みたいな感じです(笑)。ふわっと言うと。

——確か、アクターズ・コースの現役の受講生の時も「動詞」のプリントを渡されてやったよね。全然できなかった思い出しかないけど。

那須 そうなんです。「動詞にしろ」って結構難しかったなっていうのは思ってて。今回講義を受けて思ったけど、なんか、何もないところからぱっと動詞の表を渡されて、「何をしてるか動詞にしよう」って結構難しくて。手順があるんですよね。本の中だと、まずステップ1で「主人公はそもそも何をしてるか書き出してみて、それをまとめると、つまり何をやっているのか」っていうのがあって、そこから導き出される目的っていうか、人物が本当は何をしようとしているか‥‥「不可欠なアクション」って本の中では言ってるんですけど、それを探して。で、それを演技として実行するために、どの動詞を選択するかみたいなのが、結構順を追ってあるから、ぱっと動詞にしようって言われてもわかんないっていうのはそういうことだなっていうのは、近藤さんの講義を受けて思いました。多分オリザさんの戯曲とか特にそうだけど、大きな話の流れの中にちょくちょく関係ない話が入るから、それでわかんなくなることはあるなーと思って。

——講義、みんな大変そうでした?

那須 みんな苦戦してます。動詞を選ぶって作業も、シビアっていうか。しっくりくる動詞を選ぶのがものすごい難しくて。なんだろう、基本的にはその人が納得できる形になればいいんですけど。例えば、『隣にいても一人』だと、男女がいて、急に朝夫婦になっちゃった、みたいな話なんですけど。その主人公の男と女の、男の方のお兄ちゃんと、女の方のお姉ちゃんが元夫婦で、ある日突然、弟、妹が夫婦だって言い張るみたいな、カフカみたいな話なんですけど。それを兄とか姉に説得するみたいな。「説明する」「納得させる」みたいなことが例えば一場だと、兄に「理解してもらう」とか「誤解をとく」とかが不可欠なアクションになるんですよ。‥‥その不可欠なアクション選ぶのにも、ただ「説明する」だと、それだと弱い、みたいな。「納得させる」とかまでいくとちょっと踏み込んだ動詞じゃないですか。そういう強さとかがシビアだし、そもそもその不可欠なアクションを選ぶのに9つルールがあるんですよ。相手を巻き込んだ動詞にすることとか、一行のセリフでぱっと言って終われるような動詞にしないとか、それを全て満たすようなアクションを選ぶのがすごく難しいっていう。

——分析は基本課題でやってきたんですか?それとも講義内で?

那須 課題ですね。課題をやって「どういう分析しましたか?」みたいな感じで。「それだとこうだねー」みたいなことを近藤さんがフィードバックして、みたいな感じですね。もうちょっと自分に近いほうがいいかな、とかそういうアドバイスをしてもらって。

——正解がある感じでもないよね。

那須 正解はない。ないんですけど、自分の中でいかに具体的に実行に、行動に移せるか、みたいなのが。自分の中でしっくりくるかみたいなのが一番大事、みたいな。

——講義が全部で8回あったんでしたっけ。

那須 8回。でも最初の2回か3回はずっとハンドブックをひたすら読むっていう。そこから分析に進みつつ。でも最初は、分析の仕方も「これで合ってるのかな?」みたいなっていうのもあったし、そもそもそのハンドブックのルールをあんまり理解しきれてないっていう部分が多かったから、結局その一場の分析も(講義)3回分くらい使って(笑)。だから全部は分析できてないんですよ。講義の中では。

f:id:eigabigakkou:20171211232536j:plainフィクション・コース第21期初等科&俳優養成講座2017 ミニコラボ実習作品『アウグスト・ストリンドベリ全集 生霊人間』(高橋洋監督)オフショット

——分析して読んだらどれくらい意識として変わるんだろう。

那須 オリザさんの戯曲って多分そうだけど、普通に読んでも読めちゃうじゃないですか。普通に喋れちゃうのを、もうちょっと明らかな目的を持って喋る、みたいなことができるから、分析すると。だから、ちょっと丸腰で相手とのやり取りだけでやるっていうよりは、武器を持った感じ?こいつを説得しなきゃ、みたいな武器を携えてやりとりができるみたいな感じなんですかね。

——武器を増やすっていう感覚、いいですよね。

那須 丸腰だとこう、向こうからきたときに自分の中の手札がありすぎて、次どうしようってなって結局無難なものを選んでしまうのを、もうちょっと絞り込めるっていうか。「いや、でも自分の目的はこいつを説得することだ!」って思ったら、「説得する」の中に、押す、引く、とか。ちょっと落ち込んでみる、とか。カードが絞られるから。じゃあ次これで、とか。出す手を絞れるから「もうわかんない!」ってならないのはあるかもしれないですね。

——このゼミはすごい「武器を見つけようぜ」って感じのゼミだよね。他のゼミは「一緒に考えようね」とか「こういう見方もあるよね」とか。このゼミはちょっと異色だよな、と思って要綱見てました。

那須 そうですね。俳優の技術的なことの訓練みたいな感じかなっていう感じですね。でもどうなんだろう?俳優レッスン受けてないからわからないけど。竹内さんのゼミ(「断片映画創作ゼミ」)とかは、とにかく作ってみよう、みたいな。俳優が作ることを考えて。古澤さんのゼミ(「映画の生成過程を観察・体験する」)はもっと大きい、「映画を作ることと俳優との関わり方」みたいなことだったから。

——この講義で学んだことは今後創作で使えそうですか?

那須 受けてよかったなって思うのは、自分の中で語彙が少ないっていうか、なんだろう‥‥「怒る」「泣く」「笑う」くらいしか引き出しがないみたいな感覚だった部分、なんとなく漠然と「引き出し少ない」って思ってた部分が、「いや、でもその原因はここだよね?」みたいなふうに考えられるようになったのはすごいよかったなと思って。ステップ1、2、3みたいなのが分析の中であるけど、今できないって思ってる部分って、ステップ2のここをもう一歩踏み込んだ動詞に変えればうまくいくんじゃないか、みたいなふうに考えられるようになったのは良かったなって思います。でもまだ全然引き出し少ないんだけど(笑)。

f:id:eigabigakkou:20210123115648p:plain高校演劇部時代の写真

——演劇は、高校演劇からでしたっけ。

那須 はい。でも色々な勉強をしてきて思うのは、高校演劇は高校生とか、演技が初めての人がやりやすいための指導だったなって思う。いや、自分の顧問の先生しか知らないからあれだけど。

——顧問が指導してたんですね。

那須 うん、してました。「”言い方”にならないように」とか、「意識を分散する」とか、そういうことを言ってて。「意識を分散する」とかは確かにそうだなって思うんですけど、「言い方にならない」っていうのは、なんか、コンテンポラリーのものを見たりしていると、一概にそういうふうに言えないなっていうのは最近すごい思う。うちは顧問が脚本を書いてたんですけど、顧問の先生の脚本の中でやるための方法っていうのを教えてもらってたんだな、って思う。だから脚本によってやっぱり、どの方法が合うとか合わないとかすごいあるなーっていうのはめちゃくちゃ最近思うことです。

——私も高校演劇からだったんですけど、高校時代は顧問に勧められて鈴木メソッドをやってて、そのせいか結構大きめの芝居になってたんですけど。大学以降は色んなメソッド、今思うとスタニスラフスキーとか篠崎光正さんとかなんだなって思うんですけど。そういうのが本当にぐちゃぐちゃになってて。それを整理したくて高等科受講したっていうのもありますね。

那須 わかります。そう、高校の時は顧問が結構青年団の芝居を好きだったのかな。わかんないけど、オリザさんの本とか結構読んでたから、相手の話を聞けとすごい言われてきたから。それを元にしてフィーリングでなんとかできてたんですけど。オリザさんの戯曲とか会話劇だったらそれでいけるけど、そうじゃない時、特に映像を始めてからすごい思うんですけど、幽霊役とかすごいぶっ飛んだのとかが多いから、そういうリアリティーラインから外れた芝居をする時に、どうやったらいいのかわかんない、みたいな。アクターズ・コース入る前はフィーリングでやってたんだなって。

——うん、アクターズ・コース入ってからわかんなくなった。確かにそれまではフィーリングで、何故かできた気でいたんだよね。今思うと全然できてないんですけど。

那須 そうなんだよな。近藤さんのゼミで使ってた『俳優のためのハンドブック』の中に、「自分がやるべきことを粛々とやればいい」みたいな。ちょっと論理が飛躍してますけど。本の中では、「自分の中にやりかたがあったらそれでいい」みたいな。他の人が違うやり方をしてても、演出家から「もっと声を大きく」みたいなざっくりしたディレクションがきたとしても、別に自分のやり方を現場に布教しにいくわけじゃないから、自分のやることを粛々とやればいい、みたいなことを書いてあって。現場ごとに違うかもしれないけど、自分がその場で信じれるものみたいなのをいくつか持っておいて、これでもない、あれでもないって試すために演技論とか勉強してるんだなって高等科に入って思った。いろんな人の話があって、納得できない話もすごいあるけど、でもこれもしかしたら今は納得できないかもしれないけど、違うところ行った時に持ち込めるかもしれないな、っていう。
 そういう意味で、本を批判的に読まないってそういうことなのかなって。山内さんの講義(「演技論演技術」)でもいいましたけど、私、全然批判的に読めないんですよね。ふむふむってなっちゃう。それがどこかで使えるかもしれないって思う。今は武器を増やす作業をしてるのかってめっちゃ思います。「演技論演技術」の講義を受けて思うのは、みんなちゃんと言語化して「何々メソッド」みたいにしてるのはすごいなって思う。篠崎(光正)さんのとか本当に思ったけど、自分が生きてる間に自分の名前のつけて、何々メソッドみたいにして、それを言語化する作業ってすごいなって。普通に感心してしまう(笑)。

——高校演劇で、その後すぐにアクターズ・コースに入ったんでしたっけ?

那須 大学2年の時でしたね。高校演劇の時、高校演劇サミットっていうのを(こまば)アゴラ(劇場)でやってて、それに出て。その照明が井坂(浩)さんだったんですけど。(修了公演が)玉田(真也)さんだったから、募集の何かを井坂さんがリツイートしてて、「井坂さんいるんだったら」と思って(笑)。

——井坂さんへの信頼度がすごい。

那須 そうなんですよね。高校時代の経験って結構強いなって自分でも思うんですけど。なんかすごい、「東京のすごい照明の人」っていう。「高校生によくしてくれる大人の人」っていうイメージがあって(笑)。

——玉田さんの修了公演どうでした?

那須 すごい面白かったですね。「演出家って‥‥?」ってなりました。こういう演出の人も東京にはいるのかって思った感じでした。

——高校の時は、うちは顧問が絶対君主みたいな感じだったから、その後演劇続けてたけどなんか変な感じがしましたね。高校演技ってすごい特殊な世界だったんだなと。

那須 うちも絶対君主とまではいかなくても、でもやっぱり、絶対に正しいとは思ってた。

——じゃあ大学入ってアクターズ・コース入って、他にワークショップとかも全然行ってなかったのか。

那須 そうですね、大学1年生の時はほとんどやってなくて。2年になってからまた始めた感じだから。

——演劇サークルも入ってないんだ。

那須 一年生の時に、見学に行って、あまりにつまらないと思って、これはもう自分でやろう、と思って入らなかったんですよ。高校の時にやってた演劇と違いすぎて、あまりその当時は受け入れられなかったっていうのはあります。「これのどこが面白いんだろう」って思ってた、当時は。まだ視野が狭いんで(笑)。今はもうちょっと広いけど。

——講師陣はオリザさんとの付き合いも長いからっていうのもあるんだろうけど、オリザさんの芝居の中でもすごい自由にやってていいなって思う。

那須 私の場合、オリザさんの本を読んでて普通にできちゃうっていうのがあって。もうちょっといっぱい動詞とか持ってたら遊べるようになるのかなって思うのはあるんですけど。

f:id:eigabigakkou:20190211114537j:plain女の子には内緒『うたたね姫 リミックス』舞台写真

——最近すごい舞台出てますよね。そんな印象を受ける。

那須 「舞台やりたい」みたいな時期があってその時にオーディションに応募しまくったっていう感じですね。それで立て続けに出てたけど。出てたけど‥‥今はちょっと落ち着いてしまって。映像もやりたいけど、なんか、古澤さんの講義を受けて、結構映像も大変だなって思ってしまったのはある。楽しいんですけど。

——竹内さんのゼミも受けてましたよね。ああいう断片的な要素でも映像作れるんだ、楽しい!みたいにはならなかった?

那須 いや、作ることに対しては、楽しいってなったんですけど。古澤ゼミで、古澤さんが悪いとかじゃなくて、映像に俳優として参加するのって結構大変だなっていうふうになったのもある。映画ができるまでの過程とか古澤さんの考えや思いを聞いて、今までの自分の関わり方は浅すぎたな、これからどう関わったらいいんだろう…と。あとなんだろうな‥‥映像に出始めたのもフィクション・コースとの関わりの中でっていう感じだったから。あまり今フィクションの人との関わりがないから、そもそもそんなに現場に行ってないというのはあります。ちょっとフィクション・コースの人と希薄になっちゃってる感じがする。

——でも、確か前自分で書いて演出して、舞台やってませんでした?

那須 作るのは、結構大変です、うん。あんまり向いてない。演出はめっちゃ好きなんだけど。高校の時も演出やってたから、学園祭とか既成の脚本やるときは演出してたからすごい楽しいし好きなんですけど。

——書く方は?

那須 書く方はからきし(笑)。私が書くものはあんまり面白くないから、やめた方がいいな。自分の欲望のために人を使うのが申し訳ないっていう…。本当に申し訳なくなる。というか、最近何が面白いのかもだんだんわからなくなってしまってる。いろんな作品に触れれば触れるほどわからなく、っていう。

——こういうの出たい、とかこういうの好き、とかは?

那須 好き、とかはあります。こういうの出たいとかもあるんですけど。あれですよ、面白くないのにお客さんがついてるのはなぜかってことですよ。自分はあまり面白くないって思うけど、もしかしたらこれはどこか面白いのかもしれないって考えてしまう。分かんなくなってきちゃって。仕事を選ぶ、選ばないの話にもなってくるけど、自分があまり納得できない作品に出ることについて本当に悩むんですよね。でもここで出ないってなると、その先の仕事につながらないかもしれない、みたいな。仕事というか、出演の機会を逃したことになるんじゃないか?でも面白くないし。でも面白いってなんだ?っていう無限ループに陥るっていう。

——高等科で今学んでることを実践したいって気持ちはありますけどね。頭でっかちになっちゃってる気がして。

那須 そう、やっぱりなんか、知識を取り入れるのも大切だけど、やるしかないだろっていうのもありますね。‥‥普通に芝居したい。普通って、マスクしたりせずにってことですよ。

——席数制限せずに、マスクせずに、終わった後にお客様と話せる世界ね。

那須 一年でまさかこうなるとは思わなかった。‥‥面白い作品に、出たい。というか、自分が面白いと思えるものにちゃんと関わっておきたいっていう気持ちは今強いですね。

那須愛美(Nasu Manami)
山梨県の高校で演劇を始め、全国大会などに出場。
上京後、映像作品にも幅を広げ、現在までフリーで活動中。
今後やってみたいことは、コントとラジオ。
次回出演:KOKOO「ドップラー」(4月20日ー25日、シアター風姿花伝

  2020/12/23 インタビュー・構成:浅田麻衣

アクターズ高等科・講師エッセイ/近藤強さん

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「アクターズ・コース俳優養成講座 2020年度高等科」は6名の講師がそれぞれゼミを担当しています。そのゼミの内容は、講師の皆様がそれぞれ企画しました。今回は『脚本分析 〜シーンを分割する〜』『俳優レッスン』を担当する近藤強さんにエッセイをお願いしました。


アクターズのブログで講師や受講生をインタビューする企画が続いていたので、自分もインタビューされるのかなと思っていたらエッセイを書いて欲しいというお題を頂きました。なので、今回は私、近藤強が徒然のままに綴っていきたいと思います。まずは今回のアクターズコース高等科で担当している脚本分析ゼミについて。 

普段はビューポイントという身体系の講義を受け持っているのになぜに脚本分析ゼミをやるに至ったのか。

理由の一つはコロナの影響でリモート授業やることになっても出来る内容にする必要があったということ。もう一つは、ここ数年続けている俳優レッスンというシーンスタディークラス。このクラスの中で、一つのシーンを同じ感じで演じ通してしまう時に、シーンをビート(区切りの単位)に分けて考えてみては?という話をしたことがあり、今回はそれをじっくりと時間をかけてやってみたかったから。シーンをビートに分ける時は、「新しい人が入って来たり、話題が変わったりしたら、1区切り(1ビート)と考えて、ビート毎に動詞を割り振る」というのが基本の考え方。シーン毎に目的があり、動詞は目的を達成するための道具。いろいろな演技本にも書いてあって、読めばなるほどとは思うのだけど、実践してみるといろいろと難しい。今回はそれを一人ではなくみんなで一緒に考えてみたいと思ったわけです。脚本分析ゼミという名前だけど、読解クラスと言うよりは、俳優がどのように演技を組み立てるのかという視点からシーンを分析する感じ。

 「俳優のためのハンドブック」(原題:A Practical Handbook for the Actor

今回はこの本を参考書として使用。全8回で何とか全部読み通しました。この本の良い点は、タイトルにハンドブックとあるように、演技するプロセスをとても実践的に解説している点、そして薄くて読み易い点。アメリカにいた頃に読んだ本で、僕が2年間通ったネイバーフットプレイハウスという演劇学校の卒業生でもある劇作家・演出家のデイビッド・マメット氏のワークショップを教え子たちがまとめたものです。マメットは日本ではそれほど有名ではないけど、米国演劇界では大御所さんです。わかり易い英語で、例も多用しながらマメットの提唱する演技法を解説しています。今回のゼミでは、日本語版を使いながらも、原本を参照して色々と注釈を加えました。シンプルな英語で書かれてはいるものの、英語ネイティブ向けの本なので、米国の演技クラスで使わる独特の言い方がたくさん使われています。そのニュアンスを限られた語数で翻訳するのはむずかしくて、かなりの部分は口頭で補足しました。

例えば、「Be in the moment」「Be Specific」「Work off your partner」はよく使われるフレーズで、それぞれ「その瞬間にいる」「具体的であれ」「相手役から刺激をもらって演技する」みたいな意味です。シンプルな言い回しだけど、文脈によってちょっとずつ違う意味合いもあり、実際に意識してみると腑に落ちるまでにはなかなか苦労しました。瞬間を生きるって、実際には何を頼りにそこにいようとするのか?具体的ってどう言うこと?何が具体的なの?自分に引き寄せるの?相手から刺激をもらうって?などなど一つ一つごつごつ考えてみた。

f:id:eigabigakkou:20210107142944p:plain脚本分析ゼミ 講義風景

分析対象として使用したのは、平田オリザ作の「隣にいても一人」です。最後まで分析する予定でしたが、結局やれたのは1場だけ。思った以上に時間がかかったのは、見積もりが甘かったのと、現代口語の戯曲をスタニフスラフスキー的な「すべての行動には目的がある」という考えで分析するのは結構難しかった。一見派手なイベントが起きていない場の流れをどう解釈するのか。ある意味、チェーホフの戯曲を分析するようで個人的には楽しめたけど、参加者には少々申し訳なかったです。

この苦行のようなゼミに1期生や複数の期の修了生、約10名が参加をしてくれた。コースを修了してからも、こうしてまた学びの場に戻って来てくれたことがとても嬉しいです。美学校で演技を始めた人、会社員として働きながら演技を学んでいる人、現代演劇の最前線で活動している人など様々な修了生たち。演技に興味を持ったきっかけは色々でも、生活の中に継続して学ぶことが浸透している感じがして嬉しくなります。俳優という仕事への関わり方に関わらず、演技を学ぶことを通して日常が少しでも違って見えたら良いなあと思ってます。

f:id:eigabigakkou:20080226154350j:plainニューヨークで所属していた劇団Collision Theoryの『Time /Bomb』の舞台写真

僕の場合、演劇を始めたきっかけは膝の怪我でした。バスケットボール部の練習中に膝を痛め、1年以上バスケットが出来なかったから、演劇部に入りました。演劇部を選んだ理由は毎日練習していたから。毎日練習がある生活に慣れていたので毎日練習する文化部を探したら、吹奏楽部と演劇部、そして化学部(実際には麻雀クラブ)のみ。楽器は出来ないし、麻雀も弱い、でも映画は大好きだったので演劇部へ。男子は1年生の自分と2年の先輩一人だけ。他に1年女子が5名、2年女子が1名。その後、大学の演劇サークルに入り、大学卒業後に米国のアイオワ大学の演劇学科へ編入して1年間通いました。大学では、舞台美術、シェイクスピア、脚本分析、演劇の歴史、演技I、ムーブメント、などなどいろんな講義を取りました。が、大学での勉強量多さに挫折して、ニューヨークの演劇学校に入り直しました。そこで2年間マイズナーテクニックというメソッド演技の一つを勉強しました。演劇学校は毎日9時から4時まで、マイズナー、ヴォイス、スピーチ、歌、バレエのレッスン。あんなに集中して一つのことを勉強したのは多分これが最初で最後かも。

どうしてわざわざアメリカまで行って演技を勉強したのか?
理由は演技を体系立てて学んでみたかったから。演劇サークル時代に思い切った演技ができず、ギャグとかも苦手で、演技ってどうすれば上手くなるのか悶々としてました。だから、そんな自分もちゃんと勉強したら演技が上手くなれるかもと思ったわけです。

f:id:eigabigakkou:20080226155052j:plainCollision Theoryの『Abduction Projectのキャスト・スタッフのグループ写真 

3年間演技の勉強をして、思っていた成果は得られたのか?
よくわかんないというのが正直なところ。演劇学校を卒業した後も機会があれば、いろんなワークショップに参加してみました。Viewpoints、スズキメソッド、ルコックシステム、モダンダンス、タップダンス、シーンスタディー、インプロなどなど。どれも極めたとはとてもじゃないけど言えないが、いろいろな考えに触れたことで、演技のプロセスを言語化することには慣れたし、いろんなやり方があっても良いと実感した。同じ山頂を違うルートで目指している感じかも。 

僕の場合、やり方なんて何でも良いかもと思えるまでにかなりの時間と移動距離がかかったわけですが、美学校生を羨ましく思うのは、最近はアクターズコース以外でもいろいろと学ぶ機会があること。そして、フィクションコースもあるので学んだことをすぐに実践する場もあるし、製作者と一緒に学ぶ場があること。ひとりで出来ることは限りがあるし、心挫けそうになるので、一緒にやれる仲間を見つけることは俳優続けるための重要な要素だと思っています。その仲間をこれから監督、脚本家などになる人たちの中から見つかられるのは本当に羨ましい。

f:id:eigabigakkou:20210107144141j:plain徒然なままに長々と書いてしまったのでこの辺でおしまいにしたいと思いますが、最後に厚かましくも宣伝を。
3月31日から4月5日に「更地の隣人〜夫が生きてることを願う女と、妻が死んでることを願う男〜」(作・演出:平松れい子)という作品をアトリエ春風舎にて上演します。ここ数年、平松さんとビューポイントのワークショップで短いシーンをたくさん作ったのですが、今回、平松さんがそれらのイメージを基に戯曲を書いてくれました。そこで、10年以上ぶりに重い腰を上げて自ら企画して上演することを決めました。最後にこれを書くとなんだかヤラセ記事みたいだけど、今回の企画立ち上げのきっかけは美学校修了生たちだと思います。先日のミームや修了生が主宰するビューポイントワークショップ、映画や舞台での修了生の活躍。皆さん、俳優だとか演出家だとか、ジャンルや形式とかを軽々と超えていてすごいなあと元気をもらう日々です。自分もこの自由さに20代の頃に触れたかった。現在、9期までで100人近い修了生がいて、彼らの活動を見ていたら自分でも何かをしてみたくなった?かどうかはわかりませんが、間違いなく影響を受けています。だから、皆さん、観に来てね。現場からは以上でした。2021年もよろしくお願いします。

 

近藤 強(こんどう つよし)
1971年生まれ。愛知県出身。三重大学人文学部卒業後に渡米、ネイバーフッドプレイハウス修了。2007年に帰国し、青年団に入団。レトル所属。
青年団以外にはウンゲツィーファ、玉田企画、犬飼勝哉などにも出演。映画:『ミッドナイトスワン』(2020/内田英治)「あの日々の話」(18/玉田真也)『ジェファソンの東』(2018/深田晃司)など。
俳優活動以外には、舞台通訳、企業研修ファシリテーターとしても活動。

http://tsuyoshikondo.com/

Demo Reel/デモリール 近藤強 - YouTube

  

構成:浅田麻衣

高等科生の現在/アクターズ第7期修了・釜口恵太さん

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アクターズ・コースを修了して、様々な方向に進んでいる修了生たち。
高等科を受講している現在の彼らに、スポットを当てました。第三弾はアクターズ・コース7期を修了した釜口恵太さんです。釜口さんは、現在開講中のアクターズ・コース高等科のTA(ティーチング・アシスタント)もされておられます。

※マークは、現在アクターズ高等科で開講中の講義です※

——今回、アクターズ・コース高等科のTAをされているかと思うんですが。基本受講生の立場ではなく、TAの立場でやっているんですかね?

釜口 そうですね。基本TAの立場なんですけど、古澤(健)さんの講義と近藤(強)さんの講義、山内(健司)さんの講義は途中からですけど、その3つはちょっとずつ参加してって感じですね。

——じゃあ基本見守るスタイルで。

釜口 そうですね。竹内(里紗)さんの『断片映画制作ゼミ』と、『俳優レッスン※』は見守っている感じですね。

——印象的だった講義、ありますか?

釜口 古澤さんのゼミが『映画の生成過程を観察・体験する』っていうゼミだったんですけど。古澤さんが今年の2月に撮った映画の台本(『キラー・テナント』)を元に講義をしたんですけど、「映画の作者は誰だろうか?」っていう問いから始まって。多分日本の法律的には脚本家のものらしいけど、世間は、「監督のものだ」みたいにおおよそ認識をしている。でも実際作ってみると、古澤さんは脚本も監督も編集も自分でやってたりするんで、自分の中でも3人くらい人格があって、みたいな。あと、現場で俳優さんが持ってきたもので、「あっそっちかも」って思って乗っかってやることもあるから、厳密に(「映画の作者は誰か」)いえるものではないっていうことがあって。
 で、その2月に撮った時に、主役の石川(雄也)さんって方が、ファーストシーン、その映画の一番最初に撮ったカットで、思いもよらぬ演技を持ってきてくれたって古澤さんが言ってて。それがどうしてそういう演技に至ったのかを知りたい、ということで、みんな(受講生)は、台本もらってからどういう準備をして、どういうふうに読んだり、どういうふうにヒントを得たりして現場に臨むのかっていうのを話し合って。‥‥「映画を掴んでる」って言ってたんですけど、古澤さんは。そのファーストシーンで「石川さんはこの映画を掴んでるな、この人に乗っかっていけばなんか自分もこの映画を掴めるかも」っていう気持ちになって、現場にどんどんのっていけた、みたいなことをおっしゃってたんですけど。それって一体なんだろうね、っていうことを言語化して、みんなで考えたい、僕も知りたい、みたいな感じでやる講義で。それがすごい面白くて。僕もすごい興味があることだし。やっぱり現場で思いついちゃったり、台本を読んでる時には考えもなかったことが出てきちゃったりすることがたまにあるよな、でもそれってなんだろうなって。自分の中でも言語化できてないところがいっぱいあって。それを言語化して、いかに掴めるかな、みたいなことを思ってたんですけど。
 その講義が1週間に1回ずつあるんですけど、その間に『アクターズ・ラボ※』だったりがあって、色々な人の話を聞いて。『フィクション・コースを知る※』っていう講義で、受講生が兵藤さんに「演劇と映像の演技ってどういうふうに使い分けてますか、どういうふうな違いがあると思いますか」みたいな質問をしたのかな。そしたら兵藤さんが「映画は分からないまま、やる、かもね」みたいな話をされてて。「あっそれすごい分かるかも」って思って。古澤さんの講義も受けてたから、すごいそこが繋がったりして。そこが同時進行の賜物だなって感じがしましたね。他に、山内さんの講義でも安部公房だったり、山崎努の文章を読んだりしているところで「あっ古澤さんが言ってたことかも」って引っかかったりして。それがすごい面白いですね。

——分からないままやる、か。映画の方が演技の余白が多いってことなんだろうか?

釜口 なんでしょうね。現場に入って、「あっ今日この部屋でやるんだ」とか、「こういう机なんだ」「こういう椅子の質感なんだ」とか、現場で分かったりするじゃないですか。そこに、委ねてやる、みたいな。そんなに稽古もできないじゃないですか、撮影って。リハーサルがあまりできないから、その瞬間瞬間の出会いみたいな。自分の芝居がどうなるかとか、どういうふうな声が出るかとか分からないけど、まあやってみる、みたいな。それが、「分からないままやってみる」っていう意味だと思ったんですけど、僕は。演劇だと結構稽古とかあるじゃないですか。「ああ、こういう机で、こういう椅子で」とか。小屋入りしたら違うこともあるかもしれないんですけど。でも大体小道具とかあって。それをひたすらやって、再現性を増すみたいなことがあると思うんですけど。映画は、分からないけどそれに乗っかってやって、そこに生まれるもの、偶然性とか‥‥古澤さんが「あっ、なんか撮れちゃった」みたいな感覚があったりすると面白かったりする、みたいなことを言ってて。映画のお芝居って、同じ芝居を色んなカットから撮ったりするじゃないですか。それを気にして、同じように手を動かしたり、同じような調子でセリフを言ったりしないといけないっていう、縛られがあるじゃないですか。それも大事、カットを繋げる上では大事だと思うんですけど、それも足枷になってるんじゃないか?みたいな話もしてて。それは今までの映画の撮り方としては大事なことだったかもしれないけど。映画って本当にその撮り方なのかな?みたいな。それすらも古澤さんは、疑問に思ってて。
 先日テレビを見てて、武田鉄矢さんが、『(3年B組)金八先生』のドラマの撮影のことを話してたんですけど。武田鉄矢さんが長台詞を言って、生徒たちが泣くっていうシーンだったらしいんですけど。そんなに演技経験もない子たちだから、泣かせられないだろうって。実際本番でその長台詞が終わったけど生徒たちが泣いてないから、ガンガンアドリブで自分で台詞を足したらしいんですよね。そしたら金八先生自身が泣いてきちゃって、それを見た生徒たちが泣き始めた、みたいなシーンがあって。それでチーフのカメラマンさんも泣けてきちゃったらしくて、手が震えちゃったんですって。それで映像が震えてるらしいんですね。で、「カット!」ってなって、芝居が終わって。でも、芝居すごい良かったけど、カメラ震えてたから「もう一回いきましょうか?」ってプロデューサーが言ってきて。そしたらカメラマンが「ふざけんじゃねえよ!」みたいな。「手が震えてたっていいんだよ!撮ってる人も泣いてるんだろうが、見てる人も泣いてるんだよ」みたいな。「これで文句言ってくる奴がいたら、そんな奴は見なくていい」みたいに言って、そのシーンが使われたらしい、まあ使われたかどうかは僕は(ドラマを)見てないから分からないんですけど。その話を聞いたりしたら、その(『金八先生』の映像は)「撮れちゃった」って感覚がすごい強い映像だと思うんですけど。映画は監督のもの、演劇とかはよく役者のものっていうじゃないですか。舞台は俳優のものって。そういいますけど、映像は、編集だったり、音楽だったりで別物になってくるけど、そういう、一回性の何かが生まれた時は、そのシーンは俳優のものになるな、とその話を聞いて思って。だから、カットを繋ぐために同じ芝居をするみたいな意識も大事だけど。そういうのも、うまい調子で抗えたらいいなーという気持ちがあります。‥‥ごめんなさいなんか、全然まとまりがないですけど。余白みたいな気持ちもすごい分かります。

f:id:eigabigakkou:20201219220329j:plainアクターズ・コース2017年度公演『S高原から』より

——私、釜口くんの演技って水のようだなって思ってて。フラットに現場に入って、柔軟にその現場で演技を変えられる印象があったんで、そういう抗いたいなっていうのがちょっと意外に思いました。「演技する上で、自分自身で縛りを与えてたな」とかありますか?古澤さんの話を聞いたりして「これまでこうだったなー」みたいな。

釜口 僕が行ってた大学が、映画の実習とかあるような大学だったんで。スタッフ目線で教える大学だったんですけど、僕はそれで、スタッフ目線が身についてて、やっぱり。同じように動くのがいいんだ、そっちが正解なんだ、って思ってたんですけど。そこまで縛られなくてもいいんだな、ってことに気づけたっていう感じでしたね。講義で。でもやっぱり繰り返すことは求められますからね。‥‥でも、水のよう、確かに。あまり固めないですね。

——逆に私の知人は、自分の自我がスクリーンを通して見える人が多かったんですよ。そういう人が身近に多かったから、釜口くんの演技は結構衝撃的で。大学から演技は始めたんですか?

釜口 そうですね。演技は高校卒業してからですね。

——大学とアクターズ・コースってやっぱり違いますか?

釜口 そうですね、全然違いますね。僕が行ってた大学では、東京乾電池の人が、俳優の人が教えにきてくれてたんですよ。俳優の人が教えるっていう点では同じだったんですけど、でもなんか、乾電池は全然違う(笑)。それまで鹿児島で、青年団のことも知らないし、演劇にそんな種類があることも知らないし。僕高校卒業してから一年くらい浪人してて、その時に鹿児島の劇団でちょっと勉強させてもらってたんですけど。その人たちはつかこうへいが好き、とかラーメンズが好き、とか。そういうことは知ってたんですけど、そういう、演劇に種類があるとか、東京乾電池の人がどういう人かも分からず大学に入って。なんだこれは?みたいな。ペットボトル床に置いて、「みんな見てこれ?いい佇まいだよね」って言ってて。はぁー、みたいな。これが演劇なのかな?みたいな感じで。それはそれで面白かったんですけど。
 それから、(劇団)サンプルのミエ・ユースに行って松井(周)さんと出会って。僕は大学時代「俺がしたい演劇じゃないかも」と思って色んなところに顔出してたんですけど、その一つに早稲田大学の演劇サークルが新人募集をしてて、ちょっと行ったりしてて。すごいパワハラの巣窟みたいなところだったんですけど。怒鳴るのは当たり前、みたいな。僕は無理だったからすぐやめちゃったんですけど。「でもそういうもんなのかな?演劇」って思ってて(ミエ・ユースに)行ったら全然違ってて、松井さんは。1ヶ月くらい向こうに滞在して、25歳以下の人たちとクリエイションしたんですけど、それがすごく楽しくて。今までこんなに人とコミュニケーションうまくとれたことがあったろうか?っていうくらい。水を得た魚のようだったって、今思うと。すごい楽しくて、それを追っかけてここ(アクターズ・コース)に入った感じですね。7期の頃はまだ松井さんの名前が載ってて。
 それで入ったら、「こういう人たちがいるんだ」っていう。現代口語っていうお芝居もそこで知ってすごい好きだったし、青年団っていう存在をまず知ったっていうのと、演劇界にこういう風潮があるよね、よくないよね、って思っている人たちがちゃんと大人たちにいるんだって思って、すごいそれは嬉しかったですね。とはいえ他の現場では全然あるっていうふうには聞くんで。パワハラみたいなことは。この時代になっても。

——7期の修了公演の脚本は平田オリザさんの『S高原から』で演出は玉田(真也)さんですよね。

釜口 そう、その時に玉田さんの名前も知って、どういう人だろうってアトリエヘリコプターで『今が、オールタイムベスト』の初演だったんですかね。あれを観て、びっくりして。こんなに面白いのがあるんだって。

——アクターズ・コース入って、「ここが変わったな」ってところあります?

釜口 さっき言った「こういう大人たちがいるんだ」って思ったところですね。圧力きついな、とかチケットノルマしんどいな、とか。そういう自分みたいな思いを持ってやってていいんだ、というのはすごい励まされたというか。こういうふうに演劇やってていいんだな、っていう。まあ食っていけるかどうかは別ですけど。でも演劇をやっていく上では、「あ、いいんだな」っていう。どういう考えでやっててもいいんだな、っていう気持ちはすごい後押しされた気はしますね。

f:id:eigabigakkou:20201219220730j:plainフィクション・コース第21期初等科&俳優養成講座2017 ミニコラボ実習作品
高橋洋監督『
アウグスト・
ストリンドベリ全集 生霊人間』より

——出演以外に、自分でなんか書いたりとかしてます?

釜口 してないですね。

——それはあまり興味がない?

釜口 ちょっとあるんですけど。‥‥ちょっとあるんですけど、全然書けないっていう段階ですね。一応今、一人芝居をやりたいと思ってて。台本を書くにあたって、自分の材料を集めてる段階っていう感じです。でもこれは、いつまでも続けられる作業だから、材料を集めるっていうのは。だから、なんかダラダラやっちゃいそうですね。

——私もここ数年、搾取されるのと、「選ぶ、選ばれない」って構図が本当にしんどいなと思って、もう自分で書いたりした方が早いんじゃないか?と思って。オーディションとか行ってます?

釜口 最近コロナとかで行ってないですけど、行ってましたね。アクターズ入る前にめちゃめちゃ行ってた感じです。ワークショップとか。アクターズ入ってからは、そんなに行ってない感じですね。選ぶようになりました。やっぱり、ノルマだったりあるところは徹底的に外して、みたいな。

——チケットノルマ!そう、最近関西時代の友人と話してて、「自分は搾取されてないように思えてても実は搾取されることってすごい多いのでは?」と思うことがあって。でも、そう思うとどうやってやっていけばいいのだ?という。

釜口 資本主義社会から絶っていかないと、みたいな(笑)。

——そこかー(笑)。でも海外のこととかも高等科で勉強してて、そういうのをちゃんと踏まえていけば搾取されないのでは?と思うんだけど、難しいなと。それを考えるには仲間がいたらよりいいなとは思ってるんだけど。釜口くん、フィクション・コースの人たちの映像によく出演してますよね。

釜口 そうですね、同期の21期の人たちとは、仲良くしてますね。

——彼らとクリエイションという方法もいいのかもしれないですね。

釜口 そうですね。でも、やっぱり呼ばれる立場ですもんね、それも。

——呼ぶくらいになる方が面白いのかなとも思うけど、主宰と非主宰っていうところでまた何か生じてしまうのだろうか。同じ立ち位置でやりたいなと思いますね。

釜口 難しい。搾取か。

——あれ、海外に行かれるっていうのをコロナ前に風の噂で聞いたのですが。

釜口 そうです。留学したかったんですけど。お金貯めてたんですけど。この状況で親も心配みたいで、ワクチンができないと行かせないって言われて。

——行くとしたらアメリカですか?

釜口 そうですね、最終的には。でも全然英語勉強してなくて、今。日本じゃやる気が起きなくて(笑)。英会話教室とか行ったんですけど全然続かなくて。バイトが忙しい時期もあったんですけど、すごい色々(予定を)重ねちゃって「ああ。もう無理!」ってなって。もう現地に行って、困らないと勉強しないだろうと思って。だから最初はフィリピンに行って、語学留学をして、そこからお金貯めつつもっと英語に慣れようと思って、カナダにワーホリしようかな、みたいな。一年くらい。その後にニューヨークの演技学校に行きたいなって感じなんですけど。まあ、でも、絵空事です。

——いやいやいや!(笑)。

釜口 (笑)。

——でもコロナになって、色々ずれこんじゃったとなると一気にアメリカに行った方がいいのかしら。

釜口 本当は今のうちに勉強しといて、ワーホリせずにバッと行くのがいいと思うんですけど。

——‥‥今、勉強する気起きます?

釜口 起きないです。本当やってる人がいるとすげえなって思っちゃいます。

——緊急事態宣言の時どうでした?

釜口 もう、家でただただ凹んでましたね。Netflixがなかったら、僕の今はなかったです(笑)。

——本来なら今年行く予定だったんですか?

釜口 そうですね。6月にフィリピン、3ヶ月フィリピンで勉強して、本当だったらもうカナダにいます。本当だったら僕今カナダだったんだ‥‥

——それはもう凹みますな‥‥

釜口 本当にそうなんですよね。だからちょっと、空白というか宙ぶらりんな気持ちになってて。バイトしてお金貯めなきゃと思ってたんで、去年から舞台でたりとか、映像の出演とかもしないようにしてて。だから、予定も全然なかったし、緊急事態宣言が終わって6月以降も、演劇もあまりできないまま日本にいる俺、何?みたいな。何してるんだろうな?っていう気持ちになって。でも周りの人たちはなんか、Zoomでも演劇やったり、ラジオとかもやってたり、いろんな取り組みをしてる人たちがいて。でも全然そういう気持ちになれなくて。観る気にもあまりなれなくて。でもきっと、比べるのもあれですけど、同じような気持ちの人もいたんだろうなって思って。なんとか今はアクターズ・コースの高等科にいることで前を向けている感じです。

——それまで海外は行ったことなかったんですか?

釜口 行ったことないんですよ。初でした。パスポートも取って、よし、と思ってたら。

——それは辛い‥‥でも、もはや懐かしいですね、小劇場で客席が満席で、誰もマスクつけてないっていう状態。あれが今や奇跡みたいなことだったんだって思いませんでしたよ。

釜口 本当に。日常でしたから。

f:id:eigabigakkou:20201219221233j:plainダダルズ『顔が出る』(2019/7/14-18 作・演出:大石恵美)より

——今年の3月以降、舞台やりました?

釜口 やってないですね。ワークショップには行ったんですけど。やっぱり舞台、立ちたいですね。

——私今月、松井(周)さん脚本の舞台観に行きますよ。

釜口 あっ、『てにあまる』。いいなあ。僕本当予定管理をミスって。TAともう一個のバイトと入れすぎちゃって、カツカツなんですよね。本当になんか、多分反動なんでしょうね。3月、4月、5月の。やったるぞ!みたいな気持ちが先行して、疲弊するっていう(笑)。

——じゃあ、コロナが落ち着いたら海外に。

釜口 絵空事です(笑)。

——あらら。気持ちが変わったんですか?

釜口 行きたいみたいな気持ちはあるんですけど。本当に、何年後?みたいな。行ける想像がついてなくて、今。だから日本でどうやって生活していこうか、みたいなことのほうが関心としては大きくて。東京でバイトしてもさもしいな、みたいな気持ちがすごいあって。演劇できてないからだと思うんですけど。多分演劇できてたらそんなこと全く思ってないでしょうけど、演劇できてないし、なんか無為に日々を過ごしている感じがして。アクターズ・ラボで昨日菅原直樹さんって方の話を聞いたんですけど。菅原さんは岡山で演劇をやっていて、全然地方で演劇やってる人はやってると思ったし。なんか、地方でのんびり暮らす方が性に合うかもしれないな、みたいなことも考えてて。わからんですね、なんか。ぐちゃぐちゃしてます、最近。ゆうて、だらだら三年間東京にいるんでしょうけどね。いやでもなんか‥‥なんか自分でいうのも恥ずかしいですけど、だらだらうだうだしてるのが苦手、みたいな。していたくない、みたいな気持ちがあって。だから本当になんか、海外に行けないんだったら、どこか地方で短期のバイトでも、住み込みでも気分転換にやりたいかもしれないですね。いやごめんなさい、今思いつきで言っちゃった(笑)。

——じゃあ、そんなに土地にこだわりはない感じなんですか?

釜口 そうですね。あの頃、高校三年生の僕は百田夏菜子と結婚するために俳優やるっていう目的だったから、東京しかなかったんですね。でも今、それもないですし。幸せに暮らしたいからっていう気持ちが強いんで。演劇もやりたいんですけど。

——もう結婚する気持ちないんだ‥‥。SPACとか鳥の劇場とか、あちらは考えなかったんですか?

釜口 そっちの方が楽しいかもっていう気持ちはあります、今。でも今は一番熱いのは豊岡だと思うんですけど。演劇際も毎年あるだろうと思うと、一年頑張れるだろうなって思って。出ないにしろ。観れると思うと。

——2回くらい鳥の劇場に芝居を見に行ったんですけど、東京とは全然客層が違って。その時は『葵上』を観たんですけど、ほとんど地元の方々だったんですね。そういうのって個人的にすごくいいなと思って。東京は若干飽和状態ではあるから。

釜口 地方の全然演劇普段観ないような人が、劇場に観に来るっていう点では、垣根がすごい低いなっていう気持ちが。東京だと本当、観る人は観るし、観ない人は観ないっていう感じがあって。昨日菅原さんが、岡山で「介護演劇」、街の人も巻き込んでやってて。街の人たちは普段そういうこと全然しないもんだから、すごい乗り気でやってくれるって言ってて。そういう、地域に根ざしてたり、演劇を外に向けてやってるっていうことがすごくいいなあと思って。東京じゃ演技をする目的みたいなものが「自分」になってる気がして。いいな、ってすごいシンプルに昨日思っちゃって。だから、うん、地方いいですね(笑)。

——地方に役者がどーんと行ったらいいんですかね。集団移住みたいな。でもそれはもう劇団か。

釜口 それでも、向こうで生活して。たまにこっち来れたらいいですよね。楽しそうだな。

——地方なんですかね。

釜口 地方ですかね。

——やっぱり勉強という意味では東京は適してると思うんですよ。

釜口 そうですね、いろんな映画館もあるし劇場もあるし。

——まあ最近、勉強って何?っていう気持ちもあるんですけど。いや、勉強しなくちゃいけないんですけれども。

釜口 分かります。普通に楽しみとして観ていいと思うんですよね。勉強ってなると気持ちが重くなっちゃう。

——出会い、ということだといいのかもしれないですね。じゃあもし、地方でやるとしたら映像というか舞台?

釜口 そうなりますよね。でも暇すぎて、映像もやるかもしれないですよね。楽しそうだし。昨日菅原さんも言ってたんですけど、東京だと椅子取りゲームの椅子が埋まってるから。でも地方に行くと、そのプレッシャーがないから楽しめる、楽しく創作ができるって言っていて。だから本当に、地方に行ったら何でもやれそうだな、と。やれるか分からないですけどね。

f:id:eigabigakkou:20201219221113j:plain加藤紗希監督『泥濘む』より

——アクターズ高等科終わったら何します?

釜口 古澤さんの講義で、話に出た石川さんっていう人はVシネとかによく出てて。もう20年くらいいろんな作品に出まくってるっていう話を聞いて、あっ、それ楽しそう!と思って。演技ができてお金ももらえるんだったら、それでもいいのでは?という考えも出てきて。今とにかく演技したいっていう気持ちが強くなってるから、そういう気持ちになってるんですけど。それで探してみたら、スタッフ兼役者募集してる、みたいな。日当15,000円でVシネの会社が募集してて。でもそれ、ボロ雑巾みたいに制作部として使われて、一瞬出演くらいの気持ちで思ってるんですけど。でも普通に居酒屋でうろちょろするよりは、現場でうろちょろしながらカチンコ打った方が、僕は楽しいかも、と思っていて。わかんないですね、本当。パワハラが酷い現場だったらしんどいし。

——もしかしたらはびこってるかもしれないですね‥‥

釜口 そうですね、だから募集もしてるんだろうし。

——じゃあ今は、とにかく出演したいんですね。

釜口 なんか大袈裟な演技好きだから、変なリアクションとかとったりしたいし。ずっとやったら飽きるかもしれないけど。

——週1とかだったらいいかもしれない。

釜口 ほんと、バーンとか撃たれて、「なんじゃこりゃあ!」みたいな芝居が楽しそうだなって(笑)。まあでも、他‥‥他の候補はまだ考えてないです。

——Vシネだけ?(笑)

釜口 Vシネだけです(笑)。でも、夏とかの泊まり込みとかも行きたいですね。沖縄とか。もうなんか、人生を楽しみたいっていう気持ちが強いですね(笑)。気分転換がしたいんですかね。

——わかる。知人が、昔劇団でドイツとかで芝居を打ってたんですけど。やっぱりうらやましい!って思いますね。当人に聞いたら、「そんな、公演で行くからゆっくりできないですよー」とか言われるんですけど。

釜口 うわあ、行きてえー!いいなあ。絶対楽しいですよね。もう、国内でもいい。ツアー公演したい。

——そうなると、劇団になっちゃうんですかね。あ、でも昔一人芝居フェスで国内回るっていう企画があったんですよ。

釜口 あ、いいですねそれ。そっか、一人芝居でその道があるんだったら希望がありますね。やりたくなってきたな。

——演出家を捕まえて今のうちに作っておくのはアリかもしれないですね。まあ演出家を捕まえるのも大変だから、自分でやれるのがいいのか‥‥?

釜口 DIYかー(笑)

——結局いつもその結論になってしまう!

釜口 本当今、TA業でバタバタしてるんですけど。終わったら、作ります!(笑)

——おお!

釜口 作ります!3月以降、作ります!宣言しよう。

釜口恵太(Kamaguchi Keita)
鹿児島県出身。好きな食べ物はカレー、麺類、甘いもの。
出演作に小林瑛美監督『ワンダラー』、加藤紗希監督『泥濘む』、高橋洋監督『宇宙の裏返し』、ダダルズ『顔が出る』等。最近の出演作は「釜口恵太の婚前ネゴシエーション

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 2020/12/11 インタビュー・構成:浅田麻衣

「映画の生成過程を観察・体験する」/山田薫さんインタビュー

今回は「実技ゼミ」のうち、古澤健さんが講師を務める「映画の生成過程を観察・体験する」ゼミについて、実際に講義を受けているアクターズ・コース9期修了生の山田薫さんにお話をお伺いしました。

「映画の生成過程を観察・体験する」(古澤さんのゼミ説明より)

映画の生成過程を追体験することで、台本からどのように演技を組み立てるか、またその演技がどのように映画を作り上げていくかを議論していきます。教材としては、古澤の最近作で使用した、実際の台本・撮影録音素材および完成映画の一部を使用します。台本の読み合わせ、受講生各自の撮影による演技とラッシュの演技の比較をすることで、俳優ごとの台本の読み方の共通点と差異を議論します。さらに実際に各自に撮影録音素材を渡して編集も体験してもらいます。提出してもらった各自の編集ラッシュと、完成映画の当該場面を比較し、どのように演技が監督や編集部「見られるか」について議論をし、映画の中で演技が占める役割について考えてみます。ゼミを通じて考察したことについてのレポート提出があります。

f:id:eigabigakkou:20201213132209j:plain 山田薫さんプロフィール写真
——「生成過程を観察・体験する」というゼミなんですが。そもそもどういうゼミだったんですかね?

山田 昨日5回目(最終講義)が終わったんですけど。古澤さんも、「映画とはなんぞやっていう講座だったんだけれども、結局自分自身が映画っていうものを把握していない」みたいな結論で終わって(笑)。「映画を丸ごと理解する」みたいなところから、始まったんですが。

——それは哲学的なこと?どういうこと?

山田 「映画の中の演技」みたいなものが1つの柱としてあるのかな、講座の中で。舞台と映像でどう演技が違うかみたいな話がスターティングポイントの一つでした。ベースは古澤さんが今年撮った映画(『キラー・テナント』)を使って。それは石川(雄也)さんっていう男優を主演で撮ってたもので、撮影時に彼の演技を見て、古澤さんが「これだ!」て思ったらしいんですよ。もう、惚れ込んじゃう感じで。で、石川さんがそんな演技を披露できたのはどういうことだろうね、って。

——難しい。石川さんが演技をされている姿を見て、どこに感銘を受けたのかっていう点を話し合うっていうことですかね?

山田 あ、ううん。古澤さんからは「なんで石川さんが、あの時あんないい演技をしたんだろう、その、良い演技を引き出すにはどうしたらいいんだろうね」っていう話だった気がする。

——監督目線からの視点で。

山田 古澤さんは監督として、(俳優が演じやすい環境作りのために)本読みもちゃんとやって、役者さん同士でリラックスできるように顔合わせの時間をちゃんととって、とか最近そういうトライをしているらしいんですよ。それ以外にも、多分役者さんからも何かできることがあるんじゃないの?っていうところで。そういう現場側の用意以外に役者さんができることとして何があるか追求しようと。
 でも俳優は撮影時、シーンとシーンのつながりとか考えちゃうじゃないですか。そうすると役者さんがどんどんなんだか萎縮しちゃうように監督として感じたみたい。‥‥古澤さんに「違う」って言われるかもしれないけど。で、萎縮しないで、アドリブでもなく自然体で面白いものを役者が出せるようにするには、どうする?っていうところで「映画っていうのを丸ごと理解する」みたいな話に至った?いや、「そもそも丸ごと理解するっていうのは何なんだろうね」っていうのを講義の中でやっていた気がします。

——‥‥難しいですな。

山田 ごめん、まだよく分かってないんですよ。ちょいちょい出てくる古澤さんのキーワードで、一瞬「ああっ!」って思うんだけど、そこはマクロな話で。講座のテーマはもっと壮大だから。ちょっとずつ進みながら、立ち止まって吸収して、みたいな講座でした。例えば「この本もいいよ、この本もいいよ」って古澤さんが教えてくれた本の中に、福田恆存の『演劇入門』があって。「そういうことだと思ってない?映画作りって」「とりあえずカットだけ撮るために、この動きさえすればいいみたいなもんだと思ってるかもしれないけど。確かにそういう面もあるけれどね、でも違うんだよ」っていうことを古澤さんがおっしゃって、「君たちはどう思う?」って意見を交わすかんじ。

——最後の締めとしては、映画とはなんぞやってことだけど、古澤さんご自身もまだ把握しきれてないってところだったんだよね。

山田 うん。映画って今でも進化系だし、進化系っていったら映画館がそもそもなくなっちゃうかもしれない、このコロナ禍の影響で。みんなスマホとかで映像を見るようになったら、映画って形自体もなくなるかもしれない。映画っていうものができて、それこそまだ100年も歴史がないから、映画とはなんぞやって語れるほどの歴史がないし、みたいなこともおっしゃってた。‥‥なんか難しいな、何を学ばせてもらったのかうまくまとまらない。いや、面白かったんですよ本当に。本当に博学な方だから。
 あと「自分で語りたくなかった。みんなに考えてほしかった」っておっしゃることがあって。講義の時も古澤さんが一方的に喋ってるのを聞いてるって感じでもなかった。「じゃあ君たちはどう思う?一緒に考えようよ」ってなるんですけど。みんな「ん」って画面固まったりして(笑)。講義の中で、古澤さんが撮った映像を自分たちで編集するって言う試み、企画があって。それはなんでやるのかなって最初は思ってたんですけど、でもそれは多分、編集をどうやってやるかっていう学びでもありつつ‥‥それぞれ出来上がってくるものは違うじゃないですか。どこを切り取るか、切り取られるかっていうのは役者の演技次第っていうのがそれぞれの中で反映される。っていうのを分かって欲しかったんだろうなぁって個人的には思いました。

——じゃあ本当に、そういう編集の試みもあるけど徹底的に考えるっていう感じだったのか。

山田 うん、考える会。毎週本当に3時間どっぷり映画について語る会って感じだった。

f:id:eigabigakkou:20201213132339j:plainゼミで古澤さんが紹介した書籍:一部 

——例えば、深田(晃司)さんの講義(「俳優について考える連続講座〜演技・環境・生きること〜」)だったら、もちろんゼミの趣旨は違うんだけど、社会的に映画はどういう存在であって、文化芸術における映画の立ち位置とかを紐解いていくかと思うんですけど。古澤さんはとにかく、映画の中の俳優が占める位置とかをこの講義で考え続けたっていうことになるのかしら。でも、いい演技とか悪い演技っていう比較とか、そういう話ではないよね。

山田 違いますね。そこは多分、古澤さんの中で「正解はない」っていうのがあるからと思う。撮ってる現場と台本の中でのイメージ、撮影中のイメージ、そして編集の時で、それぞれイメージが変わるっておっしゃってたし。撮影時に良くても、編集の時点ではダメだとか使えないっていうのが出てくるじゃない?って思うと、いい演技悪い演技って言うのは一概には言えないので。じゃあ現場で「うおお、撮りてえ!編集でもこのシーンは使いたい」って思わせる演技と言うのはどこから生まれてくるのかっていうのを、追求する講座だったのでは?

——それ個人的にも知りたい。薫ちゃんは講義終わった現段階で、どういうふうに考えてます?

山田 多分、駒になるなっていう話なんだと思う。この前の、(「演技論演技術」で取り上げた)山崎努の話じゃないけど。言われた通りにこうやって動くんじゃなくて、まず本を読んで、どういう作品なのかって自分の中で作る。監督もこういうイメージなんだよってスタッフ、キャストにちゃんと共有しあう。で、現場で生まれる何かを吸収しながら役者は変化形で役を演じる。どんどん変化しながら作っていく柔軟さが欲しいって言うことなんじゃないかな。バチバチに決めて「これだけやりなさい」じゃなくて。話を聞いてたら、古澤さんが面白いと思う、こいつ使いたいなと思うポイントが、役者さんが無意識にやってる動きだったり、計算じゃなく‥‥「まぁ計算もあるのかな?」って言ってたけど、あと、自分がこう動くだろうと思ってたのにそれをしなかったときの動きとか、そういうのが面白い、使いたいって思うみたい、監督としては。
 だから、そういうふうに役者さんが動けるようにするにはどうすればいいのかなっていう感じで。それには、ものすごくリラックスできた現場を作るっていうのも多分あって。役者さんも気楽に自由に、あまり気を遣わず演ずることが大事なのかな。それこそ、すごい簡単な話でいうと、演技で、1回目で右から左へ動きをしたとしたら、2回目のテイクをする時も右から左へ動くじゃないですか。でもなんかそうじゃなくてもいいんじゃない?っていうくらいの話だった気がする。役に入っちゃったら。それは多分極端すぎる例だけど。

——今言った、シーンのつながりとかは役者が主体で考えるべきなのかな?って思ってましたね。特にアマチュアの現場だと皆バタバタしてるし、物の位置とかもみんなバタバタしてるから、自分で復旧させちゃったりとか。いや、本当はしない方がいいと思うんだけど。だからそうじゃなくてもいいってなると逆にそれはそれですごい変な感じになっちゃいそう。でも、確かにその域までいっちゃえば面白いのかもしれない。

山田 でも、そういうのを実際にやったら怒られそうだけど(笑)。

——怒られますよー(笑)。さじ加減もあるんでしょうけどね。例えば、反復できるまでその動作をやっておいて、その義務を考えなくてもいいところまでにしておくとか‥‥役者としてはそういうやり方もあるのかな。もうそれは演技の話になっちゃうけど。

山田 現場の雰囲気で「あ、こいつふざけてやってるんじゃない、真剣にやってる」ってなって、周りもちょっとそういうミスに気づかないくらい真剣になる時ってあるじゃない?熱くなる時。そういう状態を作るのはどういうふうに準備すればいいんだろうねっていう話だったのかも。その方法が分かるといいよねっていう話だったんじゃないかなっていう気がしてきた。

——それはすごく知りたい。考えたいところでありますね。狙ってできることでもないような気がするけど。相互作用というか、自分の力だけじゃできない気がする。ていうところをやりたかったのかしら?古澤さん。

山田 うん。古澤さんも、結論は言及していないんだけど、そういうことかも。(『キラー・テナント』主演の)石川さんが、衣装合わせの時に「ネクタイをしたい」って言って、それを「(首からシュッという動作)こうやって出すんだよ」って言うんだって。で、「何言ってるのこいつ?」って思ったけど「じゃあ、ネクタイ持ってくれば?」って。でも当日、現場でそれをやってるのを見て、「あ!」って思ったんだって。「あ、すごく面白いから使おうぜ」って。自分で書いて自分でイメージできてるはずなのに、役者さんが持ってくるアイディアでこんなに面白くなるんだっていうことがあるから、ぜひぜひ小道具とか衣装のことをちゃんと考えて欲しい、ってことも言ってた。監督さんや現場任せにするんじゃなくて、そういうことも役作りの1つ、みたいなこと。でもね、断言しないのよ。「これだよ」ってピシッと言ってくれたら私も「こう言ってたよ」って言えるけど、古澤さんは「で、君はどう思う?」って入るから。それぞれでちゃんと考えて、それぞれで答えを出してねってことなんだと思う。
 そういえば講座中に短いシーンだけど台本を読み合わせることがあって。で古澤さんが「どういう風に脚本を読んできたか?」って質問なさって、生徒それぞれ答えるんだけど、古澤さんて「面白い!それは気づかなかった。」とか自然に言えちゃう人だから、講座中にも新しい発見がたくさんあって。頭良すぎる人ってほら、黒か白かじゃないってことわかってるじゃない。自分で言ったことが100パー正しいっていうことは絶対ないってわかってる。古澤さんてそういう方。だから講座でも一方通行にならなくて、受講生がぽろっと言ったことで、「あぁ、そういうふうに思うのもあるんだね」みたいな感じでどんどん話が発展していくんです。古澤さんの中で元々予定していた講義の到着点は、きっとあったんだろうけども、そこじゃないところに着地したかもしれない(笑)。

——まぁ、着地点はそれぞれの心の中に、っていうことでいいのでは?

山田 実際5回の講座で分かるわけないじゃんて古澤さんも思ってるんだと思う。映画の中での演技っていうものを自分の中で温めて、広げていくためのスタートラインを用意したぜっていう感じの講義なんじゃないかな。

——良い場でしたか?

山田 いや、面白かった。うん。だって古澤さんだもん。古澤さんって、本当なんか辞書みたいな人じゃない。まぁ深田さんとかもそうなんだけど。てか美学校の講師の皆さん全員そうなんだけど。知識が、止めどなく溢れだす(笑)。一つのことからいろんなことに連想してつながっていくから、これだけ言っておしまいですって絶対にならないで、話が波紋のように広がっていく。だから面白かったですよ。何を教えたかったんだろうっていうことはまだ一言では言えないけれども、現場で役者さんが映像のためにうまく演ずるには何が必要だろう?っていうことを考えるきっかけをくれた。それは5回の講義ごときで分かるわけないよね、だからちゃんとお前らこれからも考え続けていけよっていう講座だった。と思う。‥‥でも本当に、着地しちゃいけないんだと思う。今でも映画は進化していて、結論は付けられない話だから。

——逆に、「これが映画だ!ドン!」って言われてもちょっと引いてしまうかも、私。その人にとってはそうなんだー、とはもちろん思うけど。

山田 人それぞれ色々考え方あるものね。

——ちょっと話変わるけど。私昨日、「演劇 東京 学ぶ」でググってみたんですよ。何が出てくるんだろうって。その中で、「半年間1日3時間で演技について深く知るワークショップ」みたいなやつがあって。そこに「こんなに深く演技のことを知れました!」とか、「演技ってこういうことなんですね!」とか、「悩んでたことがこんなにスッキリ!」とか書いてあって。うわあ、って思っちゃって。私自身は「分かるわけないじゃん」っていう出発点から始まってて、もちろん学んだり得た知識はあるんだけど、演技ってそういうことか?って思ってしまって。だから古澤さんのゼミの話を聞いてて、あと今の話を聞いてて、私自身は信頼を感じるなとすごい思って。

山田 手っ取り早く時短料理みたいに作って、「電子レンジで本場中国の味!」みたいなので満足できるか、それとも本当に、本場中国に行ってこの食材もあるんだな、あんな風に作ったりするんだ、こんな台所なんだー、とか学びながらやるのか、どっちが好きかっていう話かもしれない。

——レトルトはね、味は一緒だからね。同一だからね。

f:id:eigabigakkou:20201213132720j:plainウンゲツィーファガーデン/ミーム『窓の向こうシアター』一場面 

山田 全然話変わるんですけど、昨日兵藤(公美)さんのお芝居を見てきて。情熱のフラミンゴ。全然違うんですよ、兵藤さんが。『バッコス(の信女―ホルスタインの雌)』の時と。いやーもう、何つうの?沼ですね。

——ずぶずぶと。

山田 演劇っていうか、演技というか、沼だなーって。ハマったらもう、こうすればいいって答えは絶対ないだろうなーって。あと、古澤さんの講義を聞いて、言葉に変換できるものでもない気がした。

——おおー。‥‥考え続けるしかないんでしょうね。

山田 講義が終わって、自分たちは映画ってものをどう思っていたか、今回の講義で何を学んだかではなく、この講義を受ける前まで今映画というものはどうやって作られていたのかとか、映画に対するイメージはどうだったのかっていうのを書いてきてくださいっていう最後の宿題があって。多分振り返って、とにかく原点を振り返りながら進化していけっていうことなのかな?

——どう思っていたか。

山田 どう書けばいいのかなー。(古澤さんは)何が正しいっていうのはないっていう人だから「こういうことですか?」って聞いたら、「うん、そうかも」みたいな。で、「こう書けばいいですか?」って言ったら、「うーんそうかも?」みたいな(笑)。
 今回の講座って古澤さんの映画哲学講座だったのかも。終わりのない哲学。演技や映画的表現はもちろん、現場での相性とか信頼とかそういうことも全部含めて考える映画哲学。

——「これ」って言う言葉にはならないよね。例えば信頼を築く方法としてね、現場に入ったらちゃんと挨拶をするとかコミュニケーションの一環として何かをするとか、そういう箇条書きにはできるかもしれないけど。求めたい事は何かは、きっと何かもっとふんわりだよね。とっかかりとしてそういう術を持ち込んだとしても、求めたい事はこういう瞬間だぜ、みたいな。そういうことなのかしら?

山田 そういう感じな気がする。言葉に収まらないプラスアルファ。

——でも、現場ではどうしようもない時ってありますよね。撮影終了の時間が迫ってるみたいな時。そういう時ってもう、具体的な方向に得てしていっちゃうじゃん。じゃあ、こうして、こうして、こうしましょうみたいなことになっちゃうから。まあなってしまっても、そういう経験も生かしちゃえばいいんだろうか。

山田 監督さんにもよるんだろうね。「絶対この画がいる」って思ってる監督さんだったら、指示通り動くべきだし。でも古澤さんはもう、現場で起きるマジックみたいなものを尊重される方だから。そこを大事にする監督は「驚きをくれよ!お前ら!」みたいな感じに現場でなるんじゃないかな。で、そういう監督には、役者としてどうやったら驚きっていうか、ときめき?を提供できるかっていう話なのかな。‥‥漸くこの講義の意図が見えてきたかも(笑)。

——やった(笑)。でも、9期の講義で古澤さんの講義で撮影した時もさ。廣田(彩)ちゃんかな?あの子たまに宇宙人みたいな動きをしてて。廣田ちゃんに「それは考えてやってるの?」って古澤さんが言ったら、「いや、勝手に動きましたねえ」「じゃあ、それ面白いし使おう」みたいな話をしてたな。

山田 古澤さん、9期での撮影実習でも色んなアイディアが撮りながら浮かんでくる感じだったじゃない?そのアイディアが湧いてくる状態を役者さんにも見てほしいという事なんじゃないかな。そういえば『キラー・テナント』の話で、石川さんの話をたくさんされてた。石川さんは主演ということで、役者として盛り上がってて、すごく楽しそうだったんだと思う。で、楽しいからどんどんどんどん役作りにはまっちゃって「こういうのもしたい、こういうのもしたい、どう?どう?」みたいなのがすごい楽しかったんじゃないかな、古澤さん。だからそういう風にしてほしいんじゃないかな。して、とは言ってないけど。「どんどんどんどん積極的にこい、お前ら!俺を驚かせてみな!っていう体を作っておいて欲しいな、自分的には。でもそうじゃないかと思う監督もいるかもよ」っていう。
 (講義の)1回目は本当にそう、「映画をまるごと把握する」というテーマに基づきながら、雑談。2回目は、いただいた台本を本読み、みたいな。3回目はその、もらった台本で自分、3つシーン候補をもらって、その中で自分がやりたい場面を編集する。で、4回目はみんなの編集をみて、最後の講義は古澤さんのも見て、古澤さんがどうしてそういう編集にしたのか?みたいな話を聞いて。具体的にやったのはそういうこと。でもなんかいっぱい、それ以上に学びすぎて、もうなんなんだっていう(笑)。雑学が、でも、多かったかも。映画雑学が。そういうのも面白かったし、(「俳優の権利と危機管理」でも取り上げている)ハラスメントに関しても触れたりもした。なんか、そういうのを全部まとめた、全部一緒にした上での演技哲学講座だった。‥‥これでいいのかな?

——わかりやすく成果があればさくっと論じられるかもしれないけどね。でもアクターズ・コースってそもそもそういう場じゃないと思うし。「これだよ!」ってみんな言わないじゃないですか。

山田 言わない。でも参考書籍みたいなのを常に古澤さん出してきてて。すごい面白かったな。たくさん脱線するの、本当に。古澤さんの話が。それが面白い。あ、編集の課題の時はテクニカルな話をたくさん聞けた。

f:id:eigabigakkou:20201214130713j:plain山田さんが参加した郵送演劇 HOMESTAY AT HOME vol.1 『ハウスダストピア』

——一度、自分でも映像作って編集した時、「これってすごく傲慢な作業なのでは」と思ったりした部分がありましたね。「ここ、俳優の演技はいいけど変な光が入ってるし切ろう!」ってざくざく切ってたけど「これってすごい傲慢なのでは?」という思いがめっちゃ渦巻いてて(笑)。編集ってすごく面白いけど、役者の視点ではちょっと悔しい部分もあって。

山田 そうやって、演技もどんどん変わっていっちゃうじゃない?編集で。ってなると「演技とはなんぞや、って思っちゃわない?でもそこで諦めたりするんじゃないよ」っていう教えもあった気がする。役者さん、舞台だと生身になるじゃない?役者さん100%ってなるけど。映像になると、役者さんプラス入ってくるものがあるじゃない?編集とかも。でも、そこだけじゃないってわかってるからね!っていうメッセージだったと思う。

——優しい‥‥!!

山田 舞台の演技と、映像の演技ってところで、違うと思うけど、でも違わないところもあって、それってなんだろうねって話すことも結構あった。そこもやっぱり、答えは出なくて、みんなで考え続けようって結論だった気がするけれども。古澤さんの撮り方と編集を見たら、シーンを長回しでバーっと撮って、で、また違うところにカメラ設置して長回しで撮って。で、いいところを拾っていくってのが結構あって。私は長回しで撮ると、長回し尊重したい派になっちゃうのね。演技っていうのを舞台でしかちゃんとやってないからだと思うけど。私はそういう編集の仕方をしたの。でも、古澤さんのをみたら、長回しで撮ってるのも、もうバッサバッサバッサ切って、いい表情したのとか、いい動きをしたってのをどんどんつないでいくの。そのシーンが激しいシーンだったっていうのもあって、アクションっぽくしたかったっていうのもあるんだと思うけど。で、「ああ、確かに演技切られてる」と思って(笑)。けど、つなげる要素をもっともっと出して欲しいんだろうな、って感じました。ここを使いたいと思わせる演技をするためには、どうしたらいいのか、何が必要なのかを考え続けてねと。だからなんか、この講座について語ろうとしてもまとまらないんだと思う。現在進行形で終わることのない探究だから。だからこれは考えるためのスタートラインを作ってくれた講座なんだと思う。で、そうね。まいまいが言った通り、ものすごく映画美学校っぽいんだと思う。ずっと考え続ける、勉強し続けるのが好きな人たちが集まる場所じゃない?飽くなき追求をしたい人たちの集団だから。だからこそ終わりがないっていうか。で、こういう書籍もある、こういう映画もある、って教えてもらって、そこで自分がピンときたところから、進めればいいのではと思うんだけど。でもね、映像に出るチャンスが。なかなかね。
 ちょっと脇にそれるんだけど、古澤さんがオーディションの話とかもしたの。「どうやったら売れるようになる?」って役者さんたちによく聞かれるんだって。で、最近言ってるのは「一緒に育つ仲間を見つける」って話をしてた。言葉選びがちょっと違うかもしれないけど。山下敦弘監督の名前を出して。(彼は)結局、大学の時に出会った仲間で無名時代からずーっとやってるんだって。役者さんたちも。で、そういうのの集まりでずっと仲良く撮れれば、それが一番、みたいな。すでにある集団の中に入っても、うまくいかないんじゃない。もうできあがってる感があるから。だったら、仲いい人たちで集団を作るのが一番、的な。

——ものすごくそれ、理想。素敵。

山田 いい作品に出たいから、オーディション頑張るとかっていうよりは、仲良い人たちを探す、出会うみたいな方が大事だよって。そうやって現場の雰囲気を作るのも大事なんだって、そんな風に私は解釈したのだけれど。役者が演技でサプライズを提供するためにはどういう状態であればいいか。何が出来るかっていうのは役者の役作り以外にも現場の雰囲気ありきみたいな。

——でも難しいよね、仲間を探すのも。できたら一緒の立ち位置で考えられる団体、仲間が欲しいなって思う気持ちはずっとあるな。

山田 難しいよね。

f:id:eigabigakkou:20201213132948j:plain山田さんが来年やろうと思っている企画:一景 

——じゃあそろそろ、時間も頃合いですね。今後の展望とかありましたら、ぜひ。

山田 私、演劇始めたの去年じゃない?本橋さんのリーディング公演(『ごめんなさいの森』)に参加したのが去年の7月なのね。3日間のワークショップで。2日間練習して、1日本番を吉祥寺シアターでやるっていうのがあって。その打ち上げで「えー、すごい楽しかった、またやりたい」って言った時に「映画美学校が明後日が締め切りだから、応募してみたら?」って言われたのがきっかけだったの。それまで観る側でやったこともなかったのに、今となったらどっぷりはまっちゃって。役者とはなんぞやみたいな哲学を考えたりして、本読んだりして。これから多分、どんどん沼にはまっていくんじゃないかな?
 講師のみなさん、それぞれ色が違うんだけど、根底のところは「絶対これをやめないで追求していこう」っていうのはプロ意識であるじゃない?特に無名の役者って立ち位置がとっても微妙だと思うの。不安が常にあるし、このままやっていいのかなっていうところで、ぎりぎりでその場にいるじゃない。よっぽど売れてない限り。でもそういう不安がアクターズ・コースの講師たちってないんだよね。実はそんなことないんだろうけど、自分の可能性を信じるって信念があるの。今回の古澤さんもそういう前提で話してたのね。ということは、まずは、自信を持て。根拠がなくても役者であるということに自信を持って勉強を続けていきなさいよ、、追求をしていきなさいよってメッセージを勝手に受け取ったので、何かに出る出れないかかわらず、自信を持って演技の勉強は続けていきたいと思います(笑)。
 映画美学校修了後、コロナもあって暇になるかなーと思いきや、なんやかんやで結局、まいまいとやったり、あと本橋さんと音の企画(郵送演劇 HOMESTAY AT HOME vol.1 『ハウスダストピア』)やらしてもらって、その後ウンゲツィーファガーデン/ミームやって、ミーム関係でミームで友達になった子と映像作ったり、色々やらせてもらってます。多分こういう感じで続けていくんじゃないかな。あとは演劇で食える問題をなんとか解決したいと思ってる。役者で食える問題、食っていけるようにする問題ですね。

——わかる。制作やってたのもあるので、それは20代の頃からずっと考えてる。あと、搾取されずにやる方法。

山田 難しいねー。でも諦めたくないな。考えよう。なんか違う形で、「この手があったか!」ってやりたいね。 

 

山田薫(Yamada Kaoru

東京出身。映画美学校アクターズ9期

 

 2020/12/3 インタビュー・構成:浅田麻衣