映画美学校アクターズ・コース ブログ

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映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。アクターズ・コース俳優養成講座2021、9/1(水)開講決定!

往復書簡②

往復書簡、第2回目。


今は、平田オリザゼミの稽古で皆忙しく過ごしています。
月末からは、修了公演「シティキラー」の稽古も始まります。そんななか、降り積もった書簡たちです。

 

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2020/01/12 15:55 |浅田麻衣

 

こんにちは、浅田麻衣です。です。

自宅の部屋で、備え付けられた机に向かって、椅子に座って、書いています。この机と椅子は、今住んでいるシェアハウスに元々ついていたもの。小学生のときに親に与えられた、自分の背丈には合わない高さのぴかぴかした机と椅子、を、大学1回生の時まで使っていたけれど、家を出ることになって、新たな新居はスペース的に置く余裕がないから、小さなちゃぶ台を買うことになった。食事をするのと勉強をするのが同じ机。これが合理的というのだろうかとぼんやり思った覚えがある。

そうそう、今はシェアハウスに住みながら猫と一緒に住んでいます。猫は11歳。

超凛々しいなこの写真。


幼年期に引越しを繰り返したせいか、そもそも土地や住むところにあまり頓着がない(住んで数ヶ月で思い立って引越しをしたときは自分でも阿呆だと思った)ただ、東京にきて4年弱になるが、街並みを歩いているときふと「なんで今東京にいるんだろう?」と不思議に思ったり、「今私がいるのはどこだったっけ?」と混乱するのは何故だろう。他の土地だとそんなことは思いもしなかったのに。特に渋谷で喧騒にまみれているとき、強く感じる。

まだ異邦人感覚でいるんだろうか。


いつまでも「お客様」感覚でいるけれど、そういう馴染めなさが私はけっこう好きなのかもしれない。そういえば昨年、上海に2回行ったけれど、そのときは、あまり異邦人感覚はなかったな。

土地に根ざすもの、皮膚感覚というか、そういうものに興味がずっとあります。


「色ガラスの街」(尾形亀之助さん)という詩集がすきです。ぽつんとした孤独感と世界と繋がろうとする微かな意思が。

「おゝ これは砂糖のかたまりがぬるま湯の中でとけるやうに涙ぐましい」

 

2020/01/12 15:57

写真が切れている気がする・・・・添付しておきましょう。

f:id:eigabigakkou:20200118172706j:plain

 

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2020/01/15 17:39|山田薫

 

こんにちは。アクターズ9期の山田薫と申します。よろしくお願いいたします。

突然ですが、
左右盲』ってご存知ですか? 堺雅人さんが告白して話題になったり、去年ツイッターでバズったりしたのでご存知の方も多いと思うのですが、要するに『左と右で混乱してしまう人』のことだそうで、私、多分これです。
例えば歯医者さんとかで「右向いてください」、と言われると大抵逆を向いて「いや、反対です」と言われてしまう。

子供の頃、左利きを右利きに矯正された人がなるとか、左右盲になる原因は色々諸説あるらしいんですが、私の場合、この前ある舞台を観ていて「あ!」っと思い出したことがあって。

大好きな劇場の一つ、KAATが毎年キッズ・プログラムという素晴らしい企画を発表しているのですが、その一環の一つで去年『二分間の冒険』という岡田淳さん作の子供向け小説が舞台化されました。(作演が山本卓卓さんで、と感想を書き始めると別の話になってしまうので割愛。とにかく舞台と客席の気持ちが一丸となった素晴らしい舞台でした。)

で、その『二分間の冒険』の中で「自分では自分が見えない」みたいなセリフがあって。

そうなんです、私たちって、自分の姿をよく分かってるつもりなんですが、それって鏡を通してみた左右反対の自分のイメージ。写真に写る自分の姿が他人から見える自分の姿とも言えますが、いずれにしろ自分が何かの媒体で自分の姿を見る時って2Dに変換されたものだし。
自分では本当の自分が見えない、という事実を幼稚園の頃 近所のお姉さんに教えられたなあ、と『二分間の冒険』を観ている最中に一瞬フラッシュバック。

鏡で見る自分の姿の右側は相手にとって左側に見える。もうそれだけで幼かった私は脳的にパニックだと思うんですが。
思えばこれをきっかけに自分の左右の認識に自信が持てなくなったというか、自分から見た右左より他人から見た右左を優先する癖がついたみたいで。
だから歯医者さんに「右向いてください」と言われたら歯医者さんにとっての右を選択してしまう。
相手と同じ方向を見てるなら問題ないんですけどね。相手と向かい合っていると自分の左右と相手の左右が反対になっちゃう。向かい合うほど分からなくなるというジレンマ。

同じ意味のことでも、どう見るか、どこから見るかでイメージが全然相手に伝わらなくなってしまうなんて。

面白いけど怖いなあ。

あれ、書いてること伝わってます?

 

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2020/01/15 22:57|田中美帆

 

田中です。
不穏な文章かもですが、つらつら。
わたしは、哲学大好き人間です。
長くてすみません。

1、道端のサバ缶はかく語りき、

シュルレアリスムや抽象的観念に憧れる時期です。一見して意味がわからないものはなんとなく格好良く思えたり、さながら憧憬の念を覚えます。それはきつと胎児だつた時の夢のなかのカオスに似ているからだと思います。その憧憬の強さは胎児の時の記憶の残り香の強さを表します。

さて、貴方は哲学を好みますか?人生はこれこれだなどと言葉を使って物事を思考したり語ったりすることに喜びを覚える小さき哲学者でせうか?

哲学は美しいです。それは現実には何の役にも立た無いのに、考えることを潜在的に趣味としている人種の頭の中にふんぞりかえつて陣取つて、まるで自分自身がイデアであるかのように横柄に振る舞います。時にそれはそれらの人種の口から吐き出されて社会の中を漂って地球を侵食したりします。貴方も私もカオスです。でも、それらは影も形も無い無に過ぎません。我々は現実の毎日を生きているのですから。
というと、現実なんて脳髄の夢だなんて仰る方を散見致します。一笑。そんな方方はずっと布団に包まつて寝ていれば良い。夢と現実、好きな方に生きれば良いのです。かと言つて夢の中で生きていて現実の飯を米粒一つついぞ食べなければ夢と仰つていた部分に生きている貴方様の体は事切れてしまうでせう。

つまり、現実と夢などというのはどちらも本質的には同じもので、体は食べなくては朽ちる、意識は体に宿る、しかし意識の感知するところは体の感覚を受け継ぎながらもその過程で変容した新しい世界(とでも申しますべき生産物)、そしてその新しい世界が我々人類の生きている場所、ただこれだけのことなのです。

哲学なんて糞食らえです。胎児の遺産です。もしこれが彼方の真ん中にずんと鎮座していようものなら即刻立ち退いて貰うべきです。我々はもう生まれているのですから。彼方達はすぐに立ち上がり、屋根から出て散歩でもするべきです。

我々は書物の中に生きられませぬ。

どこかのお偉い方のありがたいお言葉をここに引用しておきませう。

書を捨て、街にでよ

 

2、日記

先日、祖母の家を訪問して参りました。

長野県には今年はほとんど雪が降らなかったようで、道路がカラカラ、履いて行ったレインブーツが雪でなく自らの涙に濡れておりました。お仕事のない道具は寂しそうですね。
祖母の顔は刻まれた皺の分だけ穏やかになっていくようで、僕を見るとそれだけでにこにこ笑いました。何ヶ月か帰らないうちに家のリノベーションが終わり、おじいちゃんの遺品もトラック13台分断捨離、すっきりした空間に新しい床暖房とえのきの味噌汁のあたたかさ。なにか、おおきなこぶが落ちたように、整理してからいいことしか起きないと言っておりました。毎日、毎食おじいちゃんにお線香をあげているからか、物がなくなったところにおじいちゃんの残り香が増して充満している気がしました。おばあちゃんにとってこの家は広くて寂しい物ではなく以前と変わらず2人の家なのでした。

従兄弟の家族とおばあちゃんと、みんなで夕食を食べました。子供の成長はほんとに早い。声変わりしたり、あんなに小さかった子が受験してたり、前あった時は僕にくっついて離れなかった子の斜め前でご飯を食べていたら好きな人はいるの?と大声で聞かれたり、目を白黒させながら、愉快だ、愉快だ、と。
どうでもいいのですが、従兄弟の家系はとても美人なのです。見ているだけで癒されます。
いいなぁ、こんな風におじさん達は僕の10年前を見ていたのだろうか、と思うと同時に、もう僕はこうではないな、と。ある種の諦めのような気持ち、悟ったような気持ち、を覚えました。不思議と何か肩の荷が落ちたような気がしました。そして、彼らに今のうちから色々なことをして早めのスタートを切って欲しいなんて思いました。色んな経験をして早く自分の本当になりたい物、やりたいことに気づいてそれに向けて走って欲しい。そういうものはいつでも遅くはない代わりに、早いに越したことはないのです。そしてわたしは、もう彼らの過ごすグミのように弾力があってみずみずしい甘い時間とは異なった時間を過ごしているのです。しっかりと足元を見て、一歩一歩、今できる正しいことをしようと思ったのでした。

帰りに駅まで送ってもらっているトラックの中で、今は異国にいるおばさんのことを思い出していました。もう何年もあっていない彼女の声は蚕の繭のようだったなと。
空は雲と青が五分五分で、トラックは中盤のオセロのような盆地を一定速度で走っておりました。
一度も赤信号に捕まることなく、新幹線に乗ったのでした。


終わり。