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【イベントレポート】「監督と俳優が語る演技のヒミツ」〜その3

先日おこなわれたイベント「監督と俳優が語る演技のヒミツ」のレポート、完結編です。深田監督と出演俳優が『歓待』の別のシーン、そして『東京人間喜劇』についてお喋りします。俳優の技術について現場から語る、具体的な言葉です。ぜひご覧下さい。

【2014年4月19日 14:00〜16:00 参加者:深田晃司、山内健司、兵藤公美、大竹直 レポート:中川ゆかり】

山内:それでは『歓待』の別のシーンもみてみましょうか。

参考上映:近所の飲み会から酔っ払って帰ってきた妹が、居間にいた兄嫁に絡みながら倒れ込む。兄嫁が介抱をするシーン。

深田:とにかくこのシーンは現場が楽しかったのを覚えてます(笑)。

山内:僕は出てるけどこのあと現場(妹と嫁の二人だけの芝居)見てないんですけどね。(兵藤に、演技中の目線について)これどこみてんの?

兵藤:居間だーって(笑)

山内:なんか歩き方もモンローウォーク?(笑)

深田:このとき兵藤さんたしか『SEX AND THE CITY』にすごいはまってたんじゃなかったでしたっけ? 

兵藤:そうそう、そうだったかも(笑)

山内:(妹が嫁に抱きつく展開を見ながら)この、人が人に触るってとっても大きな出来事ですよね。まさに、役者が仕事する場所、ですよね。

兵藤:このシーン、動きの動線は一切脚本には書かれていないんですよ。深田さんからのリクエストは、とにかくすごい酔っ払ってて、成瀬巳喜男の『流れる』の杉村春子さんみたいな、って言われて。脚本には千鳥足って書かれていて、「え、千鳥足って記号的じゃない?」ってことで酔った状態にしたんですよね。

山内:人との接触って相手にメッセージを伝えるじゃん。ここ(テーブルの向こう側にいる嫁に抱きついて、二人ともそのままテーブルの向こう側に倒れてこむ展開)はもう少しなんかできそう、向こう側に倒れる事に意識がいってるような……。

兵藤:そうそう、なんだか距離感がおかしいね。とにかく酔っ払ってて、今この人は声がでかい、とかそういうことをイメージしてたけど、酔っ払って人にコンタクトを取る時のイメージが薄いから雑になっちゃってた。私の演技で、相手役にどうやって受けてほしい、というのを提示できていないから、相手役の杉野さんも受けづらかったんじゃないかな。なんかこう、ざっくり倒れるっていう演技になってるなーって。

深田:酔っ払ってるのってこういう感じかな、ってのが見えました(笑)

兵藤:そうですね、まあ今はなしていることも、自分の俳優としての仕事としてどんなアプローチだったのかってことですよね。ちなみに私、台詞は一言一句かえてないんですよね。

山内:(倒れ込んだ妹を介抱する嫁が、妹の靴を脱がす展開を見ながら)このお嫁さんにとって、主人の妹の靴に触れるっていうのはどのくらいの出来事なのか、ってこととかね。それは嫁にとって、震度1なのか3なのか、そして、マグニチュード3なのか5.5なのかを作るのが大変なところなんですよね。

深田:確かに、もっと演技として試す事ができる部分はありそうですよね。何かに触れるというところは特に。例えばこの主人の妹の靴を脱がす時には色々思う事あるだろうっていうところとか。監督の指示次第で、さらにできたこともあるんじゃないかとも思いますし。

兵藤:(一人で畳に倒れ込み、笑いから咳き込む展開)ここから杉村春子のイメージなんですよ(笑)。このシーン、現場はかなり盛り上がっちゃったんですよね。その場のノリでやってるってのはありましたね、3、4テイクやりましたし。

山内:でも、良く同じ場所に何度も正確に倒れ込んだよね(笑)

兵藤:それはちゃんとコントロールできました。今日見た一連のシーンはまだ撮影序盤だったこともあって、共演者との距離感もまだ掴みきれてない時期ではありましたね。これも、演劇と映画だと作業の進め方が違うなっていうのがありますよね。

 

山内:では続いて、『東京人間喜劇』に移りましょうか。

深田:この作品は、僕の『ざくろ屋敷』(2006年)の後の作品です。演劇やらないのに青年団に入って2、3年経ち、そろそろ撮らなきゃ、と僕が企画を立てて青年団所属の俳優が出演した映画です。大竹さんが出演されたのは3編のオムニバスのうち、3つ目ですね。

参考上映:『東京人間喜劇』ゴミ収集車の運転席にいる三人の男。運転手(佐藤誠)とポッキーを食べながら暴露話をする男(大竹)。

大竹:撮影は2007年だから、もう結構前のことになりますね。このシーンは、朝7時から夕方5時まで撮影しました。ゴミ収集日にあわせて「いまだって時に自分達で用意した出道具のゴミを出して、収集するシーンを撮りました。ほんとのゴミを持ってきちゃう人もいて(笑)。

深田:ゴミ回収車ってその当時は5,000円ぐらいで借りられました。意外と安いです(笑)。

山内:このシーンは、カメラと監督はどこにいるの?

深田:監督は車内にいませんでした。狭くてカメラマンしか入れなくて、出演者三人の前に無理矢理カメラマンがいます。運転手の方と大竹さん側の切り返しのとき両方とも、そうやって撮ってました。

大竹:(窓側に座る)僕のすごく近くにカメラがある状況ですね。ずーっとこのルートを5、6周しましたね。運転手役の「愛だね〜」っていう台詞は、このカーブをきったときに言ってください、っていう指示が深田監督からあって。ここにある間は、その動作を利用した間になってます。

兵藤:物理的な間に見せるっていう演出だったんですね。心理的な間にしない。

大竹:そうなんですよね。

深田:ちなみにこのシーンは、3、4日ほぼ徹夜が続いてる日に撮ってて、意識が朦朧としてましたね。ナチュラルハイです(笑)。冬だったので午後4時過ぎには日が落ちるところだったんですけどね、無茶をしました。もう徹夜撮影はしたくないと心底思いましたね。

兵藤:ここのシーンの脚本、めちゃくちゃ面白いとこがあって。運転手が、大竹さんに「何か暗くない? 相談にのるよ」って言ってたのに、その次の人に話をふるときは「お前もなんか面白い話しろよって言う。あ、この人(運転手)にとっては、相談にのるってネタ探しかっていう(笑)

大竹:まあ、でもこの人たちは毎日とか一日置きとかに会いますからね(笑)。

兵藤:まあ、そういう三人の関係性っていうことですよね(笑)。

大竹:毎日繰り返されている三人の出来事をしゃべっている、というシーンですよね。とはいえ、ものすごい内容をカミングアウトしてますけどね。

深田:これ実はちょっと実話なんですよね。とある俳優さんで、表情を替えずに下ネタを言い続けるという人がいて。僕も会って間もない頃に、なにげない 会話の流れでいきなり「淋病なんですよ」って暴露し出すという(笑)。ま、そういうモデルがいて、なので、ここは実体験を混ぜています。

大竹:事前にどうやってしゃべるのっていう部分を結構丁寧に打ち合わせして臨んだので、現場でもスムーズだったかもしれないですね。

深田:ちなみに、ここのシーン自体は映画の中では「必要のない言葉」ですね。単にこのストーリーの主人公が車で轢かれなきゃいけない、っていうのを導くものというか。主人公が轢かれるという映画の大きな嘘をごまかすための、本当らしい何かが必要だと思って、この方々に出てもらっているんです。

兵藤:(車に轢かれるところ)マフラーしかないのに轢かれてることにするっていう(笑)。

大竹:そうなんですよね(笑)。僕としては結構気軽に参加したんですけど、見てくれた人には「よかったよ」って言われました。

山内:ちなみに、(作品中食べてる)ポッキー好き?

大竹:いや、あんまり。

山内:だよね(笑)。あと「淋病だから抱いてやれない」って台詞、相当いいにくくない?

大竹:それはね、言いにくいです。撮る前にも相当その台詞について話したんですけど、でもそこは「抱いてやる」なんだって決まって。

兵藤:口語じゃないんだよね。

山内:そう、この台詞で、なんでこんな知的な会話なんだろうって。

深田:いや、人生で一回ぐらいはいいますよ、「抱いてやる」って(笑)。

兵藤:口語じゃない分、俳優や監督によっては「あえてそのチョイスしましたよ」ってのを表現しようとしちゃうこともあると思うんだけど、ここではやってないんだよね。

大竹:そうですね。

深田:この(大竹さんの)役は、結局上からなんですよね、女性に対する目線が。そういう意図で書いた気がします。

大竹:この撮影のときは深田さんの家が待機場所だったんですけど、これがまたすごい部屋で。それを見て、「これだー」って思ったんです(笑)。

山内:(大竹さんは)舞台だとこういう(ダメダメな男の)演技しないよね。

大竹:しないですね。この人、(愛されてないことで)泣いている女性を叩く人なんですよね。で、ほんとダメな奴なんだよね俺っていう反省をしていて。この「ダメダメなんですよ」っていう演技の時はその女の人と、深田くんの部屋が浮かんできて。

兵藤:この演技もからっぽでいいですよね。

大竹:そうそう、運転手役の佐藤さんも歩行者しか見てないし。

 

深田:さて、色々と話してきましたが、ちょっとまとめていこうと思います。まず、スクリーンに映る演技の責任はどこにあるのか、ということについてです。僕は脚本が駄目なら演技が駄目になる、だとやっぱり思います。構成がすごくうまくできていれば、その人が悲しいとか嬉しいとかは伝わるものなんです。だから、その土台がしっかり準備できていれば、俳優は自由に演技ができる。逆にできてないと嬉しい芝居、悲しい芝居というように、俳優が説明しなくちゃいけなくなります。

とはいえ、一方で、監督がそういった面も含めて上手に準備や演出ができればいいものができるのか、というとそうでもなくて。俳優が脚本を読んで最初に出してくれる演技がその芝居のクオリティの8割を決めると僕は思っています。もちろん、現場の演出にも意味はありますし、監督としてそこは頑張るわけですが、そこの伸びしろの長さも結局は最初に俳優たちが出してくるもの次第、という印象です。

兵藤:映画は稽古期間がない状態で演じる表現だから、台本を読んで瞬時によみとって演技に反映させる自由さ、瞬発力が大事だな、ということをすごく感じました。私も、イメージ力を高めていきたい、と。

大竹:最初にイメージがあると、ものすごく自由だし、現場で広がりが出てきますね。チョイスできるし、余裕がある。準備段階がたくさんとれればとれるほど、いいものになるような気がします。

深田:それはもっともだと思いますね。特に日本の低予算の現場は余裕がなさすぎる点を課題に感じています。撮影当日の朝に初めて会った男女が20年連れ添った夫婦を演じるという不自由さが予算の大小に関わらずあったりして、その環境づくりを考えていきたいなと思っています。

山内:僕は、演技について語る言葉をなんとかして獲得したいと思っています。例えば今日のように、OKテイクを出した監督を交えて話すのはかなりの緊張感がありますね(笑)。

深田:いえいえ。ただ、監督がOKだしたものがすべてではないんですよね。

兵藤:こういう風に見直してみると、俳優側の演技の可能性はまだまだあるなと思いました。監督を交えてこういう機会を持つのもとても面白いですよね。またこういう場所ができたらいいですね!

(了)

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