映画美学校アクターズ・コース ブログ

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映画美学校アクターズ・コースの公式ブログです。アクターズ・コース俳優養成講座2021、9/1(水)開講決定!

アクターズ高等科・講師インタビュー/山内健司さん

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「アクターズ・コース俳優養成講座 2020年度高等科」は6名の講師がそれぞれゼミを担当しています。そのゼミの内容は、講師の皆様がそれぞれ企画しました。今回は「演技論演技術」「俳優の権利と危機管理」「俳優レッスン」を担当する山内健司さんにインタビューいたしました。

・「演技論演技術」

演技論、演技術の書籍・テキストをひたすら読むゼミです。毎週課題テキストを10 数ページ読みこみ、事前に簡単なレポートを提出。それを元にディスカッションをします。大学のゼミのイメージです。ゲストに若手の研究者、関係する演劇人をできるだけ招きます。現代演劇のテキストについては出演歴のある修了生を招きます。

・「俳優の権利と危機管理」

「俳優の権利と危機管理2020」〜俳優がフラットに話せる関係性をつくるためには - 映画美学校アクターズ・コース ブログ

・「俳優レッスン」

通年で日曜日に実施していた俳優レッスンを行います。基本はダイアローグのテキストを2時間×3回の自主稽古を経てレッスン日に上演していきます。定期的な演技の実践をすることで、各人の課題に取り組み、技術の向上を目指します。最後に成果発表としてショーイングを予定しています(別途稽古時間有り)。

 

 ——まず、「演技論演技術」の話をさせていただけたらと思うんですけれども。このゼミをやろうと思った経緯について教えていただけますか?

山内 直接的には、この春に自分が参加した「演技論」という友人の大学のゼミがあって。それは今から遡って古代の哲学にいくっていう演技論なんですけれども。その授業の現代のあたりで、平田オリザの回があってその時呼ばれたんですよ。「現代口語演劇のために」(著:平田オリザ)を学生たちが読んで、それについて僕がいろいろお話をして。で、どうせ呼ばれるんであれば、オンラインで行われるその授業が、どういうふうにはこばれるのかっていうのに興味があって3カ月間くらい参加していて。それがオンラインだから、講師があちこちに声をかけて、30代くらいの演出家とか俳優とか、色んな人が集まってて。逆に周りの人たちが盛り上がっちゃって。多分、今はね、アリストテレスぐらいまでいってるのかな? 今は外と学生が半々ってところじゃないかしら。そういう野放図な感じの大学がまだあるんだってすごく嬉しくなっちゃって。今、大学っていうと本当に単位だとか出席だとか世知辛いことが昔より多い中で、面白いからどんどん人が来ちゃうとかそういう雰囲気ってもう無理なんだなってとっくに諦めてたんですけれども、図らずもそういうのが実現してるのを見て。で、「あ、オンラインでも演劇論を読んでみんなで文章書いて、読んで、ただおしゃべりするっていうので成立するな」っていうのを体験して「これいけるわ」って思ったのが直接のきっかけではありました。
 それ以外に、ずっと気にはなっていて。この間の(講義で取り上げた)杉村春子さんの言葉とか、すごい面白いけど言い返せない、「あーおっしゃるとおりでございます」としか言えないじゃん? あの種類の言葉が実際たくさん流通してるじゃん。あとそれとは別に、演技論って、演技について話してるんだけれども、すごく魅力的であってもそれは実は演出家目線だったりだとかで、それを実現する時にかならず俳優は別の演技の言葉や方法を必要だったりするし。あともう1つ、演技のやり方を語っているんだけれども、それがどういう価値観に基づいているのかっていうのがあまり語られていなくて、それをやるモチベーションが難しいものとか。正解を示されてるみたいで苦痛だったり。色んな言葉のレイヤーがあるなと思って。それらをばーっと仕分けてて、今まだ5、6回(講義を)だけど、少なくとも見たことなかった地図が出来つつあるんで、すごくいいなと思ってます。そういう演技の言葉で、なんでそれをもって良しとしているのだろうっていう、そのことが気になってるんですよね。
 演技で、例えばコンテンポラリーの演劇の言葉で俳優に「負荷をかける」なんて言い方がありますよね。俳優からしたらずいぶんな物言いで。なんでそんな当たり前のように人が人にそういうこと言うんだろう?っていうふうに思ってて。多分これは演劇を見る側とか演出家の視点の言葉なんですけれども。あと、いわゆるリアリズムの演技について敬意なく言葉でディスったりするってよくありますよね。いろいろな言葉の仕分けをしたかったっていうのは正直なところあります。
 だから、方々に検証したいところがあるんですけれども。例えば、新国立(劇場)だよね。新国立の研修所が15年間やってきて、RADAの影響もきっとあるのかな、ボイスとムービングっていうのをやるようになって、精神論的な「なりきり演技」っていうのを演技論ではうしろにしりぞかせたっていうのはすごいいいことだと僕は思っていますけどね。感情を直接表すんじゃないんだよ、行為した結果に感情が表れるんだよっていうことはそれ以前の演劇でも言ってはいたんですけれども、それがちょっと一般になったのは功績ではあるなと僕は思いますけどね。
 そういうこととか、日本のいわゆる演技の言葉の根拠っていうことを知りたいっていうのはあります。日本の演技にぴたっと張り付いている新劇、それがいいと思っている根拠をきちんと言葉で捕まえたいというのとか。あとそれからさっき言った、杉村春子さんの「おっしゃるとおりでございます、演技の魅力はそこにあります」ていう言い返せない言葉。これだと、なんでそんなに自分は圧を感じるのかなっていうことをちゃんと知りたいっていうのがありますし。
 あともう一つはコンテンポラリーな演技ですよね。コンテンポラリーで色々突き詰めたような演技、そのカンパニーでしか「通用しないよ」なんて言われちゃうような感じのことってあるじゃないですか。「通用しないよ」って言われたら俳優はすごい嫌な気持ちになりますよね。「そっか、俺、よそじゃ通用しないんだ。でもこれ本気でやらないと突き詰められないしな」っていう、そういう表現ってあるじゃないですか。ああいう表現に対して、きちんと言葉の足場が欲しい感じがするんですよ。まだまだ若手で見ててかなり極端だなあって印象抱いちゃうようなカンパニー、表現ももしかしたらあるかもしれないよね。でもなぜこれを良しとしたのかっていう文脈というか、それを演技の言葉できっちりとつなぎたいっていうのは正直あります。そのための言葉の地図の見取り図が欲しい。もういい歳してなんだけど、ようやくそこに着手してるっていう感じ。

——講義の中で、それぞれのコメントで、特に横田(僚平)さんや酒井(進吾)さんのコメントに圧倒されるんですけど。それぞれの体験から滲み出たものがコメントで出てくるっていうことがすごく衝撃的で。私はどうしても、教科書として読んでしまう癖ができてしまっているので。例えば杉山春子さんでも、「ここは自分の体験と重なるけど、これは違うレイヤーだな」みたいな分け方ができるんだ!っていう発見ができたのがすごく嬉しかったです。

山内 そうですよね、僕もそう思います。横田くん、酒井さんはまさにそう思いますよね。見取り図とか知識がなくて「俺はこれがいいと思う、いけないと思う」と真剣なんだけど独善に陥いるようなあやまちを演技論ではしちゃいがちだと僕は思っていて。横田くんや酒井さんは特にそれがなくて、自分の現場と結びつけてて言葉がフラットなんだよね。なんか昔の演技の言葉って、こう例えばリー・ストラスバーグの言葉について「これってさ、こういうことでさ、これが古いじゃん」みたいなことを、なんで上から目線なのか分からないんだけれども、そういう語り方をするのもやっちゃいがちなんだよ。それをしないっていうのがあのゼミ自体に習慣付いてきたっていうのが一番今面白いよね。昔の本を読むときに、ちゃんと敬意を持って接しているっていう。

——先人たちの言葉をただ享受するんじゃなくて、じゃあ今の、現代の私たちはどう思うのかとか。あと、読んだ時の違和感をどう言葉にできるのかみたいなことを講義の中でみんなが教えてくれてる感じがしていて、すごい贅沢な時間だなって思ってます。

山内 ただ享受って言ったけど本当にそうだよね。そういう言葉に向き合う時に、ただ受け身になって受けて「これおいしい、これまずい」っていうふうに消費しちゃうのが一番いけないパターンですね。それと真逆で、いい感じになりつつあるんじゃないんですか、今。言葉がぶわーっと日本の演技術では混ざってる。そこを現場で仕分けたいんですよ。

——これからどんどん進んでいって、実際にその演出家から演出を受けたっていうアクターズ生の話も聞けるわけですけど。

山内 みんな「あっ、それいいかも!」って、うわーっと引っ張られちゃうかもしれない。めちゃくちゃ引力強いやつばっかりだから。その引力の強さ、そういう言葉とどう付き合っていくか。その言葉のレイヤーをうまく仕分けしていきたいよね。言い返せない言葉もあれば、演劇論の言葉もあれば、演技術の言葉もあれば、芸談の話もあるっていう、その認識を持って、最前線の演出家たちの現場の言葉を解析するっていうのは本当に楽しみです。

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——他、山内さんが担当してらっしゃるのは、「俳優レッスン」と「俳優の権利と危機管理」ですね。俳優レッスンは、これまで受けたことのない人の受講が多い気がしますが、印象としてはどうですか?

山内 そうですね。うん、めちゃくちゃいいよ。テキスト選ぶ時点でも相当。僕が担当したのは初回のテキストを選ぶ時だったんですけれども。相当いろんなものが出てきたし。基本的には、リアリズム演技のテキストっていうものをやろうっていうのがあるんですけど。でもこれまでも、小説を持ってきて構成してやるっていう人もいたし、あと面白かったのはね、イラクの帰還兵の手記ってものを構成してやるっていう、(佐藤)考太郎くんのもあったし。そういうお試しを行うっていうのはすごくいいなと思った。

——自分がかつて受けた時、発表に至るまでの稽古を自分たちで組み立てなきゃいけないから、それが結構ハードルが高かったんですけれども。実際受けてみたら、まず自分たちを知る時間をとって、そこから積み重ねていくっていうのがすごく贅沢な時間だなと思って。あんなふうに稽古ができるって現場ではなかなか難しいので。

山内 浅田さんがいた時で、本荘(澪)さんと鈴木(良子)さんのペアで、あまり(演劇)経験ないもの同士で作ってて。で、アクターズの受講生の時の講義では、だいたい演技はこういう段階があって、こういう段階があって、こういう段階があるよっていうのをやるんですけど。修了後の俳優レッスンの時は「今まさに足りないのは、あの時話したあのことだよ」って必要としてるタイミングで言えて。わりと基本的な「ビートを切って動詞を見つけるっていうこととかを、今ちゃんと勉強してみたらどう?」て2人に勧めたら、それをめちゃくちゃ勉強してきて。次回の発表の時にめちゃくちゃ良くなってて。あれは結構感動したね。
 演技の技術書ってさ、順番に読んで何とかなるっていうんではなくて、やっぱり何かこうぐいぐい吸い込みたくなる、ぐいぐい吸い込む瞬間って絶対あると思っていて。俳優レッスンの中で、「今、今だよ」っていうことを言ってあげられるのはとってもいいような気がしますね。

——自分が受講生の時は、いいところ見せなくちゃみたいな変なプライドとか、あとすごい緊張もあって、講師陣の言葉をうまく受けとれなかったことがすごく多かったなと思い返していて。今回、こういう形で振り返りができたっていうのはすごいありがたいですね。

山内 そうだね。やっぱり「期」になるとね。その期で何とかやっていかなきゃいけないっていうか、座組みとしてコミュニティーが形成されるじゃない?そのことってやっぱり大きいですよね。

——やっぱり人間関係を崩せないし、挑戦しようとしても、これはやったらダメか?って思いが生まれたところはありましたね。

山内 「だめかぁー」が本当はこないほうがいいんですけど。だからその意味ではもうちょっと(受講期間が)長ければ色んな機会ができるんですけれども、わずか半年ですから。もうちょっとのんびりできるといいんですけどね。難しいですよね。やっぱり経済的なことが一番大きいと思うんですけれども。学費もそうだし、時間もそうだし、キャリアもそうだし、皆さんの生活もそうだし。
 だから「短期をやった上で、継続的に学びの手段がある」っていうのはわりとこの国の今の現状には適しているなとは僕は思うんですけどね。でもやっぱり2年ぐらいのんびりやったほうがいいんだろうな、本当は。ただ今度は、「学校」になるとほら、日本の学校教育って、独特の緩み方をするから。受け身っていうかモチベーションっていうか。それがまた難しいところではあるんですけれども。

——いわゆる大学での演劇教育と、アクターズ・コースの違いってどこにあると思いますか?

山内 端的に言うとほら、大学で演劇を学んだ人ってあんまりこっち(アクターズ・コース)に来ないじゃない。大学出た人はもう大学で4年間勉強したしな、って思って「もう学ぶっていうんじゃないだろう、現場だろう」みたい人が多かったりするんですけれども、それはもうしょうがないと思うんだけどね。でもさっき言ったけど緩いから。モチベーションバラバラだし、特にマスプロの大学の演劇の大学だったりすると、もう演技のトレーニングなんてできないし。じゃあ、いつ演技を学ぶんだろうって。あとそうね、アクターズ実際10年やってきて、現場に出たら本当にもう、頑張ってるアクターズ生たちがたくさんいるんで。そのことがやっぱり眩しいよね。みんな頑張ってると思います。

——自分自身、修了公演が終わって、別に自分は演技が上手くなったわけじゃないなと思って。それは決して悪い意味ではなく。仲間を作れたっていうことと、あと「渋谷ノート」とかで、自分でも何かが作れる可能性があるのかもしれないっていうことを半年間で教えてもらったなぁと思っていて。

山内 DIYでしょ?

——そうです(笑)

山内 (中川)ゆかりさんのインタビューの結論がDIYって、あれ面白かったですね。お芝居、DIYでちょうどいいと思うんだけどなぁ。

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——あと、山内さんが担当している「俳優の権利と危機管理」。この前の「俳優の権利と危機管理」で韓国の俳優さん、韓国で活躍していらっしゃる助監督さんの話を聞けたのは本当に良かったです。

山内 あれすごかったね。素晴らしかったね。(米川 幸)リオンが「今のような動きになって、制度になって、ハラスメント講習会があって、現場で演技しやすくなりましたか?」って聞いたら、即答したじゃん。「なりました」って。あのとき本当に希望を感じました。本当に素晴らしかったですね。

——もちろん彼らが闘ってきた歴史、背景があると思うんですけれども。すごい良かったし、全ての質問に的確に即答した俳優さんの胆力も感じて。

山内 頑張ろうって思いました。あと例えば音楽の印税ってさ、やっぱりすごいじゃない?1つヒット曲出したらそれで食べていけるじゃない、今。俳優ってさ、なんで作品で1つヒットが出てもそれで食べていけないんだろうね。印税ということなんですけどね。音楽にはそれがあって、役者にはないっていうのがずっと昔から不思議で。やっぱり音楽の人たちは、著作権で印税っていうことを自分たちで勝ち取ってきたんだよね、間違いなく。ヒットを出したらそれでやっていけるっていう。
 だから、印税とは直接関係無いけど、韓国の人たちが契約で自分たちの労働環境を変えていった話も結構こたえましたね。多分いい作品出して、それで俳優がきちんと経済的に保障されるようになったら。俳優の生き方のモデルも変わってくると思うんだけどね、本当に。権利的な部分は、俳優の生き方っていうのを太くする大きな道ですよね。だからそういう意味で、先日の話は大きな希望でしたね。「働きやすくなりましたか?」「当たり前です、もちろんです」っていうのが「この人たちなんてまともなんだー!」と思って。ぶわーっとあの瞬間に、酸素が流れてきたような感じがしましたね。本当に。

 

——山内さんの関わっていらっしゃることで、コココーララボ(https://co-co-co-la.wixsite.com/cococola/about-labo)の取り組みが気になってました。

山内 あれは「演出の言葉ってなんだろう」とか、あるいは、「俳優同士が演技について話すやり方」とか、あるいは、じゃあ現場にいる制作だとか、本当はみんな何を言ってもいいはずなのに、言わない、みたいな感じで何となく黙ってることが当たり前になってることってすごく多いと思っていて。そのことを問い直している感じですね。例えば稽古場見学に自分が行ったとして、ちょっとお邪魔しただけだから「あれは何だったんだろう?」って色んなことを聞けないし、聞けるわけないし、聞いたら失礼だし、聞いたら何も分かってないことがバレちゃうし、とか色々思ったりするじゃないですか。でも本当は何言ってもいいはずじゃん。
 コココーラではだから、とりあえず話してみる時間をいちいち作ってみるってことをやってますね。たとえば制作とかスタッフの人も、稽古場に来たり来なかったりする人もいるじゃない。日本だといくつも現場を掛け持つことが多いから張り付くことって難しい。そのことってやっぱりでかいじゃん。たまにしか来ないのに何か言ったらまずいんじゃないの?ていうかさ。

——ありますね。謎のバイアスがかかりますね。

山内 そうそうそう。そこにある、俳優と演出家の言葉のコンテクストには立ち入れないんじゃないの?って思ったりすることって結構あるでしょう? でも何言ってもいいと思うんだよね。この間の稽古で面白かったのはね、演出と俳優の3人で稽古して45分経過したら、その45分を見てた人が、見てた間に考えた事を喋るって時間を作って。人間だから色々考えてるじゃない、その考えてることをフラットに話そう。演技についてどうこう、その芝居について役に立つ立たないとかはいいから、色々考えてるそのことを話せばいいんじゃないのっていう。でもやっぱり目の前の作品のことになんとなくまつわることをみんな話すわけだけれども、結果的にはね。つまりは、言葉をフラットにしていくっていうことだと僕は思ってます。

 

——ずっと気になってたんですけど‥‥。山内さんはオリザさんと出会って演劇を始めたかと思うんですけど、それまでは一切演劇に関わっていなかったんですか?

山内 いや、えっとですね。高三の時かな。(劇団)つかこうへい事務所の解散公演の『蒲田行進曲』に間に合ったんだよ、ギリギリ。都会の高校生だったはずなのに、あんまり行かなかったから。で、「柄本(明)さんのヤスは観たほうがいいよ、観なきゃダメだよー」みたいなことを言う先輩がいたんだよ。「あーそうなんだー」という感じで。でも柄本さんじゃなくて、解散公演だったから(ヤスは)平田満さんで、(銀四郎役は)風間杜夫さんと加藤健一さんの時で。加藤健一さんの大楽(千秋楽)のときに観に行ったのかな。どうやったらお芝居見られるかも分からなくて、とりあえずやってるらしいっていうことで新宿の紀伊国屋ホールに行って、そしたら列があるんで並んでたら、当日券で入れちゃって。しかも、紀伊国屋ホールの最前列のさらにその前に座布団を敷いて座ったんだよね。センターのちょっと下手位だったかな。平田満さんの唾を直に浴びて。『蒲田行進曲』の最後のほうでもうド汗をかきながら、平田満さんが30分位長台詞を一人で喋るっていうのがあって。それを見て、もう感動っていうか洗礼を受けちゃって。あとオープニングからしてさ、根岸季衣さんとかもものすごい目力でこう、すごい素敵だったんだよな。
 でも高校の時に、大学行ったら演劇やってもいいかなっていうのはなんとなく思ってたんだよね。時代でもあったんで。それこそ野田(秀樹)さんとか、鴻上(尚史)さんが出てくるちょっと前くらいかな。あとオフィス300とか如月(小春)さんとか、すごい人たちがいっぱい出てきてた時で。「大学行ったら演劇やるって言う未来もあったりしてー」って思っていたんだけれども、なにせ入った大学は高校位の規模の大学だったんで。一学年300何十人しかいなくて。で、無理だなって思ってたら、オリザが「劇やる」とか言って。「あーそうなんだ」って1年の5月に見て、その冬には手伝ってて、1年後の大学2年の春には出てたって言う感じですね。あっそうか、演劇こんな小さい大学にいてもできるんだって思って。

——初観劇はつか(こうへい)さんだったんですね。

山内 つかさんだったね。あとその後『熱海殺人事件』の伝説的なアイちゃんをやってた井上加奈子さん、本当に可憐な女優さんですけど、その方とご一緒する機会がすごいあとにあって。当然本番には平田満さんがやってきて。もう直立不動ですよ。「わわ、私は、あああ、あなたのー、唾をあああ、あびてー」みたいな感じで。20年位前ですね。緊張しました。‥‥あ、ごめん。もう一つあったんだ。あんまり人に話してないな。「柄本さんのヤスは見なきゃだめだよー」って言われた以外に、図書館になぜかね、つかこうへいさんの写真集があったんだよ。

——写真集ですか?

山内 うん、『前進か、死か!!』っていう。それをなぜか知らないけど手に取っちゃったんだよね、忘れもしない。その写真集にやられちゃったんだよ「すげえ、これはやばい」と思って。だから加奈子さんがね、平田満さんに「珍しいよ、写真集から入ったんだよ、この人は」って紹介してもらったっていうのがありました。そういえば。今ネットであるかな?

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——あ、中古で売ってます!

山内 これを手に取っちゃったんですよ。コテコテだな、今見ると。あと、『寝盗られ宗助』の演出について事細かに書いた本もあってね、あれは貪るように読んだなぁ、そういえば。あれは面白いですよ。いつ頃読んだんだろう、結構衝撃で、それで演劇っていいなぁって思ったんですよね、そういえば。

 

——最初つかさんって、意外でした。その後オリザさんと出会って、お芝居を始めて。そこから「教える」っていう立場になられる契機みたいなものはあったんですか?

山内 直接的には、何だっけな。1人1ワークショップとかいってやってた時代があったんだよな。あれが面白くて。何でもいいから自分の知っていることをワークショップ化する、みたいな。

——それは青年団内で?

山内 そう。利賀で合宿か何かやってる時で時間もあったから、そんなことやってる時代があって。その時に自分が演技をどうやってやってる、みたいなのをちゃんと言語化するっていうのを初めてやってみて、っていう前段階がありますな。それがあって、で、桜美林(大学)にオリザが呼んでくれて。普通演劇を教える人って、自分が学んできたことを教えるじゃない? でも僕は誰にもある意味教わってないから、自分がやってきたことを言語化をするっていう作業やってて、すごい大変だったのね。演劇の授業をやるっていうのが。まぁ始まりは大学で、「僕に授業で何をしてほしいの?」って聞いたら、「みんなのモチベーションを上げてくれ」ってオリザが言ってて、なるほど、と思って。それが始まりですね、教えるのは。
 でもそれとわりと同時期の、フランスの演劇人との出会いっていうのが大きくて。フランスの演劇人っていうのは、公共劇場の俳優と商業劇場の俳優ていうのがはっきり分かれていて。公共劇場の俳優は公共劇場が百個ぐらいあるから、それを主な仕事場にしてる俳優で。その公共劇場の俳優たちを間近に見てだな、ようは誇り高かったんですよね、みんな。それが羨ましくて。例えばアフタートークとかでも、日本だとアフタートークって演出家がやるトークショーみたいな感じなんですけれども。フランス人の演劇のアフタートークは、俳優たちも舞台の最前列に足をぶらぶらさせて座って「じゃあ何か質問ある人?」っていきなり始まる。で、質問があったら、その質問した人と1対1でお話をするっていう、そういう時間なんですね。で、「この質問、誰が答える?」みたいな感じの時は、1人の俳優が「じゃあ、答える」とか言って。俳優が自分はこの作品をどう思っていて、自分の役をどう思ってて、みたいなことを全部自分の言葉で話すのね。その姿を見ててかっこいいと思ったんですよ。自分の言葉で社会と直接つながるっていうかっこよさへの憧れが、同じ頃にあった気がしますね。で、桜美林で教えるってなって、そうかそうか、自分の仕事をちゃんと言語化していこう、自分のやっていることを喋れるようになっていこうと思ったのが教える最初ですね。
 で、自分がやっていることがどういうことなのかっていうことをとにかく言語化していって、言語化していく過程で「言語化したものをじゃあ中学生にやってみたら?」って勧められたのがワークショップの始まりだったのね。だから教えるっていうよりは自分のことを、自分の言葉で喋って、社会と直接つながりたかったっていうのが一番大きいかもしれませんね。

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——今まで自分は、自分は教えるというのは難しいなと思っていて、距離を取っていたんですけど。私も大学とかで学んできたわけではないので。でも今の山内さんの言葉で、社会と直接つながるっていうモチベーションはすごくしっくりきました。いいですね。

山内 本当にオススメですよ。でもあれだね、アクターズ・コースをはじめて近藤(強)くんとか古館(寛治)くんとか、あとそれから映画そのものと近しくなったっていうのがあって。リアリズムと圧倒的に距離が近くなって。最近は、自分のやってる演技について「どんな演劇やってるんですか?」って聞かれたら、「いやまああの、割と日常会話を普通の声でやってます」って言ってもみんなポカーンとするだけだから、「あ、はい、リアリズムの演劇をやってます」とか言ったら、みんな「あっ、そうですか!」みたいな感じになるからこれはいいやって。最近はもうだから、自分のことそう言っちゃってるんだけども。リアリズム演技っていうと、どっちかって言うと新劇の主義主張だとかっていうイメージがすごいあったんで。でも「リアリズムの俳優です」って言えるようになったのは、ほんとこの20年くらいで、演技に対する言葉が少し豊かになってきたことと関係があるかもしれませんね。僕自身特に、アクターズ・コースに関わって、すごい演技の言葉が豊かになったし。
 そうそれで、アクターズ・コースが始まる前にも、似たようなこと自分でやってるのよ、実は。古館くんに、3時間2回のワークショップをやってくれと。どんな演劇人生を歩んできたのかっていうことを紹介するワークショップをやってくれって企画したんだけども。その時に、「あぁそうか、古館くんはこういう時間を経てきたんだ」って、アメリカでの話を聞いたりとかして。そのワークショップは3時間のワークショップのために取材の時間を3時間かけるっていうのを目標にしていて。それで、話を聞きだして、こういう時間にしようっていうプログラムを一緒に立てて。そんなふうな企画を自主的にやってまして。その時はだから、古館くんがアメリカ滞在7年で、近藤くんにいたっては11年で。だから合わせてアメリカ18年シリーズとか言ってやって。とにかく人がどうやって演劇を学んできたっていうことへの関心が強かったですね。
 あと同じ時期にやったのが、今度「演技論・演技術」でもやる安部公房スタジオの『安部公房の劇場』って本にある演技論で、それ読んでみてもさっぱりわからないの。で、実際安部公房スタジオ最後の新人って方が、青年団にいたのね、大塚洋さんっていう。で、「ここに書いてあるこのプログラムをちょっとやってみてくれない?」って、大塚さんを呼んでワークショップやってもらう会とかをやったりもしてましたね。

——すごく贅沢な時間ですね。

山内 あとよく(中川)ゆかりさんが演技論の時に言う(ロベール・)ブレッソンのモデル論のような演技と、オリザの演劇論に出てくる演技が近いんじゃないかっていうのは昔からなんとなく思っていたんだよね。だからブレッソンの『シネマトグラフ覚書』を題材に、深田(晃司)くんに映画について考えるっていうワークショップを企画してやってもらったのが2008年くらい。あれ面白かったね。ちょうどそれ、想田(和弘)さんの「演劇1・2」の撮影の時で、「演劇1」かな、深田くんのワークショップのシーンが出てくるんだよ。でも深田くんはモデル論にはそんなに興味なかった、実はね。でもやっぱり「映画っていうのはヒューマニズムじゃないよね」っていう話になって、演技って人間中心主義になりがちな論が多いっていうのは気になってたみたいで。で、深田くんが「映画っていうのはヒューマニズムじゃないですよね、ねー、想田さん」とか言って、そうしたらカメラ回してる想田さんが「そうですねー」みたいに顔上げて話してて。ある意味すごい豊かな時間でしたね。そんな、人の演技論っていうものにすごい興味があったっていうのはありますね。そういえば。

——演技論についてその人が感じていることを読む、そして話すっていう時間はすごく豊かなんだなって最近すごく思います。それを「講義、授業にする」っていうとどうしてもかまえちゃう部分も出てきちゃうところはあるんですけど。

山内 そうね、どういう時間が一番豊かなのかなって言うことを考える必要はありますね。それこそさっき言ったように、演劇の言葉っていってもレイヤーがいっぱいあるんで。それが何かウニョウニョ混ざっているのはあんま良くないなと思ってて。つまり、演技術の話に芸談が入ってくると僕はやっぱり圧になると思うのね。自分の成功体験みたいな話になってきちゃうわけじゃん、ある意味。その辺をうまく仕分けて、どういう時間にするかっていう事は結構大事だと思いますけどね。

 

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https://www.scenoha-festivaltokyo.jp/sugiyama.html

——今後、山内さんがやりたいと思っていること、考えていることはありますか?

山内 これ、これ見てよこれ。これの「旅人48景」ってあるでしょう?それの一覧を押していただくと、アップされた8つの作品があります。これが私の最近のDIY作品です(笑)。完全にDIYです、これは。これはね、池袋に「景」を発見するっていう作品なんだよね。風景の「景」なんだけども。F/T終わっても楽しめるんで。よかったらやってみて。現地でやると楽しいですよ。これは阿部(健一)さんていって、ずっとそういう街で演劇を作ることをやってた人が進行で、青年団の杉山至が企画ディレクションやってるんだけれども。これほんとに、「渋谷ノート」ですよ、発想としては。まさに。

 

——では、そろそろ時間なのでよろしければ何か一言。

山内 はい。DIYでやっていこうと思います。豊岡行ってね、どういう生活になるかイメージつかないんですけれども。大学ができてすごい目がキラキラ人した人たちが全国からやってくるっていうのはそれはもう鼻血が出そうなくらい楽しみです。一方でほんとに演劇をやるのに大変な時代になりつつあるからね。まぁでも、人権大事にしてDIYでやってたら間違わないんじゃないの?(笑)。

 

 

2020/11/14 インタビュー・構成/浅田麻衣

 

山内 健司(やまうち けんじ) 

1984年より劇団青年団に参加。平田オリザによる「現代口語演劇」作品のほとんどに出演。代表作『東京ノート』はこれまでに15カ国 24都市で上演された。劇場の中での演劇と、街や人と直接関わる劇場の外での演劇の、双方に取り組む。映画出演作として『歓待』など。平成22年度文化庁文化交流使として全編仏語一人芝居をヨーロッパ各地の小学校で単身上演。