映画美学校アクターズ・コース ブログ

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映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。アクターズ・コース俳優養成講座2023、9/1(金)開講決定!

『革命日記』の観察日記 その2

 この日の稽古は妙に緊張していた。演出・松井も、前回と比べると、悩み悩み稽古をつけている。「なんでかな、なんかここが、スムーズに行かないよね……」少し遡って、もう一度やってみる。そうやって芝居を遡るうちに、俳優たちの芝居も自然と変わってくる。例えばあの、「佐々木」くんの変貌。何かと周囲の空気を受けては押され気味だった彼が、この日は何だか随分と、ふてぶてしくなっている。ふと思う。芝居は、役者のパーソナルを、ある一線を境に超えるのかもしれない。私たちは「自分と似ている役柄を演じる」ことが「演技」の第一歩だと思いがちだけれど、でも「その人の素の姿に似ている役柄を演じる」ことと、真の意味での「当たり役を得る」というのは、まるで別物の話なのだ。

 「引っ張ってきて」。松井が繰り返す言葉だ。息せき切って駆け込んできた兵士が、仲間の危機を一同に告げる。「その切羽詰まった感じを、ちゃんと、室内まで連れてきて。周りの空気を、もっと使うんだよ」。彼には、出の寸前まで、腿上げジャンプが課せられた。

 そう、「周りを使う」ということ。松井はいつだってそれを繰り返す。自分一人でせりふを繰るのではなく、周りの空気を、五感を駆使して大いに使う。自分がどうも目線より下ばかり見ている、ということに自分で気づけるアンテナを、誰もが持てたら芝居は本当に変わる。

 そして松井の演出は、ついに新局面へと漕ぎだしていく。「よし、ここで、グルーブ感を出していこう!」。ぐ、ぐるーぶ感。「静かな演劇」でおなじみの青年団からやってきた精鋭が、ぐるーぶ感。「○○さん、胸元50センチで芝居しないで」「○○さん、今の5倍ぐらい、声を出して!」。……重ね重ね言う。「静かな演劇」で育ったはずの松井周が、「今の5倍の声を!」って言ってる。

 そう、青年団や、その周囲の作家たちが紡ぐ芝居は決して「静か」などではない。舞台上で起きている心の動きは、極めて大きく、そして痛い。登場人物たちは、互いの芝居に連鎖しあって、「グルーブ」が生まれる。音楽で盛り上げたり、ドラマチックに昇華させない分、突然訪れるラストに観客は戸惑う。芝居を観る前に生きていた日常世界へ、突然放り出されたみたいな気になる。芝居を観る前まで、私たちが暮らしていたはずの日常に、不意にぽおんと放り出されて、客電がついてもちょっとしばらく、ぼうっとしてしまうのだ。

 時間を置いて、この日、初めての通し稽古が行われた。1シーンごとに一息入れることなく、芝居を最初から最後まで止めずに通す。映画人が集まるこの学校においては、それ自体がどうもちょっぴり異質なことらしい。アシスタントとして付いている石川君も、映画畑の人である。「頭から最後まで間違っちゃいけないなんて初めてですよぉー」と声を上ずらせている。けれど、ここまで来てしまえば、稽古は不思議なまでに、一応、通ってしまうのだ。そしてこのまま磨けば、この芝居は伸びていける、という可能性が少なくともこの日わかった。あとは、磨くのみ。誰かが気を抜いたら、きっとその夢はふわふわと消えてしまう。揺れ揺れの綱渡りの上で、張り詰めっぱなしの日々が、きっとこのまま本番まで続く。
【2013/03/13】

小川志津子/インタビューおよび現場居座り系フリーライター。演劇・映画誌などで記事やレポートを執筆。完全自腹型密着インタビューサイト 『あいにいく』を人知れず運営。日本全国、あたたかい人大募集。http://ai-ni-iku.com